アレクについて
そう聞かれた瞬間、一瞬心臓が止まったかのように思えた。
「彼は、ええっと、その…今私の家の留守を任せてて…」
「ふふ、ルミアさん、嘘がお上手じゃないのね」
「うっ…」
もう少し経った頃にアレクの事を打ち明けようと考えていたので、すぐ聞かれる事を想定していなかった。
どうする?
今ここで、アレクが死んだ事を伝えてしまって良いのだろうか。
いや、良くない。
まだアルシェさんの体が回復しきっていないから、精神に大きなダメージを受ければどうなるか分からないし、何より私の心の準備が出来ていない。
「ルミアさん、アレクに、あの子に、何かあったのでしょう?だからあなたがここに来て、私に薬を届けたのでしょう?」
彼女が言葉を発する度、私の逃げ場が無くなっていく。
「お願いルミアさん。あの子に何があったのか、教えて」
本当に言ってしまって良いのだろうか。
それを伝えた事で、彼女が思い詰めてしまったり、自身を傷つけるような行為に走ったりしないだろうか。
そう躊躇っていると、彼女は向かいに座る私の手を取って、真剣な眼差しで私を見つめた。
「覚悟は出来てるわ、ルミアさん。だから、教えて」
その言葉を聞いて、私も彼女に打ち明ける覚悟が出来た。
深く被っていたフードを取り、向かいに座っているアルシェさんをただ真っ直ぐ見る。
私の耳を見て、彼女は少し驚いたようだった。
「アルシェさん、今から、アレクに起こった全てをお話しします」
それから私は、彼との日々を思い出し、語った。
もちろん、帝国騎士に殺された事も。
こんなにも辛い事を彼女に伝えるのは苦しかった反面、アレクとの日々を思い出すのはとても、幸せだった。
私が北の魔女と呼ばれている者である事も明かしたが、耳を見せた時点でなんとなく予想が付いていたのか、あまり驚いていない様子だった。
「それで…あの子の遺体は、どうしたの_?」
「…一緒に作った花畑に、埋葬しました」
「そう、分かったわ」
アルシェさんはそう小さく呟いて、席を立った。
大丈夫ですか、なんて声をかけられる雰囲気じゃなかったし、その資格が私には無かった。
寧ろ、アレクを守れなくてごめんなさいと言うべきなのだろう。
そう思っているのに謝罪の言葉を述べないのは、アレクはきっと、私に謝って欲しいだなんて思っていないだろうから。
アルシェさんはベッドのある部屋に入る前に立ち止まった。
「ルミアさん、少しの間、一人にしてくれないかしら」
「…分かりました」
そういう声は出会った時よりも弱々しく、私が少し声を出すだけで掻き消えてしまいそうな程だった。
アルシェさんは結局、日が沈む頃まで部屋から出てくる事は無かった。
「アルシェさん?」
外が完全に暗くなり、そろそろ夕食の事を考えないとと思っていると、アルシェさんが部屋から出てきた。
私が呼びかけても返事は無く、その体もまたやつれたように思えた。
私は昼食に近くのパン屋で購入したパンを食べたので、まだそれほどお腹は空いていないが、アルシェさんはおそらく朝食以降何も口にしていない。
このまま彼女の言う通り、放っておいていいのだろうか。
アルシェさんに元気になってもらわないと、私は安心して家に帰れない。
私に何か、できる事は…
そうやって思考を巡らせていると、いつかのホワイトベアを解体しようとしている時に、アレクが言っていた事を思い出した。
確か、『元気が無い時は何かを食べるのが一番』だっけ。
私は人との関わった事がほとんどないから、誰かを元気づける方法を、アレクが言っていたこれ以外に知らない。
ここに来てから料理を作ってばかりのような気がする。
私は何かを介さないと他人と向き合う事ができない程、そういった行為が苦手なのかもしれない。
私の欠点が分かり始めたところで、具体的に何を彼女に食べさせるか考え始める。
「はぁ、どうしようかな」
誰も居ないキッチンで、椅子に座りながらそう呟いてみた。
そうしたらなんだか考えがまとまるような気がしたからだ。
でもそんな事は全く無く、私の頭にはあの日の、アレクとホワイトベアの解体に取り掛かろうとしていた時の情景がしつこく浮かび上がり続けていた。
何度別の事を考えようとしてもその情景が脳裏に浮かぶのは、アレクの言葉に沿って次の行動を決めたからかもしれない。
作る物が決まらないまま、キッチンのそばに置いてある木箱の中を漁ってみた。
中には干し肉以外何も入っていなかった。
私としては昨日使った葉野菜が半分残っているはずと思って漁ったのだが、木箱に無いと分かった時、アルシェさんが朝食に使っていたことを思い出した。
干し肉だけじゃどうしようもできないと悩んでいると、アルシェさんが部屋から俯いた様態で出て来た。
「アルシェさん」
まだ起きたばかりで意識が朦朧としているからなのか、話しかけても返事は無かった。
どうやら彼女はキッチンに水を飲みに来たようだ。
彼女をこの部屋に留まらせるなら今しかないと思い、私は彼女の腕を掴んで引き留めた。
「アルシェさん、少しの間、ここに居てくれませんか?」
「…分かったわ」
アルシェさんは少し迷ったようだったが、数秒考えた後了承してくれた。
彼女を私がさっきまで座っていたイスに座らせ、私は木箱から干し肉をいくつか取り出した。
