怠けたい
私が放った電撃はその人に直撃し、辺りに砂埃が舞った。
ああ、私はなんてことを…
いや、反省する前に、盾にされた人が無事かどうか確認しないと。
「大丈夫ですか!」
私はそう言いながら砂埃が舞っている方へ進んでいく。
数秒経って視界が良くなった頃、中から現れたのは盾にした人に取り押さえられている悪党だった。
よく見ると、悪党は捕縛魔法によって身動きが取れなくされているようだ。
「貴方が、魔法を放った人?」
その帝都には似つかわしくない暖かそうな恰好の人は、被っているフードを手で押さえながら私にそう問うた。
これといって不快に感じていそうな雰囲気ではなかったが、私は魔法を当ててしまった立場であるので、とりあえず謝罪をした。
すると彼女は捕らえた悪党を私の隣に居たジェイドに渡し、
「謝らなくて良いわよ、貴方は悪くないもの」
「で、ですが」
「それよりも一つ聞かせて。貴方が使った魔法は、何?」
私はその質問を聞いて、驚いた。
電撃魔法は魔法を学ぶ者であれば最初に習得するレベルの初歩的な魔法だ。
この人が私の魔法を食らって無傷でいられたのは、岩石魔法で手元に盾を作り私の魔法を防いだから。
加えて捕縛魔法で悪党を捕まえている。
この人の魔力量も凄いものだが、それほどまでに熟達した魔法使いであれば知らないはずがないのだ。
「ええっと、電撃魔法、ご存じでないのですか?」
「ええ、そうね。少なくとも200年前には無かったもの」
フードで隠れて見えないけど、この人はエルフなのだろうか。
エルフの寿命は800年ほどだと聞くし、人里離れた場所で静かに暮らすエルフも少なくないらしい。
200年間どこかで人と接することなく暮らしていたと言われても不思議じゃない。
私は魔力を通さず術式だけを展開した。
「これが電撃魔法の術式です。180年前に発見された魔法と聞いています」
そのエルフは私が浮かべた術式をまじまじと見つめ、それを手元に再現してみせた。
私は、自分の目を疑った。
術式の意味を理解しないと、魔法神の加護によって展開することはできないはず。
「あなた、何者ですか?」
私はお詫びとして電撃魔法の術式を見せただけなのに、それだけで再現して、電撃魔法を習得するなんて。
信じられない。
私は8年かけてやっと3つの魔法を習得したっていうのに…
「私はただの、師に恵まれただけのエルフよ。貴方の方こそ、魔法の追尾精度が素晴らしかったわ。相当練習したのでしょう?」
「あ、ありがとうございます」
「そのまま努力を続ければきっと、良い魔法使いになれるわ」
なんだろう。
部下以外の人に面と向かって褒められるのが久しぶりだったからか、物凄く嬉しい。
それも、きっと私が皇女であると知らない人に。
空き時間ができたら、最近は出来てなかった魔法の練習をしよう。
この人に少し、どうやったら魔法術式の展開速度が上がるのか、聞いてみようかな。
私が質問を口にしようとした時、そのエルフは何か用があった事を思い出したようで「さようなら」とだけ言って立ち去ってしまった。
すると悪党を抑えているジェイドが耳元で、
「皇女様、今の方、ずっとフードで顔を隠していたので、人相書きが出回っているような指名手配犯かもしれません。人を手配して監視させます」
「大丈夫ですよ、ジェイド。あの人の魂は白色でしたから」
一般人となんら変わりない、普通の魂だった。
あの人が悪者だなんて、そんなのはあり得ない。
「ジェイド、その悪党を憲兵に引き渡して帰りましょう」
「はい、皇女様」
私達は馬車の所へ戻り、御者に謝ってから馬車に乗り込んだ。
御者には「頭をお上げください」と言われたが、少しそれにムカついたので謝罪にもう一言添えてやった。
確かに私は地位の高い人間だが、だからといってかしこまられ過ぎるのは嫌いなのだ。
それこそ、ジェイドくらいの距離感で接してくれるのが一番好ましい。
御者が鞭を打ち、馬車が進み出す。
