私は愛する旦那様と結ばれました。ところで、最近娘の様子が少しおかしいのです
あの日々から、十年という歳月が流れました。
魔王を倒すための、あの騒がしくも――今となっては少しだけ懐かしい――旅が終わってから、十年。
わたくしは、愛する旦那様、アレンと共に故郷の村へ帰り、望み通り、二人だけの静かで幸せな毎日を送っています。
王都でのあの出来事の後、王国も神殿も、二度とわたくしたちに干渉してくることはありませんでした。愚かな元勇者様も、どこかへ消えてしまったとか。どうでもよいことですわね。わたくしの世界には、アレンがいればそれで満たされるのですから。
村の小さな教会で挙げた結婚式は、今でも鮮明に覚えています。
純白のドレスに身を包んだわたくしの手を取り、アレンが「セレスティア、愛している。永遠に、君だけの夫だ」と誓ってくれた、あの瞬間。
わたくしの長い人生において、神の祝福を授かったと感じたのは、後にも先にもあの時だけです。
わたくしたちは、村を見下ろす丘の上に、アレンが魔法で作ってくれた可愛らしい家で暮らしています。
朝は小鳥のさえずりで目を覚まし、アレンの腕の中で「おはようございます、旦那様」と囁くのが、わたくしの一日の始まり。
アレンが淹れてくれるハーブティーは世界一美味しいですし、わたくしが作る少し焦げたパンケーキを「美味しいよ」と笑って食べてくれる彼の優しさは、どんな神の奇跡よりも尊いものです。
日中は、アレンは書斎で魔法の研究をしたり、村人から頼まれた些細な問題を魔法で解決してあげたりしています。わたくしは、庭で花を育てたり、そんなアレンの姿を窓から眺めたり。
誰にも邪魔されない、穏やかな時間。
旅の間、ずっと夢見ていた、アレンと二人きりの甘い生活。
ああ、なんて幸せなのでしょう。この幸せが永遠に続きますように、と、わたくしはかつて自分がその一部であったはずの神に、毎晩祈りを捧げています。
そして、わたくしたちの幸せは、もう一つ、新しい形を得ました。
七年前、わたくしたちの間に、可愛らしい女の子が生まれたのです。
アレンの黒髪と、わたくしのアメジストの瞳を受け継いだ、天使のような娘。
わたくしたちは、その子に「ルナ」と名付けました。夜空に静かに輝き、すべてを優しく照らす月のように、と願いを込めて。
「ルナは、僕に似て魔法の才能があるみたいだ」
アレンは、そう言って娘を溺愛しています。まだ幼いルナが、指先から小さな光の粒を出して遊んでいるのを見て、目を細めるアレンの横顔が、わたくしは何よりも好きです。
「いいえ、旦那様。この子の瞳は、わたくしにそっくりですわ。きっと、わたくしのように、一人の殿方を一途に愛する、素敵な女性になりますわよ」
そう言って、アレンの腕に寄り添う。
これが、わたくしの日常。わたくしの天国。
――ですが、最近、少しだけ気がかりなことがあるのです。
先日、七歳になったルナが、隣町から遊びに来ていた男の子と喧嘩をした、と村の子供たちが駆け込んできました。
聞けば、その男の子が、ルナが大切にしていた花の髪飾りを「そんなの似合わねえよ!」と言って、取り上げてしまったのだとか。
「まあ、なんて乱暴な子なのでしょう」
わたくしは少し眉をひそめ、アレンと一緒に広場へ向かいました。
そこで見たのは、わたくしの想像とは少し違う光景でした。
男の子は、地面にへたり込んで、わんわんと大声で泣いています。
その前に、ルナが仁王立ちになっていました。その小さな手には、取り返したであろう花の髪飾りが握られています。
「ルナ、どうしたんだい?」
アレンが優しく声をかけると、ルナはくるりとこちらを振り返りました。
その顔は、怒っているというよりは、ひどく冷めていました。アメジストの瞳が、静かな光を宿して、泣きじゃくる男の子を見下ろしています。
「パパ、ママ。この子、ルナの大事なもの、取ったの」
「うん、聞いたよ。でも、もう返してもらったんだろう? それなら、もういじめるのはおよしなさい」
アレンが諭すように言います。
すると、ルナはこてん、と小首を傾げました。
「いじめてないよ?」
「え?」
「ルナはね、この子が二度とルナに近づけないように、『祝福』をあげてただけ」
――祝福。
その言葉を聞いた瞬間、わたくしの背筋を、ぞくりとしたものが駆け抜けました。
アレンも、わずかに目を見開いています。
わたくしが、泣いている男の子のほうへ歩み寄り、そっとその子の額に手を当てて、神聖力で様子を探ってみると――彼の魂の奥深くに、微弱ながらも、しかし絶対に解けることのない「恐怖の呪い」が刻み込まれているのがわかりました。
ルナという存在に対して、生理的な恐怖と嫌悪感を抱き続けるように、という、非常に高度で悪辣な精神干渉魔法。神聖力で包まれてはいますが、これは紛れもなく呪いです。
「ルナ……これは……」
わたくしが絶句していると、ルナはむすっとした顔で言いました。
「だって、この子、ルナのこと『好き』って言ったんだもん」
「え……?」
「ルナが好きなのは、パパだけなのに。パパじゃない男の子に『好き』って言われるの、すごく気持ち悪い。だから、もう二度と言わせないようにしたの」
その瞬間、わたくしは理解しました。
ああ、ああ……! この子は、まぎれもなく、わたくしとアレンの子なのだ、と。
アレンから受け継いだ、規格外の魔法の才能。
そして、わたくしから受け継いだ、一人の相手に対する、常軌を逸した独占欲と、邪魔者を躊躇なく排除する苛烈さ。
その両方を、この子は完璧に併せ持っているのです。
わたくしは、思わずその場にしゃがみこみ、ルナを強く抱きしめました。
「ルナ……! まあ、なんて良い子なのでしょう!」
「え? ママ?」
きょとんとしているルナの頭を、わたくしは何度も撫でました。
そうです、それでいいのです。あなたの愛する人は、一人だけでいい。その人以外に好意を向けてくる輩は、すべて排除すればいい。わたくしが、アレンに対してそうしてきたように。
ちらりとアレンを見ると、彼は額に手を当てて、深いため息をついていました。
その顔には「やれやれ、血は争えないな」と書いてあります。
「セレスティア……あまり甘やかさないでくれ。教育に悪い」
「まあ、旦那様。この子は間違ったことなどしておりませんわ。自分の大切なものを、自分の力で守っただけです。それに、相手を消し飛ばさなかっただけ、とても慈悲深いではありませんか」
「その基準がおかしいんだって……」
困ったように笑うアレン。
ああ、その顔も素敵ですわ。
わたくしはルナを抱きしめたまま、アレンに微笑みかけました。
どうやら、この子の将来について、心配する必要はなさそうです。きっと、わたくしたちのように、運命の人を見つけ、その人だけの為に、その強大な力を使うのでしょう。
そして、もし、その子の恋路を邪魔するような愚かな輩が現れたなら――その時は、母親であるわたくしが、全力で『浄化』して差し上げますわ。
愛する旦那様と、愛する娘。
わたくしの完璧で幸せな世界は、これからも永遠に続いていくのです。
ええ、永遠に。誰にも、邪魔はさせません。
めでたし、めでたし。ですわよね? 旦那様。




