俺はパーティの兄貴分。勇者と聖女様がくっつくと思ってたんだが、なんか様子がおかしい
俺、ガイ・ブレイブハートは、勇者パーティの戦士だ。
騎士団じゃそこそこ名を知られた存在だったが、魔王討伐という大義のため、ガラじゃねえとは思いつつも、このパーティに加わった。
メンバーは、異世界から来たっていうチャラい勇者ユウト。
見るだけで目が潰れちまいそうなほど美しい聖女セレスティア様。
そして、セレスティア様の幼馴染だっていう、物静かな魔法使いのアレン。
正直、最初にこのパーティを見た時は「大丈夫かよ」と思ったもんだ。
リーダーであるはずのユウトは、とにかく軽い。口を開けば「俺最強!」「セレスティアは俺の嫁!」だ。まあ、勇者ってからには自信家なのはいいことかもしれねえが、もう少し落ち着きってもんが欲しい。
セレスティア様は、もう、あれだ。天上の人だ。俺みたいな汗臭い戦士が気安く話しかけちゃいけねえような、神聖なオーラがある。彼女が戦場にいてくれるだけで、不思議と力が湧いてくるんだから、聖女様ってのはすげえもんだ。
で、問題はアレンだ。
悪い奴じゃねえんだが、とにかく地味で影が薄い。戦闘でも後方からファイアボールを撃つくらいで、正直、戦力として数えていいのかわからねえ。雑用とかは真面目にやるから、まあ、いないよりはマシか、くらいの認識だった。
旅が始まると、ユウトの奴が意外とやるんで驚いた。
あいつの放つ聖剣技は、マジで一撃必殺の威力がある。俺が前線で敵を抑えている間に、ユウトがボス格をドカンと一発で仕留める。それが俺たちの勝ちパターンだった。
「どうだ、ガイさん! 俺のスターダストブレイク、マジでやばくなかった?」
「おう! さすがは勇者様だ!」
俺はいつも、そう言ってあいつの背中を叩いてやった。まあ、パーティの兄貴分として、若いやつらを盛り上げるのも仕事のうちだからな。
でも、今思えば、おかしなことは最初からたくさんあったんだ。
ミノタウロスの大将と戦った時のことだ。あいつの斧の一撃、普通なら俺の腕ごと持っていかれてもおかしくなかった。なのに、なぜか「重いけど、耐えられる!」って感じで受け止められたんだ。あの時、一瞬だけ風が俺を押し返してくれたような、不思議な感覚があった。
魔女が撃ってきた呪いの弾幕もそうだ。セレスティア様が障壁を張る前に、なぜか全部消えちまった。ユウトは「俺の覇気で消えた!」とか言ってたが、んなわけあるか。
何度か、死んだと思った場面があった。
背後からの一撃。避けられないはずの魔法。そのすべてが、なぜか俺たちには届かなかった。
俺はそれを、「これが勇者パーティに与えられた神の御加護ってやつか」なんて、都合よく解釈していた。本当に、俺は鈍感な大男だったんだ。
ユウトがセレスティア様にしつこくアプローチしてるのは、見ていて少しハラハラした。
セレスティア様は、俺にとっても憧れの女性だ。あんな美しい人が、もし自分の嫁さんになってくれたら……なんて、夢に見ねえ戦士はいねえだろう。
だが、ユウトのやり方はあまりにも強引で、見てるこっちが恥ずかしくなることもあった。
「聖女様も大変だな」
ある晩、見張りをアレンと交代する時に、俺はついそんなことを漏らした。
「ユウトのことですか?」
アレンは、いつも通り感情の読めない顔でそう返した。
「おう。まあ、あいつも悪気はねえんだろうがな。セレスティア様、困ってねえかな」
「……大丈夫ですよ。彼女は、ああいうのに慣れてますから」
「そうか? ならいいんだが……」
アレンはそれ以上何も言わず、闇の中に消えていった。
あの時、あいつの言った「慣れてる」って言葉の意味を、俺はもっと深く考えるべきだったんだ。
俺はてっきり、ユウトとセレスティア様が最終的にくっつくもんだと思ってた。
