伝えればよかった
「おい、そこの女、止まれ!ここは皇帝陛下に許可された者しか通さない決まりになっている」
そう言って私の前に立ちはだかる衛兵に、私は1枚の紙を見せた。
それを見た衛兵は自身の目を疑ったのか、何度もその紙に目を通した。
「こ、皇妃様のお知り合いの方でしたか。案内致します。中へお入りください」
大人しくその衛兵について行くと、城の内部とは思えないくらい質素な応接室のような場所に案内された。
「かけてお待ちください」
衛兵は私にそう言って部屋を出て行った。
何故私はこんなにもすんなりと城に入る事が出来ているのか。
『質問を質問で返すようで悪いけれど、あなた、皇帝に会って何をするつもり?』
と聞かれた私は、更に聞き返した。
『アルシェさんは、もし大切な人を殺した人物にいつでも会える状況に置かれたなら、どうしますか?』
『…私なら迷いなく、ソイツを一発殴りに行くわね』
『アルシェさん、意外とそういう事する人なんだ…なら分かりますよね?私もそうするんです』
アルシェさんに一言余計だとは言われたが、皇帝を殺さない事を条件に、皇妃の紹介状を書いてもらった。
もしもの時に使いの者を送れるよう、こういった権限は残したらしい。
さすがアルシェさん、抜かりない。
その紹介状を貰った時は夜だったので、しっかりと睡眠を取ってから翌朝、私はこうして城を訪れたという訳だ。
ちなみに、皇帝の住居が宮殿などではなく城なのは、サイル帝国の前身であった王国時代の名残なんだそう。
「お待たせしました。皇帝陛下は多忙の為執務室での応接となります。ご案内致します」
部屋で皇帝と話す事を考えながら待つこと数分、先ほどとは別の衛兵がやって来た。
私は言われるがままその衛兵に付いて行くと、ミドラの屋敷くらい豪華な扉の前に到着した。
てっきりさっきの部屋で会うものと思っていたが、どうやらここで会うようだ。
衛兵がノックをして、私の代わりに扉を開ける。
「お前がアルシェミラの使いか?」
私が何かしなくても勝手に死ぬんじゃないかと思うくらい具合の悪そうな、アレクと同じ赤い髪の男が書類の山の中から私に話しかけてきた。
「貴方が皇帝?」
「ここに座って仕事をしている者が皇帝でない訳が無いだろう?」
機嫌が悪いのか体調がすぐれないのかしらないが、会って最初の会話で嫌味な男だという事は分かった。
「…アルシェさんの紹介状を持って来た人物が彼女の使いじゃない訳ないとは思わないの?」
「…確かに、それもそうだな」
そんな会話を交わした後、皇帝が私のそばに立っていた衛兵に退出を命じた。
皇帝と私を二人きりにするのは衛兵としてどうかと思うが、かなりアルシェさんは信頼されているようで、衛兵は命令に従い部屋を出て行った。
「何をしに来たんだ?アルシェミラから言伝を預かって来たという感じではなさそうだが」
黙れと言われたので口を閉じていたが、私から離さないと話が進まなそうだと感じたので、書類とにらめっこしている皇帝に声をかける。
「貴方に1つ、聞きたい事があって来たの」
「何だ?」
私はあらかじめ考えておいた質問を一度、頭の中で唱えてから口を開く。
「どうして、アレクを殺したの?」
「…何だと?」
皇帝は私がそう聞くと、動かしていた手を止めた。
彼にとってそれは誰にも話す事は無いと思っていた話だったからなのか、少し驚いた様子だった。
「アルシェミラから、聞いたのか?」
私は、被っていたフードを取り、皇帝の質問に答える。
「聞いたんじゃないわ。私は、私は…」
ただ聞いたという事を否定し、体験した事を伝えるだけなのに、私は言葉に詰まった。
だが、そんな事に関係なく私の感情が内から濁流のように溢れ出てきてしまい、目の前の仇に対してありのままをぶちまけてしまった。
「貴方の命令を受けた騎士に、目の前でアレクを殺されたの!」
その時の私の声は部屋の外に聞こえるくらいの大きさで、一瞬自分の声か疑う程荒んでいた。
それを聞いた皇帝は天井を見上げ、ただ一言、「それは、申し訳ない」と言った。
は?
コイツ、今何て言った?
申し訳ない?
帝国の為にと割り切る訳でもなく、私に謝罪した?