今から作る物が夕食である必要は無い。
なら、私があの時作ってもらった干し肉に手を加えた物を作ろう。
アレクから干し肉のアレンジ法を教えてもらった訳じゃないけど、料理を学んだ今の私なら、きっと出来る。
私はキッチンで干し肉は細く切って、そばにあった調味料をいくつか手に取った。
あの時アレクがくれた棒状の干し肉と全く同じ味付けをするというのは、私には不可能だろう。
でも、寄せる事はできる。
この家にある干し肉は私の家にある物と違って、何の味も付けられていない、ただ干しただけの肉なので、とりあえず塩を振りかけた。
そしてそれを味見してみる。
うん、塩しか感じない。
ちょっと別のも入れてみよう。
そうして試行錯誤する事数分、私の納得できる味になった。
「アルシェさん、これどうぞ」
私はそれを平らな皿に乗せて何か考え事をしながらイスに座っている彼女に差し出した。
しかし彼女はすっかり魂が抜けてしまったような様子で、その干し肉にも私の呼びかけにもなんら反応を示さなかった。
「アレクを助けれなかった私が言える事じゃないですけど、私はアルシェさんに、元気で居て欲しいです」
干し肉を見つめたまま動かないアルシェさんに、私が言える事は言ったので、夕食のための食料を買いに私は家を出た。
扉を閉じる間際、「やっぱり、どこにも居ない」という彼女の独り言が聞こえたような気がした。
私は特に献立なども決めずに市場へ向かった。
もう遅い時間なので開いている店はほとんど無かったが、なんとか見つけて冷凍処理された魚と果実野菜をいくつか購入した。
正直、魚を調理した事は無い。
けど、他にメインにできるような物が残っていなかったのだ。
失敗したらごめんなさい、アルシェさん。
まぁ経験が無いとは言っても、アレクから口頭でどうするかだけは教えてもらっているので、どうにかなるだろう、多分。
買って来た魚を焼くか煮るか考えながらアルシェさんの家へ戻り、キッチン台に魚を置いた。
いざ魚包丁を入れようとした時、アルシェさんが口を開いた。
「ルミアさん、何度も探したけど、あなたが伝えてくれた事は事実みたいね」
その際、彼女は天井を見上げながら少し引っかかる言い方で自身がその事実を受け入れた事を私に示した。
先ほどの彼女とは違い、今度は意識がはっきりとしている感じだ。
「探したって、どういう事ですか?」
「言葉通りの意味よ」
そういう彼女と向き合っていると、そう言った数秒後にその片目が淡く光り始めた。
ただ魔力を集めただけじゃない。
何かが、発動している。
これは、
「自身の魔力を薄く展開し、それが及ぶ範囲全てを見聞きする事ができる。私の能力よ」
彼女は能力を解除して話を続ける。
「ルミアさんにアレクが死んだと聞いた時、信じられなかった。だから私は、能力で帝都と周辺全てを捜索したの。本当はもっと遠くまで探したかったのだけど、そこまでが私の限界だから」
「まさか、朝から、私が話しかけた時もずっと?」
「ええそうよ。返事できなくてごめんなさい。能力を使用している時は、体を動かす事は出来るのだけど、喋れなくなってしまうのよ」
アルシェさんのものは私やミドラと違って、明確にデメリットが存在するタイプの能力のようだ。
話が丁度途切れたので、私は彼女に夕食が出来るまで待ってほしいと伝えた。
それに加えて、
「アルシェさん、そこに置いてある干し肉、食べてみてください。アレクが言うには、元気が無い時は何かを食べるのが一番なんだそうですよ」
私がそう伝えると、彼女は笑みを浮かべて「確かにあの子が言いそうな事ね」と言いながら干し肉を口に咥えた。
アルシェさんはかなりの長時間能力を使用していたせいで体がかなり重いらしく、料理を手伝おうとしてきた彼女を止めた。
私は彼女の体力を早く回復させるため、初めての魚に戸惑いながらも急ぎで料理を完成させた。
作ったのは魚と果実野菜の煮込み料理だ。
アルシェさんは食べる準備が整うとすぐに食べ始め、すぐに完食してしまった。
「ルミアさん、ちょっといいかしら?」
「はい、大丈夫ですけど…」
完食してすぐ、私が食器を洗浄魔法で綺麗にしていると、椅子に座っていたアルシェさんに話しかけられた。
私は魔法を中断して、彼女の向かいに座った。
「どうかしましたか?」
「あなた、北の大陸で帝国騎士にアレクが殺されたって言ってたわよね?」
「はい、そうですけど」
あまり思い出したくない光景が頭の中に思う浮かぶ。
アイツらの鎧に刻まれていた帝国の紋章を、私が忘れた事は一度も無い。
「おそらくだけど、その人達は皇帝に命令されてやったのだと思うわ」
「皇帝に?アレクは何か皇帝に怨まれるような事でもしたんですか?」
「そんな事はしていないわ」
彼女はそう否定すると、少し深呼吸をしてから再度口を開く。
「あの子が選んだあなたには、全てを知ってほしい。今から話すことは誰にも言わないで頂戴」
「わ、分かりました」
アルシェさんがそう言った瞬間、場の空気が重たくなったかのように感じた。
彼女は一体、何を話すつもりなのだろうか。
「では、改めて自己紹介を。私はアルシェミラ・イル・サイル。この国、サイル帝国の元皇妃よ」




