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他人に害をなすのだから、せめて悪人であろう  作者: りょっぴー ぴあ
終章

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皇女

「どうか、どうかお許しを!」


部屋の中央に敷かれている高級なカーペットの上で、それに似つかわしくな煤けた衣服を着た中年の男が、私に向かって土下座をしている。


「俺は、俺は悪くないんです!本当なんです、本当なんです!信じてください!」


そういう男の魂は、悪意で黒く染まっていた。

私はこの男が連れてこられた時に渡された紙に書かれている事を、淡々と読み上げる。


「罪人クロード。3日前隣人と些細な事で揉め、その翌日の深夜、隣人の家に放火した。他に疑いの余地がある者もおらず、また目撃者も居たため駆け付けた憲兵に確保された」

「本当に違うんです!」


犯人と断定するには少し足りないとも思える情報量だが、判断材料になるのはこれらの情報ではなく、私の目である。


「そうですか。なら、どうしてあなたの魂は、そんなにも黒く染まっているのですか?」

「そ、それは…」


罪人が自らの無罪を主張した時、私は決まってそう返している。

私の能力で認識している事象に、罪人が反論出来る余地は無いからだ。


「その者を牢屋へ」


私がそう命を出すと、そばに控えていた兵数人が男の腕を掴み、引き摺るようにしてここから少しした所にある収容施設へ連れて行った。

そうして、この部屋には私と帝国筆頭騎士のジェイドの2人だけになった。


「はぁ〜、本当に、疲れますね。もう少しでいいので罪を犯す者が減ってくれれば、私の仕事も幾分かは楽になるのですが…」


そう愚痴を漏らしながら背伸びをする私に、ジェイドは労うようにして言葉をかける。


「確かに、そうかもしれませんね。ですが仮に皇女様の仕事が減ったとしても、優秀な貴方を陛下は放っておかないでしょう?」

「ふふ、それもそうですね」


私が生まれながらに持っていた、人の善悪を見抜く能力。

この能力のせいと言うべきかお陰と言うべきか、私は皇女としての公務の傍ら、罪人を裁く審判官としてもこの帝国に従事している。

まだ10代だというのに疲れが溜まりやすくなってきたのは、おそらくそのせいだろう。


「それで皇女様、この後の予定の前に、今後の公務について陛下からお話があるそうです」

「…どうしてそれを早く言わないのですか?」

「言ったら皇女様、逃げてしまうでしょう?」

「うっ…」


彼の言う通り、私はお父様から呼びつけられた時は逃げる様にしている。

別にお父様の事が嫌いという訳ではない。

寧ろ、理想の結婚相手を問われたなら、お父様と答えられるくらい好きだ。

あんなにも聡明で、心優しい人を私は他に知らない。


「…お父様は、私を事あるごとに甘やかそうとしてくるじゃないですか。そのせいで、なんだかお父様と頻繁に会っていると私が成長する妨げられてしまうような気がして…」

「なるほど。向上心があるのは素晴らしいことですが、こうも避け続けていると陛下を傷つけてしまいますよ」

「まぁ、確かにそうですね。もう少しだけ、会う機会を増やしましょうか」


今後の親子関係の事が決まったところでジェイドに謁見の間へ向かうよう促されたので、重い腰を上げて部屋を出た。

謁見の間はさっきまでいた審判室とは反対の最上階にある。

廊下ですれ違う使用人一人ひとりに挨拶をしながらそこへ向かう。

避けてはいたが、父上の事は好きなので会うのが楽しみだ。

扉の前に到着した。

決まりに従ってジェイドが先に入り、私が来た旨を伝えた。

中に居る近衛兵が扉を開け、私を招き入れる。


「お久しぶりです、お父様」


玉座に座っているお父様に跪き、そう挨拶をした。

お父様はすぐさま私のそばに駆け寄り、


「ああ、会いたかったぞ、ナナミラ!息災だったようで何よりだ。また少し、大きくなったか?」

