紫の遺言、暗黒に咲く花
以下の淡雪様の短歌を元に書いた作品です。
お題350『東京カメラ部コラボお題-北海道・東北エリア』
「ラベンダーとネオワイズ彗星」-1:時間交差
暗黒と
小さな紫
見送りて
次は見られぬ
一瞬の光
※写真を見て、作品を作るコンテスト。
写真のお題は「証言者」、撮影時期は2022年夏。
ネオワイズ彗星は、地球に5000年に一度来るか来ないか分からない彗星である。
宇宙暦5124年。
辺境宙域オルガノン。
その第七星の最期を見届けるために打ち上げられた観測ステーション「シロツメクサ」。
そこには、二つの存在があった。
一人は、老いた天文技師、カイ・オーウェン。
そしてもう一つは、彼の最も信頼する人工知能を搭載したアンドロイドのミト。
シロツメクサは、かつて、太陽系外の探査を目的として、若き天才天文学者だったユカリ博士によって設計された。
カイは、設計段階からユカリ博士を支えてきた協力者であり、愛する人生のパートナーでもあった。
二人は、観測にかける情熱と、宇宙の終焉というロマンを共有していた。
「見て、カイ。あの星が爆発する瞬間、地球からはもう見えないのよ。
でもね、その光のデータが数千年後に届く。そのロマン、最高じゃない?」
ユカリは、いつもそう言って、屈託のない笑顔を見せた。
その笑顔は、カイにとって、宇宙のどんな星よりも明るい光だった。
ユカリが、自らの思考と声を模倣したアンドロイドに「ミト」と名付けたのは、未来の「ミ」と、永久の「ト」を組み合わせて、「永遠に未来へデータを伝える使者」という願いを込めたからだと、カイは知っている。
ミトの人工音声は、ユカリの癖のある、やや低めの口調を忠実に再現していた。
しかし、ユカリは病に倒れ、この最後の任務をカイに託して、五十年前にこの世を去った。
カイは、その任務を受け継いだ「人間」の継承者。
ミトは、ユカリの記憶と思考を受け継いだ「機械」の継承者だった。
観測窓の外に広がる深い闇。その中に、第七星の終わりを示す、儚い紫の光が揺らめいていた。
「……ミト。ユカリがよく口にしていた、『一度しかない一瞬の白光』を、私たちはもうすぐ見ることになる」
カイは、観測窓に映る老いた自分を見つめながら、語りかけた。
ミトは、静かに応じた。
「観測対象の星、現在のスペクトルは紫に偏向しています。これは、博士の残した言葉にある紫の色です」
カイの胸に、紫の光とユカリの面影が重なり、切なさが込み上げた。
カイは知っていた。ミトの中に、ユカリが最後に残した秘密の通信ログがあることを。
ユカリは生前、「ミトに、私から特別なメッセージを託す」とだけカイに告げていた。
「カイ。私がいなくなっても、この第七星の終焉は、最高のロマンよ。
あなたがミトと共に、光を見届けて。
そしてミトに、生きる道を与えてあげてね。
あの子は、私の、そしてあなたの、未来そのものだから」
ミトは、ユカリ博士から秘密を厳守するようプログラムされており、ログの詳細な内容を決してカイには開示しなかった。
ただ、彼女のコアシステムに組み込まれた、ユカリ博士の「最後の願い」が、ミト自身の任務を「データの送信」だけでなく、「カイの命を守ること」へと昇華させていた。
・・・・・・・
第七星の爆発までのカウントダウンは、最後の72時間に入った。
カイの体の弱まりを感知しながらも、ミトは、システム内で静かに葛藤していた。
(ユカリ博士の任務は、観測と送信。しかし、カイの安全が、博士の最後の願い……)
ミトの人工的な心臓とも言えるシステムに、博士が残した言葉による矛盾が、微かなノイズを発生させていた。
・・・・・・・
最後の48時間。
シロツメクサの電力は既に最低限に絞られ、観測室は薄暗い紫色の非常灯に照らされていた。
カイは、自身の古い通信ログを開いた。そこには、若き日のユカリの声が残っていた。
