覚悟
「お客さん、どちらまで?」
「ミミナ村まで」
目立つのを防ぐためにミミナ村までは普通の移動手段で行こうと決めた私は、冒険者協会の近くにある乗合馬車の停留所でミミナ村までのチケットを購入し、馬車に乗った。
私の他に誰も居ない為、中はがらんとしていた。
御者の掛け声と共に馬車が揺れ、景色が後退る。
数分もしない内に検問所をくぐり、帝都の外に出た。
振り返れば、年甲斐もなく泣いてばかりだったような気がする。
北の大陸を出てから今まではほんの数日だけど、物凄く長く感じた。
厳密に言えば、人間と過ごしている時間は早く感じ、それ以外の時間は普段過ごしている環境と違いすぎて、酔っている状態に近かったのかもしれない。
最初に会ったのは、シェーンだ。
シェーンと初めて会った時、彼女を利用するつもりで接触したけど、いつの間にか彼女と談笑するくらいには心を開いていた。
帝都を離れる前に、シェーンとも少し話をしたかったな。
次に会ったのはミドラか。
あの人は、どことなく苦手だったな。
能力で私が魔女だってバレた時は焦ったけど、当人に悪意が無くて良かった。
心の知覚は対策のしようがないけど、これからは相手に何らかの能力がある可能性も考慮して接触するようにしようと思う。
ミドラにアルシェさんの家の場所を教えてもらって、アルシェさんと出会った。
最初に見た時の彼女は弱々しくて、立っていられるのが不思議なくらいだった。
薬を飲んで回復した彼女にアレクの事を伝えて、一緒にご飯を食べて、アルシェさんの能力を教えてもらって…
その流れで皇妃だったって事も教えてもらったんだっけ。
それから…ああ、皇帝か。
アイツの事は、思い出さなくていいや。
「お客さん、着きましたよ」
帝都での出来事を振り返っていると、いつの間にかミミナ村に到着していた。
「またのご利用お待ちしてます」
そう愛想良く手を振る御者を背に、私は北へ歩き出した。
村を通り抜けて、辺りに人の気配が無くなった所で術式に魔力を通し飛行魔法を起動した。
魔成石の魔力を目印に飛行する事3時間半、見慣れた認識阻害の結界が張られた家に到着した。
燃え続ける暖炉、綺麗に拭き掃除がしてあるテーブル、少し古ぼけた地下畑への扉。
帝国に行っている間色々な事があったのに、この家は何も変わっていなかった。
冷たいドアノブを捻って私は2階の寝室に入り、ベッドに横たわった。
すれ違った人は、帝都で会った人間は、私の知らなかった世界は、思っていたよりもずっと善かった。
悪意で満ちていたのは、私の記憶の中だけだった。
何?
未来の帝国人10万人の命と引き換えにアレクを生き返らせる?
バカじゃないの?
そんな事ができる確証は無いし、アレクがそんな事して喜ぶ訳ないじゃない!
__それは頭で分かってるのに、どうして諦められないの…
今を生きようとする度に、アレクとの何気ない会話がよぎって離れない...その会話が恋しくて仕方ない。
はぁ、私、知らなかった。
こんなにも私がバカで、泣き虫で、諦めが悪くて、どうしようもなくアレクの事が大好きだったなんて。
「世界はあんなにも善い人で溢れてるのに、どうしてこんな目に遭わせるの_?」
私はただ銀髪で生まれただけなのに。
アレクはただ魔法神の加護を持たずに生まれただけなのに。
別に恨んでいるとか、そういう訳じゃない。
ただ、そうやって世界に責任転嫁した方が、これから行う残虐な行為の免罪符になる気がしたから、そう言ってみただけ。
そうでもしていないと、心がもたない。
そんな事を考え続けていると頭の中が段々ぐちゃぐちゃになってきた。
10万どころか1人だって何もしていない人は殺したくない、別のアレクを生き返らせられる魔法を作れるほど、私の技術は高くない。
だからといってアレクを諦められない。
私、どうしたら良いの?
なんとか自分の行う行為を正当化できないか、これからどうすればいいのか思考を巡らせていると、私はいつの間にか眠ってしまった。
ふと目を覚まし部屋の時計を見ると針は7時を指しており、すっかり日が差す時間になっていた。
まぁ、北の大陸では分厚い雲に覆われて直接が日光が差すなんてことは無いけど。
重い体を起こし、とりあえず朝食を食べようとキッチンへ向かった。
とても料理をする気になんてならなかったので、無気力に準備し置いておいた干し肉を手に取り、ボーっとした状態で口にする。
咀嚼していくうちに、段々と昨日考えていたことが蘇ってくる。
魂の回収方法を見つけると決めたは良いものの、どうやったらそんな事が可能になるのか見当もつかない。
あの魔成石に刻まれた術式を読み解いて、その仕組みを参考にするのはかなり難しい。
あれはかなり古いもので、文献などを参照しながら見てようやくどういう魔法術式なのかが分かり、それ以上の事が分からないくらい複雑なのだ。
「はぁ、本当にどうしよう…」
誰も居ない家で、何となくそう呟いてみた。
柄にもなくそうしたのは、声を出してみれば何か思いつくような気がしたからなのかもしれない。
干し肉をかじっていると、髪飾りが取れそうになっている事に気が付いたので、それを一度取ってから付け直した。
その時、ふとアレクが死ぬ間際に言っていた事を思い出した。
『魔力の、無い、俺だから感じられる、死に際に生物が発する死の魔力』
アレクが言っていた死の魔力とは、一体何だろうか。
死に際に生物が発するとも言っていたし、魂と何等かの関係はあるかもしれない。
この髪飾りには、アレクが刻んだ死の魔力に反応して発動する回復結界の術式がまだ残ってるはずだし、それを調べれば何かわかるかもしれない。
魂の回収法の確立に向けて、やるべきことは決まった。
後は、私の覚悟だけ。
意味も無く、今着ている服の端を握ってみる。
すると、なんだか心が少し暖かくなった。
私が覚悟を決められないのは、アレクが作ってくれたこの服を身に纏っているから、彼を身近に感じてしまうからなのかもしれない。
もうアレクは、この世に居ないというのに。
干し肉を食べ終わったところで、私は寝室に向かってしまってあった一着の服を手に取った。
これは、アレクと出会う前に着ていた、他人を近寄らせないよう魔女で居ようとしていた時の服。
髪飾りを一度外して、私はそれに着替えた。
ああ、寒いな。
私はそう感じた。
保存魔法が刻まれているから、そんな訳ないのに。
髪飾りを手に取り、感じる寒さで身を引き締めながら書斎に向かう。
机に髪飾りを置いて、術式を読み解く準備をする。
別に覚悟が決まった訳じゃない。
ただ、アレクの為になら、魔女になったって構わないと思っただけ。
私はアレクの前でだけルミアで居られたら、それでいい。
「待っててね、アレク。すぐに連れ戻すから_」