そして本来通るべき道から逸れて、憲兵所に到着した。
中には暇を持て余している憲兵が多く、私が捕まえた悪党を引き渡すとやる事がないからなのか皆が率先して尋問を担当したがった。
担当を決め、尋問を始めてすぐ、悪党がどういう経緯でああいった行為に及んだのか話し始めた。
悪党は雇われただけだという。
雇い主と会ったのは一度だけ。
着用していたローブの隙間から見えた腕の所に、少なくとも帝国のものではない紋章が刻まれていたらしい。
私は悪党の尋問に最初から最後まで立ち会ったが、それ以上の有益な情報は得られなかった。
帝国のものではない紋章か…
仮にこの事態が他国の介入によるものだとするならば、一番可能性が高いのは隣国のアイゼルド王国か。
あそことは険悪な関係にあるし、可能性は他の国々と比べれば一番高い。
しかし動機が分からない。
戦争を仕掛ける前準備だとしても…
「皇女様_」
すっかり思考にのめり込んでしまっていた私を引き戻す為、ジェイドが私に話しかけた。
「城に到着いたしました」
私は差し出された手を取って馬車を降りた。
そして自室へと向かいながら隣を歩くジェイドに話しかける。
「ジェイド、近いうちにお父様に報告したい事があるのですが_」
「分かりました、面会の約束を取り付けて参ります」
私が言葉を全て言い終わる前に彼は指示内容を汲み取り、小走りで大臣室の方へ向かって行ってしまった。
「後、夕食の時間を、確認してほしかったのですが…」
ジェイドはなんというか、少し早とちりなところがある為、たまにこういう事が起こる。
別に悪い事ではないけど、筆頭騎士がそれでいいのかと時々不安になる。
夕食の時間は…自分で調理室のシェフに聞こう。
「こんにちは」
「こ、こんにちは、皇女様」
すれ違う使用人一人ひとりに挨拶をしながら調理室に向かい、その扉を叩いた。
すると中から一人ガタイの良い男がゆっくりと扉を開けて出てきた。
「これはこれは皇女様。どうかされましたか?」
彼はこの城の料理長を長年務めているパックさんという方だ。
「夕食のお時間を教えていただきたくて」
「それなら…あと3時間後に完成する予定となっております」
「分かりました、ありがとうございます」
彼は見た目が厳ついだけで、話せば気の良い男性だという事が分かる。
それでも城内で他の使用人たちに避けられがちなのは、そのガタイに加えて元冒険者という肩書が怖いからだろう。
本当にいい人なんだけどな。
調理室を後にした私は煌びやかな装飾が施された扉を開け、中のベッドに倒れ込んだ。
朝から罪人の審判をして、昼からはお父様と話をして、アインベルズ公爵と会談をして、悪党を捕まえた。
お昼ご飯を食べずに動いていたせいかもう限界。
「ほんの…少しだけ_」
私は気絶するように眠りに落ちた。
目が覚めたのは丁度3時間後だった。
私は夕食に遅れると思い、飛び起きて扉を強く押し開けた。
「皇女様、おはようございます」
扉のそばで、ジェイドが手を後ろで組んで立っていた。
「もしかして、そこでずっと待っていたのですか?」
「はい、お休みになられていたので、それを邪魔するのはよろしくないかと思いまして」
「それは…そうですけど」
正直、こんなに寝てしまうとは思っていなかった。
自分が感じていた以上に疲れが溜まっていたようだ。
全然起こしてくれて良かったのに。
「それでジェイド、あなたがここに居るという事は…」
「ええ、取り付けました。ただ、夕食後すぐとはいきませんでした。陛下とお会いすることが可能なのは明日の昼食前とのことです」
昼食前か。
明日は審問の予定も無いことだし、丁度いい。
「分かりました。ありがとうございます、ジェイド。それでは、夕食をいただきに参りましょうか」
この後特に何かが起こるでもなく、いつも通りの日常を過ごし1日を終えた。
翌日、いつも通りの時間に起床し、使用人たちに身支度を整えられてから寝室を出る。
