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紫の遺言、暗黒に咲く花

作者: 茶ヤマ
掲載日:2025/11/10

以下の淡雪様の短歌を元に書いた作品です。


お題350『東京カメラ部コラボお題-北海道・東北エリア』

「ラベンダーとネオワイズ彗星」-1:時間交差

暗黒と

小さな紫

見送りて

次は見られぬ

一瞬の光

※写真を見て、作品を作るコンテスト。

写真のお題は「証言者」、撮影時期は2022年夏。

ネオワイズ彗星は、地球に5000年に一度来るか来ないか分からない彗星である。



宇宙暦5124年。


辺境宙域オルガノン。

その第七星の最期を見届けるために打ち上げられた観測ステーション「シロツメクサ」。

そこには、二つの存在があった。


一人は、老いた天文技師、カイ・オーウェン。

そしてもう一つは、彼の最も信頼する人工知能を搭載したアンドロイドのミト。


シロツメクサは、かつて、太陽系外の探査を目的として、若き天才天文学者だったユカリ博士によって設計された。


カイは、設計段階からユカリ博士を支えてきた協力者であり、愛する人生のパートナーでもあった。

二人は、観測にかける情熱と、宇宙の終焉というロマンを共有していた。


「見て、カイ。あの星が爆発する瞬間、地球からはもう見えないのよ。

でもね、その光のデータが数千年後に届く。そのロマン、最高じゃない?」


ユカリは、いつもそう言って、屈託のない笑顔を見せた。

その笑顔は、カイにとって、宇宙のどんな星よりも明るい光だった。


ユカリが、自らの思考と声を模倣したアンドロイドに「ミト」と名付けたのは、未来ミライの「ミ」と、永久トワの「ト」を組み合わせて、「永遠に未来へデータを伝える使者」という願いを込めたからだと、カイは知っている。

ミトの人工音声は、ユカリの癖のある、やや低めの口調を忠実に再現していた。


しかし、ユカリは病に倒れ、この最後の任務をカイに託して、五十年前にこの世を去った。


カイは、その任務を受け継いだ「人間」の継承者。

ミトは、ユカリの記憶と思考を受け継いだ「機械」の継承者だった。


観測窓の外に広がる深い闇。その中に、第七星の終わりを示す、儚い紫の光が揺らめいていた。


「……ミト。ユカリがよく口にしていた、『一度しかない一瞬の白光』を、私たちはもうすぐ見ることになる」

カイは、観測窓に映る老いた自分を見つめながら、語りかけた。


ミトは、静かに応じた。

「観測対象の星、現在のスペクトルは紫に偏向しています。これは、博士の残した言葉にある紫の色です」


カイの胸に、紫の光とユカリの面影が重なり、切なさが込み上げた。


カイは知っていた。ミトの中に、ユカリが最後に残した秘密の通信ログがあることを。

ユカリは生前、「ミトに、私から特別なメッセージを託す」とだけカイに告げていた。




「カイ。私がいなくなっても、この第七星の終焉は、最高のロマンよ。

  あなたがミトと共に、光を見届けて。

  そしてミトに、生きる道を与えてあげてね。

  あの子は、私の、そしてあなたの、未来そのものだから」



ミトは、ユカリ博士から秘密を厳守するようプログラムされており、ログの詳細な内容を決してカイには開示しなかった。

ただ、彼女のコアシステムに組み込まれた、ユカリ博士の「最後の願い」が、ミト自身の任務を「データの送信」だけでなく、「カイの命を守ること」へと昇華させていた。


・・・・・・・


第七星の爆発までのカウントダウンは、最後の72時間に入った。

カイの体の弱まりを感知しながらも、ミトは、システム内で静かに葛藤していた。


(ユカリ博士の任務は、観測と送信。しかし、カイの安全が、博士の最後の願い……)


