料理を振る舞おう
「あ、その、えっと…」
何て言ったらいいんだろう。
私は彼女を目の前にした瞬間言ったらいいのか分からなくなり、その場で固まってしまった。
「あなた、大丈夫?」
彼女を目の前にすると、何故か緊張してしまう。
今まで誰かと話す時に緊張なんてした事無いのに、どうしちゃったんだろう、私。
もう一度深呼吸して、話す事を整理してから噛まないようにゆっくりと口を動かす。
「アレクに頼まれて作った薬を、届けに来ました」
「そう、あの子が…入って」
彼女に導かれるままに中へ入ると、一番奥の部屋へ案内された。
そこには少し汚れたベッドだけが置かれており、他の物は気味が悪い程無かった。
床の埃の溜まり方からして、何も無いのはアレクがここに置いていた荷物を全て持って行ったからだろう。
アレクの母は少し息苦しそうにしながらベッドに座り、私の顔を見つめた。
「あなた、その髪飾りは…?」
「これは、アレクに作ってもらった物です」
私がそう答えると、彼女は「あなたがどういう人なのか、少し分かったわ」と言ってその表情が少し柔らかくした。
彼女と喋るのにも慣れてきたところで、彼女に持ってきた衰弱病の治療薬を手渡した。
「それは衰弱病の治療薬です。できるだけ一口で飲み切ってください」
それを聞いた彼女はためらう素振りを見せる事無く、一気にそれを飲み切った。
治療薬も即効性があるわけではないので、すぐ目に見えて効果が現れはしない。
それでも、治療薬を飲み干して一息吐く彼女を見ると、私の心にのしかかっていた何かが少し軽くなるのを感じた。
私はようやく、目の前の人を救う事ができた。
本当に、良かった。
これで私の目的は達成したし、家に帰ろう。
アレクの母は治療薬の副作用で眠たくなってきたようだったが、眠る前に、コッソリ部屋を出ようとした私を引き止めた。
「あなたの、お名前を聞かせてもらっても良いかしら?」
「私は、ルミアです」
シェーンに名乗った時とは違って、スムーズに名乗る事が出来た。
それも、エファではなくルミアを。
「そう、私はアルシェよ。よろしくね、ルミアさん」
よろしくね、なんて、まるでこれからも関わりがあるみたいな言い方じゃない。
私はもうこれで帰るつもりなのに…
アルシェさんがベッドに横たわり、眠った事を確認してから部屋を出た。
ふとそばにあった大きな木箱の中を見ると、大量の干し肉が積まれていた。
それをよく見ると、普通の干し肉に魔力加工で生きるのに必要な栄養が付加された物のようだ。
もしかしてアルシェさん、アレクが居ない間ずっとこの干し肉を…
そういえば、しっかりとした食事を摂らないと、早死にするってアレクが言ってたっけ…
周囲を見ると、フライパンなどの調理器具は揃っており、料理をするための食料だけが無い状態だった。
正直、アレクに受けた恩を返し切れたとは思えていない。
帰るのはもう少し後にしよう。
予定変更だ。
料理をアルシェさんに振る舞おう。
やる事が決まったので、私は早速行動に移した。
…所までは良かった。
私は今、アルシェさんの家からそう遠くない所にある市場に来ている。
そこで地下で育てている物と同じ野菜を発見したので、それを購入しようとしたのだが。
「ちょっとお客様さん!そんな大金出されてもお釣り払えませんって!」
「そ、そうなの?ごめんなさいね」
どうしよう、お金の価値が分からない。
過去に帝国に来た時は今とは違う通貨を使用していたようで、家から持って来たお金を出すと、今は使えないと言われた。
ミドラにシェーンを助けたお礼と言って渡された金袋がある事を思い出し、その中から適当に取った金色の硬貨を1枚渡した。
そうしたらこの反応をされた。
私はどうやら、1人で生活していた時間が長すぎたようだ。
高すぎると受け取り拒否された硬貨をしまって、今度は茶色の、銅で出来ていると思われる硬貨を取り出した。
「そうそう、それだよお客さん!それがあと2枚あればその野菜は買えるよ」
「わ、分かったわ」
私は商人に言われた通りに硬貨を取り出し、それと引き換えに野菜を受け取った。
追加でもう一つ、見た事の無い芋のような野菜があったので、それも購入した。
な、何とか買えた…
今後のためにも、今の帝国通貨の価値を覚えておいた方が良いかもしれない。
野菜が買えたので、次は肉を売っている商人の元へ向かった。
なんだか色々な種類の肉が販売されているが、他の客が茶色の硬貨5枚で肉を購入しているのが見えたので、私もその客の真似をして同じ肉を購入した。
藁に包んだ肉を受け取った時、解凍せずにそのまま調理器具に放り込む事を勧められた。
帝都で販売されている肉は、どれも鮮度を保つために凍結魔法で凍らされているようで、解凍してからじゃないと調理出来ないと思っている人に向けた注意喚起らしい。
私はこういう凍っている物の調理には慣れているので、別に言われなくてもそうした。
私がそんな人に見えたって事なのかな。
そんな事はさておいて、肉と野菜を購入する事が出来たので、アルシェさんの元へ戻った。