「まだ最後に会ってから1か月ですお父様」

「いいやそんなはずはない、私はこんなにもナナミラと会うのを待ち遠しく感じていたのだからな!」


私を溺愛してくれているのは、父元来のやさしさでもあり、皇妃であった母が亡くなった悲しみの裏返しでもあるのかもしれないと思っている。

ので、私は会うたびにこういう反応をされるのをうざったいと思う事は無い。

問題があるとすれば、私を可愛がる反面、あまり自由にさせてくれない事だろうか。


「それでお父様、今日はどういった要件で私を呼び出されたのですか?」


私がそう聞くと、お父様は玉座に座り直し、普段の聡明な皇帝に戻った。

コホンと咳払いをしてから、真面目な顔つきで話を始めた。


「ナナミラ、お前は数か月後もすれば成人だ。そろそろ、結婚相手を探し始めなくてはならん」


どんな話が飛び出すかと思えば、私の結婚相手の話だったようだ。

正直、結婚というものにあまり気乗りはしない。

後継を残すという点においてはお兄様がいるし、私が結婚する必要はないはず。

それなのにお父様が結婚を進めてくるのは、独身という状態は当人に何か問題があるのでは、と思われてしまうからだろう。


「誰か、良い人はいないのか?」

「いません。跡継ぎならお兄様がいるじゃないですか」


私は間髪入れずはっきりと否定した。

結婚が嫌という訳ではないが、今でなくてはいけない訳でもない。

お父様には申し訳ないけど、私の結婚は少し待ってもらおう。


「要件はそれだけですか?お父様」

「…まぁ、そうだが」

「それでは、失礼します。私はこれから少しアインベルズ公爵と面会の予定がありますので」


引き留めようとするお父様を背にして、私はジェイドと共に謁見の間を後にした。

あれ以上あの場に留まると、しつこく結婚を勧められるに決まっているので、こういう時は素早く去るに限る。

ごめんなさい、お父様。


「皇女様、馬車を城の出入り口で待機させております。面会の時間まであまり時間がございませんので、急ぎましょう」

「分かりました」


こういう急がねばならない時、皇女としての丈の長いドレスなどではなく、審判官の比較的動きやすい服装を着ていてよかったと思う。

周りの人は皇女としての気品がどうとか言うけど、しっかりとしたドレスを着るのは舞踏会や公の場に出る時だけで十分だ。

私が馬車に乗り込み、ジェイドが扉を閉めるとすぐに馬車は動き出した。


「ジェイド、アインベルズ公爵の所へはどのくらいかかりますか?」

「そうですね…帝都内なので、15分くらいだと思います」

「そうですか、寝るには少し短いですね」

「お疲れなのでしたら、どうぞお休みになってください。到着しましたらお知らせ致しますので」


ジェイドがそう言ってくれたので、私はその言葉に甘えて寝る事にした。

流石に朝から働いてばかりだったから疲れたみたい。

馬車の心地よい揺れに身を任せて、私は目を閉じた。


「皇女様、起きてください」


ジェイドに起こされると、もう馬車は公爵の邸宅に到着していた。

もう着いてしまった。

目を閉じていた間、ずーっと意識があるような感覚で寝た感じがしない。


「ふぅ、それじゃあ行きましょうか」


ジェイドに扉を開けさせて、外で待つ公爵の使用人と挨拶をした。


「すみません、ギリギリになってしまって」

「いえいえ、構いませんよ。公爵様も皇女様はお忙しいので、時間ギリギリで来るだろうと仰っておられたので」

「そうでしたか」


そんな会話をした後、私とジェイドは使用人に案内されるまま屋敷の中に入った。

内部は至る所に高価な装飾が施されており、流石皇族に次ぐ帝国屈指の権力と財力を持った貴族といえる。

一際大きな扉の前に到着したので、使用人がノックをして声をかけた。


「公爵様、皇女様がいらっしゃいました」

「お通ししろ」


扉の奥から公爵は使用人に命令して扉を開けさせ、私達を中へ通した。


「ようこそおいでくださいました、皇女様」