朝食が用意されている部屋に赴き、一口一口味わうようにして食べ進めているとジェイドが出勤してきた。
「おはようございます皇女様」
「おはようございます、ジェイド。何度も言うようですが、こんなにも朝早くから来なくても良いのですよ?」
ジェイドはいつも、規則で決められている護衛の出勤時間よりも1時間早く来る。
なのでジェイドが暇を持て余さないよう私も早く朝食を食べに寝室を出るしかないのだ。
「私は早朝に訓練を行っているので、そのままの足で来た場合このような時間になるのです。それに、皇女様のそばをできるだけ離れたくありませんから」
「わ、私にも一応プライベートというものが…」
やる気がありすぎる部下というのは、以外と扱いずらいという余計な事を最近覚えた。
このやる気を別の方向に発散させられれば良いんだけど。
朝食を食べ終わったので、私はジェイドに寝室に戻ると伝えて戻った。
寝室の扉の鍵がしっかり閉まっている事を確認して、色々な装飾が付いたドレスを脱いでベッドに飛び込んだ。
周りの人からは働き者だって思われているようだけど、根っこの部分では怠け者だと私は思う。
もちろん、自分のしたことが帝国民の暮らしをより豊かに出来たら嬉しいし、仕事を完了した後にありがとうと言われるのも嬉しい。
でもそれ以上にベッドに寝っ転がっている時間が心地いいのだ。
普段が忙しいから、こういうゆっくりできる時間がよりありがたみを増してそう感じているだけかもしれないけど。
寝たりはしないものの、枕に顔を埋めてみたり、天井をただなんとなくじっと見ていると、ノックの音がした。
「皇女様、そろそろお時間です」
ノックをしたのはジェイドだった。
いつの間にかかなりの時間が過ぎていたようだ。
私は急いでドレスを着て、寝室を出た。
そしてそのままジェイドを引き連れ、謁見の間へ向かった。
日々の業務の隙間時間に会うというのに、どうして執務室でないのかというと、執務室に配置できる警備兵の数がせいぜい3人ほどなのに対し、広い謁見の間は部屋の内と外合わせて20人程は位置できる。
そういった差があるため、お父様、もとい皇帝は全ての面会を謁見の間で行う事になっている。
「ジェイド、お願いします」
決まり通り、ジェイドを先に行かせて私が来た旨を伝えてもらう。
目の前の大きな扉が内側から開かれて、騎士に促されるまま中へと入る。
「ナナミラ、お前も来たのか」
お父様の隣に立っていた男が、私の方を見てそう言った。
「お帰りになられていたのですか?お兄様」
オブシディ・イル・サイル、私の兄だ。
帝国の南方にあるエルフの村やその他亜人種の村々を回っており、帰るのはもう少し後のはず。
どうしてこんなにも早く?
「ああ、戻ったのはついさっきだ。急ぎ父上に伝えねばならん事があってな。お前は?」
「私も同様です。お父様_」
私が要件について口にしようとした瞬間、丁度私から見て右側の壁が物凄い轟音と共に、内側へ飛び散るようにして破壊された。
「皇女様!」
そばに控えていたジェイドが屈む私に覆いかぶさり、飛来する壁の破片から守ってくれた。
破壊された?
ここは城の3階なのに?
様々な疑問が湧き出てくる中、お父様とお兄様の方を見ると、私と同様に騎士に守ってもらったおかげで無事なようだ。
ほっと胸をなでおろすと同時に、まだ土煙が立ち込める破壊された壁の方を見る。
するとその中に一人、人が立っているのを捉えた。
「誰だ、貴様!」
ジェイドも見えたのか、その人影に向かって怒りのままそう叫ぶ。
煙が落ちて徐々に視界が良くなってきた所で、そのフードを被った人はお父様に問う。
「貴方が、今代の皇帝?」
「あ、ああ。そうだが…」
お父様が動揺しつつもそう答えると、その人はフードを取ってその特徴的な白銀の髪と長耳を曝した。
「私は、北の魔女。第8代アルフレート・イル・サイルとの契約を果たしてもらいに来たわ_」