彼女を起こしてしまわないよう、ゆっくり扉を開けて様子を確認する。
彼女はまだ寝ているようなので、起きる前に料理が完成するよう、私は準備を始めた。
アルシェさんは治療薬を飲んだが、まだ衰弱病が治ったわけではないので、そんな彼女でも難なく食べられるよう、スープを作る事にした。
まず最初に、買ってきた肉を一口大に切って軽く熱したフライパンの上に並べ、その表面に軽く焦げ目を付ける。
その間に野菜2種類を適当な大きさに切りつつ、鍋に魔法で生成した水を入れてそれを温める。
肉の表面全体に焦げ目が付き、水がぶくぶくと沸騰したところでフライパンの肉と芋を放り込む。
そうして煮立ったら、この家のキッチンに置いてあった調味料を使って、時々味見をしながらスープの味を調えていく。
アレクが使っていただけあって、調味料がかなり充実している。
初めて使うような物もあったが、なんとか良い味に仕上げる事が出来た。
最後に、私の家の地下でも育てている葉野菜を半分切り、それをスープに入れて火を止め、余熱で火を通す。
これで、完成。
初めて野菜を2種類も使って料理したけど、上手くできて良かった。
夕食にはまだ少し早いので、アルシェさんが起きているかどうかだけ確認しよう。
音を立ててしまわないようゆっくりと扉を開けて、中を覗いた。
「料理をしている音がしたから、アレクかと思っていたけど、あなただったのね、ルミアさん」
「…はい。夕食が完成しましたけど、食べますか?」
「ええ、もちろん」
当然と言えば当然なのだが、アルシェさんはアレクが死んだ事を把握していない。
つまり、私の口から直接、その事を伝えなければならないという事だ。
今、このタイミングで言うべきなのか?
…いや、絶対もっと後の方が良い。
少なくとも、治療薬を飲んだばかりの彼女に言うべきじゃない。
せめて、彼女がもう少し回復してから話そう。
「じゃあ少し待っててください。ここに持ってきます」
私は出来上がったばかりのスープを皿に盛って、カトラリーと共にアルシェさんに手渡した。
それを口にしたアルシェさんはただ一言、「美味しい」と言った。
その言葉が、とても嬉しかった。
誰かに料理を美味しいと言ってもらえる事がこんなにも嬉しいなんて、知らなかった。
…もっと、アレクに美味しいって言ってあげたら良かったな。
アルシェさんはかなりお腹が空いていたのか、小柄な体格からは想像できない程の勢いで私が作ったスープを完食した。
衰弱病に罹る前のアルシェさんは、こんなにも元気だったのだろうか。
まぁ、何はともあれ、所謂衰弱状態からは脱したようで安心した。
彼女が食べている姿を見ていると、私もお腹が空いてきたので、残ったスープを全て食べ切った。
その後、使った食器を洗浄魔法で綺麗にして、元あった場所に戻した。
やれる事を全て終え、アルシェさんの体の状態も回復傾向にある事も確認できたので、とりあえず私は、彼女にこの家に泊まる許可を貰い、アレクが使っていた布団を貸してもらった。
私としては、キッチンの辺りで寝ようと思っていたが、アルシェさんが同じ部屋で良いと言ってくれたので、その言葉に甘えて彼女の隣で寝る事になった。
流石に気まずいし最初は断ろうと思ったんだけど、アルシェさんが何度も「本当に同じ部屋でいいのに」と言うので、承諾してしまった。
その夜、私はアルシェさんのベッドの隣に布団を敷いた。
一応、私がエルフだという事は隠しておきたいので、コートは着たまま、フードを被って横になった。
眼を閉じ、眠りに落ちかけた時、アルシェさんに小さな声で話しかけられた。
「ねぇ、ルミアさん。あなたはアレクと、どういう関係だったの?」
「私は…」
普通なら詰まる事無く答えられるその質問に、私は答えられなかった。
私はアレクの…何?
知り合い?
友人?
同居人?
それとも…
結局、アルシェさんがそれ以上質問してくる事は無く、快適とは言えないが、落ち着く匂いに包まれたおかげで難なく眠る事ができた。
翌日、目を覚ますと、アルシェさんが料理をしていた。
「アルシェさん、もう体は大丈夫なんですか?」
私がそう聞くと、彼女はその透き通った声で答えた。
「ええ、朝起きてから体が驚くくらい軽くて、久しぶりに料理をしてみてるの。もうすぐ完成するから、少し待ってて」
「わ、分かりました」
一晩でここまで回復するとは思っていなかったので、少し驚いたが、元気になったようで良かった。
特にやる事も無いので、朝食を待つ間に私は使用した布団を畳んだ。
そうしてすぐ、朝食が出来たと言われたのでキッチンへ向かうと、テーブルに昨日のスープで余った葉野菜と干し肉を使った和え物が用意されていた。
早速席に着き、アルシェさんと一緒に食べ始めた。
味は非常に質素なものだったが、何故だか非常に満足できた。
朝食を食べ終わりボーっとしていると、アルシェさんが神妙な面持ちで話しかけてきた。
「ルミアさん、聞きたい事があるのだけど、今聞いてもいいかしら」
「はい、良いですよ。何ですか?聞きたい事って」
「アレクは、今、どこ_?」