「いえいえ、こちらこそ私の為に貴重なお時間を割いていただきありがとうございます。アインベルズ公爵」


そう言う公爵の魂は、白い。

お互いに多忙の身であることなど分かり切っているので、簡単な社交辞令を交わしてから本題に入った。

内容は至って単純。

アインベルズ公爵が管理している農地から帝都への穀物の輸送量を増やしてほしい。

それだけだ。


「その要望にお応えする事は可能ですが、理由をお聞きしても?」

「…近頃、帝都内で穀物の価格が高騰しているのはご存じですか?」

「ええ、把握はしています」

「それなら話は早い。私はその価格を下げたいのです」


ここ数か月で突如穀物の販売価格が跳ね上がった。

帝都内の流通量が減った訳でもない。

お父様に見せてもらった今年度の農作物収穫量の試算は例年よりも多くなると示していた。

その試算が今まで間違っていた事は無いので、流通する過程で何か問題が生じたと考えるのが自然だ。

加えて、ここ最近パン屋などの穀物やそれを原材料とした商品を扱う業者の方々が何者かに売り上げを奪われる、店舗を破壊されるといった事件が多発している。

私は、流通の段階で穀物の値段を吊り上げている者がいると考えている。

もちろん憶測で話す訳にはいかないので公爵にこの事は話せないが、彼ならきっと協力してくれるはず。

公爵は少し考えるそぶりを見せてすぐ、口を開いた。


「それでは、具体的な量について話し合いましょうか」


結果から言うと、公爵は私の提案をかなり良い条件で飲んでくれた。

普通だったらこんなにもすんなり進まない物なのだが、彼自身、帝国の農業を受け持つ貴族の代表という事で今回の高騰に少し責任を感じていたようだった。

私としては、公爵が責任を感じる必要はないと思うけど。


「それでは、これにて失礼いたします」


一言礼を言ってから、私とジェイドは公爵邸を後にした。

帰りの馬車の中で、私はなんとなく窓際に肘をついて外を眺めていた。


「どうかされましたか?」


私は滅多にこんなことはしないので、心配になったジェイドが話しかけてきた。


「何でもないです。ただ、なんとなく外が気になりまして」

「そうですか」


後退っていく帝都に暮らす人々は誰もが白い。

多少黒い部分を持っている人もいるが、人は誰しもそういう部分を持っているものである。

もちろん、この私も。

特に考えに耽っている訳でもなく外を見ていると、真っ黒な魂をした人物が一人、パン屋の店主から強引に売り上げが入っていると思われる金袋を奪って裏路地の方へ走り出した。

私は思わず馬車の扉を開けて飛び降り、ソイツが逃げた方へ走り出した。


「皇女様、急にどうされたのですか⁉」

「ジェイド、私はあの悪党を捕まえます。あなたも一緒に来てください!」


私がそう命令すると、ジェイドは剣を携えて私の3歩後ろという距離を保ち私を追いかける。

「ちょ、ちょっと!」という御者の大変困惑している声が聞こえた。

後で、謝ろう。

今はとりあえず悪党を捕まえる事が優先だ。


【探知魔法】


私は魔法を発動し、私達の近くで走っている人の現在位置を把握した。

そこへ向かって全力で走ると、視界にさっきの悪党を捉えた。


「コラッ!待ちなさい!」


私が声をかけても静止する様子は無く、寧ろ追いかけている私とジェイドの姿を見て走る速度を上げた。


「ジェイド、魔法を使います」

「了解しました」


走りながら術式に魔力を流し込み、発動する。


【電撃魔法 追尾電流オートプラズマ


私は逃走中の悪党が痺れ動きが鈍くなる、または動けなくなることを狙い、電撃魔法を放った。

悪党は魔法が放たれた事を察知し、近くにいた人の服を掴み魔法との間へ引っ張った。

まずい、このままじゃあの人に当たってしまう!

魔法も放ってしまった以上操作する事が出来ない!


「避けて_!」


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