エピソードHAPPY?
「おい! アイリシア! さっさと持ってこい!」
「も、申し訳ございません、シュドルフ様」
婚約者シュドルフ・エステインは傲慢だ。傲慢で我儘で女好きで……犬嫌いだ。
大好きな愛犬は、シュドルフが我が家を訪問するたびに裏庭の小屋に閉じ込められている。なんたって爵位が向こうのほうがはるかに上だから。
なんの気まぐれか、エステイン公爵令息シュドルフ様は、突然我が家に婚約を打診してきたのだ。
「この私が婚約してやると言っているのだ。感謝するように」
「……この身に余る栄誉、光栄でございます」
公爵家の申し出を断れる子爵家は存在するだろうか? 尊大な言葉に大きく頭を下げ、この奇妙な婚約関係は始まったのだ。
「あら、アイリシア嬢? シュドルフ様の婚約者の座にまだすがりついておいでなの?」
意外なことにも、シュドルフ様は大変モテる。無駄にキラキラした笑顔で他の女性に接するからだろう。
「あのシュドルフが女性に興味を持つなんて」
「アイリシア嬢、君だけが我がエスタイン公爵家の存続の頼りなんだ」
そんなことをおっしゃる公爵夫妻に見せてやりたい。この満面の笑みを。
「えっと、君。アイリシアにそんなことを言うのはやめてくれないか? この僕の婚約者なんだ」
どこに行った? 対わたくしのあの傲慢さ。スマートに流れる様にエスコートして、かの令嬢を遠くに追いやる女慣れした様子。なぜあれをわたくしに出してくれない? 天下の公爵令息様からすると、子爵家の令嬢なんて、その辺に生えた雑草の様なものだから? ならそのまま捨て置いてくれ。わたくしの願いは届かず、手折られてしまったのだが。いつでも逃げ出そうと考えている。いや、冷静に考えてきっと逃げ出すことなどできまい。
「あぁ。神様。それならば、せめて犬を飼わせて。いやいっそのこと、愛犬シェーマードと結婚させて。シェーマードも結婚相手くらい選びたいだろうけど」
なんでこうなった?
「アイリシア! おはよう! 今日も愛らしいね! この世の全てが霞むようだよ!」
犬耳が見える。垂れ耳だ。いやそれは幻覚だが、まるで愛犬シェーマードのような愛情表現の激しさだ。……はっ! わたくしが神に祈ったから!? シェーマードとシュドルフ様が入れ替わってしまった!?
「わ、わたくし、急用を思い出しましたので帰りますわ!」
慌てて帰宅し、シェーマードのところに走る。
「シェーマード!? どこにいるの!?」
いつもなら帰宅と同時に走ってくるシェーマードの姿がやはりどこにも……。
「わん!」
裏庭にたどり着いた時、シェーマードの愛らしい声が聞こえた。
「シェーマード!? どうしてこんなところに!? あなた……いつも通りね。心配してごめんなさい。気のせいだったわ」
シェーマードと呼びかけて、頭を撫でる。シェーマードも嬉しそうだ。そこへ、焦った様にメイドが現れた。
「お嬢様! エスタイン公爵令息様がまもなくご到着されると、って!? 毛だらけですよ!?」
その後ろから、わたくしを追ってきたのか、シュドルフ様が現れた。
「アイリシア! ……って、犬!? 犬だけはダメなんだ。小さい頃に噛まれて……」
怯えた様にしゃがみ込むシュドルフ様の顔を、シェーマードがぺろりと舐める。
「う、うわぁ!? って、ええ?」
「大丈夫ですわ。シェーマードは噛みませんわ」
「ごめん……今まで、君の前だと素直になれなかったんだけど、神に祈ったからか、なぜか素直に愛情表現できるようになったんだ。だから、捨てないで?」
目をうるうるさせるシュドルフ様を可愛らしく思ってしまったわたくしは、生粋の犬派なのでしょう。
女好きは、どうとも思っていない女になら紳士らしく接することができるが、興味は持てなさすぎて顔と名前が一致しない、唯一覚えられたのがわたくしだけだったと聞かされ、わたくしの勘違いだったことがはっきりしました。こんなシュドルフ様となら、平和な家庭を築けるかもしれません。