そう思った瞬間、心の内から怒りが込み上げてきた。
「私にそうやって謝るくらいなら!最初から、何もしないでよ…」
視界がぼやけ、ついさっきまで力の入っていたこぶしが緩む。
私は今、どんな顔をしてこの男と対峙しているのだろうか。
これまでの人生でこれほど感情が昂ったのは初めてで、私には想像できない。
「本当にすまない。だが、帝国を存続させるためにはやむを得なかったんだ」
「やむを得ない?一人の命を犠牲にしなきゃ存続出来ないような国なんて、無くなって然るべきじゃないの?」
「確かにそうかもしれないが、俺は皇帝だ。どんな手段を用いてでも、国民の生活を守る責務がある」
いくら問答を繰り返しても、彼は帝国の統治者としての回答しかしなかった。
彼がそうしているのは、父親としての罪悪感から逃げる為なのかもしれないと、私は思った。
「最後の質問。貴方は、アレクを殺した事を後悔しているの?」
「…どうだろうな。反皇帝派の貴族共がアレクライトの正体を知って捕らえる為に刺客を放っていると聞いた時は助けようとも思ったんだ。だが、考えれば考える程、アレクライトが死んだ方が俺に取って都合が良いという結論に辿り着いたんだ」
皇帝はイスから立ち上がり、窓の前に積み重なっていた書類を足元に移動させ、外を眺める。
「…帝国はそう長く続かない。俺が子供を設けていないのもあるが、近いうちに貴族派と皇帝派で戦争が始まるからだ。俺はそんな国の為に血の繋がった息子を殺し、国の寿命を少しばかり延ばした…後悔はしていない、と言えば噓になるが、皇帝として正しい事が出来て、嬉しいとも思っている」
この時、私は怒りが一定に達するとそれを感じなくなる事を初めて知った。
嬉しい?
自分の息子を殺しておいて、嬉しい?
別に良いよね?
今ここで、コイツを殺したって。
アルシェさんとの約束を破る事になるけど、ここを出ても彼女の元へ戻らなければいい話。
よし、殺そう。
そう思い術式に魔力を込め始めた時、皇帝がこちらに振り返った。
「俺を、殺すのか?」
「…私が貴方に殺意を抱かない訳ないでしょ?息子を殺して嬉しいと思う…そんな歪んだ皇帝は、死ぬべきよ」
私は動揺する事無く、冷静にそう聞き返した。
「はは、確かにそうだな…俺はまだ、この先の短い帝国に皇帝という立場を以って奉仕しなきゃならん。殺すのは、やめてくれないか?」
皇帝の目は、真っ直ぐ私を見ていた。
殺す気が、失せた。
彼の目に、その邪悪さ故にアレクを殺す命令を下すなどという行為に走った訳では無いと思わされた、というのもあるが、一度人間を殺した私にも、まだ他人を殺してはいけないという倫理観が残っていたからだ。
ただ私の気持ちは依然として、この男が生きている事が許せない。
許せるはずが無い。
「…殺さない代わりに、貴方は私に何をしてくれるの?」
「それは、難しい質問だな」
皇帝は顎に手を当て、私の髪飾りに目をやった。
すると何か思いついたようで、私に一つ質問した。
「お前は、帝国において、異性に花の装身具を送る意味を知っているのか?」
「…知らないわ」
「それを教えたら、殺さないでくれるか?」
「聞いてから考えるわ」
私がそう答えると、皇帝は深くため息を吐き、皇帝の胸に取り付けられていたノルメラのブローチを手に取った。
「これはアレクライトが生まれる少し前に、アルシェミラがくれた物なんだ」
「…それで?」
「帝国には広く言い伝えられている昔話がある。その昔話に登場する英雄は物語の中で敵との決戦前に恋人へ花冠を送るんだ。それに影響されてか、帝国では異性に花の装身具を送る行為は、あなたを愛しています、結婚してくださいという言葉に替わる新たな告白手段として定着した」
「それじゃあ、つまり…」
あの花畑が完成した時から、彼は私を愛してくれていた。
私が自分の気持ちに気付く、ずっと前から。
そう思うと、胸が熱くなった。
目の前の全てが滲んだ。
今更そんな事実が判明したところで何かが変わる訳でもないのに、アレクが最期に言った大好きという言葉がただ咄嗟に出たものではなく、ずっと内に秘めていた気持ちの表れなんだと知れて嬉しかった。
彼も同じだったのに、私の気持ちが伝えられなかった事が悲しかった。
あの時、修理を終えた魔道具を隠さず渡して、自分の気持ちを素直に訴えればよかったと、後悔した。
私は膝から崩れ落ち、目の前に皇帝が居る事も忘れて、ただ泣いた。
「ごめん、ごめんね、アレク_」