勇者と聖女。物語の王道だ。アレンはまあ、セレスティア様の良き「幼馴染」として、二人の結婚を祝福する役回りなんだろう、と。完全にそう信じ込んでいた。
だから、王都での祝賀会で、国王陛下が二人の婚約を発表した時も、「おお、ついに来たか!」と思っただけだった。
ユウトがガッツポーズを決めて、セレスティア様の元へ駆け寄っていく。
うんうん、めでたいこった。
だが、その後の光景は、俺のこれまでの常識をすべて、木っ端微塵に破壊した。
セレスティア様の顔から表情が消え、広間全体が凍りつくような圧に包まれた。
そして、あの地味な魔法使いだったはずのアレンが、壇上に上がってこう言ったんだ。
「彼女は、俺の婚約者です」と。
頭をガツンと殴られたような衝撃だった。
ユウトがアレンに斬りかかる。だが、アレンは指一本動かさずにユウトを吹き飛ばした。
騎士たちがアレンを取り囲む。だが、アレンは一言呟いただけで、歴戦の猛者たちを全員無力化した。
俺は、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
旅の道中での、数々の不可解な出来事が、頭の中で一気につながっていく。
ミノタウロスの斧を受け止められたのは、アレンが風の魔法で威力を殺してくれたからだ。
魔女の呪いが消えたのは、アレンが魔法を打ち消したからだ。
俺たちが一度も死ななかったのは、アレンが誰にも気づかれずに、ずっと俺たち全員を守り続けてくれていたからだ。
あいつは、雑用魔法使いなんかじゃなかった。
それどころか、俺たちが束になっても敵わない、とんでもない実力者だったんだ。
そして、俺たちの旅は、あいつの手のひらの上で転がされていただけだったんだ。
「……まさか……あの魔王との戦い……四天王との戦いも……」
俺の口から、震える声が漏れた。
そうだ。あの戦いも、すべてはアレンが仕組んだ舞台だったんだ。俺もユウトも、あいつの書いた脚本通りに踊らされていただけの、ただの役者だった。
そして、極めつけはセレスティア様だ。
王都の上空に、国を滅ぼせるほどの光の槍を無数に出現させたあの姿は、俺が知っている慈愛に満ちた聖女様ではなかった。あれは、神だ。怒れる女神そのものだ。
その女神が、アレンのことを「旦那様」と呼んだ。
その時の彼女の顔は、俺が今まで見たどんな表情よりも、幸せそうに見えた。
ああ、そうか。
俺は、何もわかっていなかった。
一番大事なことを、何も見えていなかった。
ユウトとセレスティア様? 違う。
最初から、この物語の主人公は、アレンとセレスティア様だったんだ。
俺たちは、ただの脇役。いや、背景ですらなかったのかもしれない。
二人が去った後、広間は異様な静寂に包まれていた。
俺は床に転がったユウトの聖剣を拾い上げ、壁にもたれて呆然としているあいつの元へ歩み寄った。
「ユウト」
「……なんだよ、ガイさん」
「……完敗だな、俺たちは」
俺がそう言うと、ユウトは悔しそうに顔を歪め、それから力なく笑った。
「ああ……完敗だ。俺、馬鹿みてえだな」
「全くだ」
俺たちは、二人して天井を仰いだ。
これからどうなるのか、さっぱりわからねえ。だが、一つだけ確かなことがある。
俺は、とんでもない奴らと一緒に、命がけの旅をしていたらしい。
そして、俺の鈍感力も、なかなかのものだったようだ。
「……なあ、ガイさん」
「ん?」
「俺、これからどうすりゃいいんだろうな……」
弱々しく呟く元・勇者に、俺はガシッとその肩を組んでやった。
「さあな。だがまあ、とりあえず酒だ。やけ酒に付き合ってやるよ、相棒」
俺はそう言って、ニッと笑って見せた。
兄貴分として、落ち込んだ弟分を慰めてやるのも、仕事のうちだからな。
たとえ、その弟分が、世界で一番盛大な勘違い野郎だったとしても、だ。




