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メタセコイア図書館

作者: 桂螢

図書館が好きだ。一人きりで、四十分の道のりを歩いて、百円のコーヒーを賞味しながら、様々な本を読みふけるのが、休日のささやかな愉しみである。


図書館の中庭には、メタセコイアがそびえ立っている。個人的にメタセコイアには、ほのかに甘美な思い出が混在している。読書好きで、ハルキストを自認し、生き別れになった元恋人を想起させるのだ。大学生の頃に下宿の近所にあった、今でいう熊が出現してもおかしくないほどに青々とした、桜の花が幻だったように完全に散ったあとの、関西の山奥でのことだった。メタセコイアの木陰にて、生まれて初めて男性と触れ合った。その時ばかりは、若さが気球のごとく弾けて、一途に男性とウイスキーに浮かんだ氷のように溶け合った。


いにしえの文豪はなぜか、複雑な生き様かつ複雑な性格の人が目立つ。太宰治はその最たる例である。生きづらさと孤独を抱える私は、文豪たちの小説を深く共感できる。現実の恋愛以上に、文学に強く惚れた理由はそれである。


私はつらさや哀しみを共有できる人こそが、友だと思っている。逆に言えば、そうでなければただの赤の他人だ。


生きていると、時として裏切りもある。たとえば、夏目漱石の『こころ』のように、愛情を傾けている人を友人に略奪されたりなど。私も一度やられた。それはそれはショックだった。もう、そういう人は人の気持ちをくみ取れない病人なのだと、憐れみをこめて距離をとることにしている。


私は中年になり、人生を若干達観できるようになったのかもしれない。最近、他人と群れることは、さほど重要なことではないと思えるようになった。


みんな私とは考え方も生き方も違う。血縁がつながっていても然り。


私一人で考え抜き、私一人で決断し、私一人で交渉する。とどのつまり、こういった難局に自分一人で立ち向かう場面は、人生特に社会人になったら、常に発生する。頭と身体をフル稼働させて、できる限りのことをして自分の問題に向き合うことが、人間としての宿命である。それは、動物には決して模倣できないことでもある。


そんな時、他人に何から何まで頼っていたら、空気が読めない奴だと低評価される。みんな自分が抱えている様々な問題のせいで忙しいのだ。こっちはあんたどころではないというのが、万人の本音である。


私は、女子会も飲み会もラインも大の苦手だ。私の友は本である。対人ではなく、本と会話するだけで、私には充分だ。いつかの十連休で、読書ばかりして、誰とも話さなかったのに、寂寥感はさほど実感しなかった。我ながらびっくりした。


メタセコイアが見守る図書館には、酷暑の時期は自転車でお邪魔しようと、今から画策している。

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