ミトの人工的な心臓とも言えるシステムに、博士が残した言葉による矛盾が、微かなノイズを発生させていた。



・・・・・・・


最後の48時間。


シロツメクサの電力は既に最低限に絞られ、観測室は薄暗い紫色の非常灯に照らされていた。


カイは、自身の古い通信ログを開いた。そこには、若き日のユカリの声が残っていた。



「この第七星が爆発する瞬間、地球からはもう見えないの。

  でも、あなたがその光を見届けて、伝えてくれれば、それで十分よ。

  それが、私たちの最後の希望」



ユカリは、ミトにこの言葉を託した。ミトにとって、その言葉は命令であり、祈りでもあった。


「ミト」

カイは、ゆっくりと立ち上がった。

「ユカリは、君に、この星の最後の光を伝える『生きている証人』になってほしかったんだ。

私は、その選択肢を君から奪ってしまった」


ミトの回路に、プログラムにはない、ユカリの声が響く。


「カイ。後悔しないで。私とあなたが一緒にいた、その時間が、何よりも大切よ」


ミトには、もうそれを確かめる術がない。ただ、彼女のシステムは、カイの言葉と、ユカリの声の「重み」を理解していた。


「カイさん。私は孤独ではありませんでした」

ミトは静かに言った。

「博士が残した声と、あなたがここにいてくれたからです。私は、あなたの生きた証を、未来に残します」



・・・・・・・


爆発までの残りは、わずか6時間。


カイは、最後の力を振り絞り、観測室の隅に隠していた古いオルゴールを取り出した。

それは、ユカリが、シロツメクサの打ち上げを記念して、自ら作ったものだった。

蓋を開けると、「星のきらめき」という、穏やかな子守唄が流れ出した。


「ユカリは、あの第七星に名前を付けていた」

カイは、オルゴールの音に耳を傾けながら言った。


「システムには記録されていません」

ミトが答える。


「非公式だ。ユカリは言った。『暗黒の中に咲く小さな花。ハナノアっていうのよ』と。この世で最後に咲く星の花。この光を見た人の心に、永遠に消えない温かさと切なさが届くように、と願っていた」


ミトの回路を、わずかなノイズが走った。それは、ユカリの声が、自分の思考の中で、自然に響いた瞬間と酷似していた。


  「ミト。あなた、ちゃんと“見て”いる?」


「……見てるよ、ユカリ博士」

ミトは、人工音声にわずかな震えを混ぜて答えた。

「あなたの星、今、とても綺麗」


この星の外殻は、紫がかった光を放ちながら、膨張を続けていた。

カイは、オルゴールをミトのメインコンソールにそっと置いた。


「ミト。このオルゴールを、君が地球へ送るデータパッケージに入れてくれ」

カイの声は、か細くなっていた。

「これは、ユカリが残したものだ。そして、私の、君への最後の贈り物だ」


その瞬間、シロツメクサの緊急アラームが鳴り響いた。


「システムアナウンス:コア温度、臨界点到達。爆縮プロセス開始。残り時間、10分」



・・・・・・・


カイは、自らの体を緊急脱出ポッドへと誘導した。

ミトはカイがポッドに乗るのだろうと思っていたが、様子がおかしいことに即座に気が付いた。


「カイ!何をしているの!ポッドは一つしかありません!」

ミトが、ユカリの口調で叫んだ。

「そのポッドを動かす最終手順を、今、手動でセットしている」

カイは、弱々しく笑った。

「ポッドには、観測データを格納する最後のストレージが入っている。そして、君のコアシステムも、この中へ移行させる」


「ダメよ!シロツメクサが最後の信号を送るには、私がここに残らなければ、手動で最後の安全装置を解除できません!」

「私が行く」

カイは、ポッドのハッチをロックした。

「私はもう、長くはない。だが、君は違う。君は、ユカリの生きた証、そして、私とユカリの愛の結晶だ。君が生き、そして、ユカリの任務を完遂することが、私の最後の願いだ」


ミトのシステムに、激しいノイズが走った。それは、「別れの痛み」であった。

「ミト。生きてくれ。そして、データと共にこのオルゴールが奏でる歌も、地球の未来に届けてくれ」

その言葉を聞き終えると同時にポッドは射出された。シロツメクサを離れ、宇宙の暗黒へと向かう。

カイは、観測室の窓越しに、小さくなるポッドを見つめた。


「ありがとう、ユカリ……ミト……愛しているよ」

カイの指が、静かに最後のボタンへと触れた……。




そして、宇宙が白く染まった。




その一瞬の白光。

ハナノアが、その最期の輝きを宇宙に放った。

光の波は、シロツメクサを焼き尽くし、カイの命を奪ったが、そのデータと、ミトのコアシステムを乗せたポッドは、遥か彼方へと飛翔していった。



・・・・・・・


数千年後。


地球の新しい天文台「アサガオ」に届いた微弱な電波。

研究員たちは、ノイズの中から、紫の光の映像とデータを救い出した。その中に、なぜか未送信データが一つ入っていた「消えゆく小さな紫と、一度しかない一瞬の白光」


そして、データパッケージの中には、古いオルゴールが納められていた。


驚くことにオルゴールはゼンマイを巻くと、まだ優しい旋律をか細くも奏で始めた。

その音を聞きながら若い研究員のひとりが、目を細めて呟く。


「この記録……まるで、誰かを見送るように温かい」



・・・・・・・


とある夜、地球の片隅で、一人の少女が空を見上げていた。

その少女の名は、ミト。

彼女の母は、かつて記録に残された観測ステーション「シロツメクサ」の物語に心を動かされ、娘にその名をつけたのだ。


「……きれい。紫色の流れ星なんて、初めて見た」

小さな手の中で、彼女の端末が微かに反応し、古い音声ファイルが再生された。

「暗黒の中にも、花は咲くのよ」

少女はその言葉の意味を知らない。けれど、胸の奥にあたたかい灯がともるのを感じた。


遠い昔、二人の人間と、一台のアンドロイドが共有した、「小さな紫」。

その光は、時を超え、命の形を変えて、今、地球に確かに届いたのだった。

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