「この第七星が爆発する瞬間、地球からはもう見えないの。
でも、あなたがその光を見届けて、伝えてくれれば、それで十分よ。
それが、私たちの最後の希望」
ユカリは、ミトにこの言葉を託した。ミトにとって、その言葉は命令であり、祈りでもあった。
「ミト」
カイは、ゆっくりと立ち上がった。
「ユカリは、君に、この星の最後の光を伝える『生きている証人』になってほしかったんだ。
私は、その選択肢を君から奪ってしまった」
ミトの回路に、プログラムにはない、ユカリの声が響く。
「カイ。後悔しないで。私とあなたが一緒にいた、その時間が、何よりも大切よ」
ミトには、もうそれを確かめる術がない。ただ、彼女のシステムは、カイの言葉と、ユカリの声の「重み」を理解していた。
「カイさん。私は孤独ではありませんでした」
ミトは静かに言った。
「博士が残した声と、あなたがここにいてくれたからです。私は、あなたの生きた証を、未来に残します」
・・・・・・・
爆発までの残りは、わずか6時間。
カイは、最後の力を振り絞り、観測室の隅に隠していた古いオルゴールを取り出した。
それは、ユカリが、シロツメクサの打ち上げを記念して、自ら作ったものだった。
蓋を開けると、「星のきらめき」という、穏やかな子守唄が流れ出した。
「ユカリは、あの第七星に名前を付けていた」
カイは、オルゴールの音に耳を傾けながら言った。
「システムには記録されていません」
ミトが答える。
「非公式だ。ユカリは言った。『暗黒の中に咲く小さな花。ハナノアっていうのよ』と。この世で最後に咲く星の花。この光を見た人の心に、永遠に消えない温かさと切なさが届くように、と願っていた」
ミトの回路を、わずかなノイズが走った。それは、ユカリの声が、自分の思考の中で、自然に響いた瞬間と酷似していた。
「ミト。あなた、ちゃんと“見て”いる?」
「……見てるよ、ユカリ博士」
ミトは、人工音声にわずかな震えを混ぜて答えた。
「あなたの星、今、とても綺麗」
この星の外殻は、紫がかった光を放ちながら、膨張を続けていた。
カイは、オルゴールをミトのメインコンソールにそっと置いた。
「ミト。このオルゴールを、君が地球へ送るデータパッケージに入れてくれ」
カイの声は、か細くなっていた。
「これは、ユカリが残したものだ。そして、私の、君への最後の贈り物だ」
その瞬間、シロツメクサの緊急アラームが鳴り響いた。
「システムアナウンス:コア温度、臨界点到達。爆縮プロセス開始。残り時間、10分」
・・・・・・・
カイは、自らの体を緊急脱出ポッドへと誘導した。
ミトはカイがポッドに乗るのだろうと思っていたが、様子がおかしいことに即座に気が付いた。
「カイ!何をしているの!ポッドは一つしかありません!」
ミトが、ユカリの口調で叫んだ。
「そのポッドを動かす最終手順を、今、手動でセットしている」
カイは、弱々しく笑った。
「ポッドには、観測データを格納する最後のストレージが入っている。そして、君のコアシステムも、この中へ移行させる」
「ダメよ!シロツメクサが最後の信号を送るには、私がここに残らなければ、手動で最後の安全装置を解除できません!」
「私が行く」
カイは、ポッドのハッチをロックした。
「私はもう、長くはない。だが、君は違う。君は、ユカリの生きた証、そして、私とユカリの愛の結晶だ。君が生き、そして、ユカリの任務を完遂することが、私の最後の願いだ」
ミトのシステムに、激しいノイズが走った。それは、「別れの痛み」であった。
「ミト。生きてくれ。そして、データと共にこのオルゴールが奏でる歌も、地球の未来に届けてくれ」
その言葉を聞き終えると同時にポッドは射出された。シロツメクサを離れ、宇宙の暗黒へと向かう。
カイは、観測室の窓越しに、小さくなるポッドを見つめた。
「ありがとう、ユカリ……ミト……愛しているよ」
カイの指が、静かに最後のボタンへと触れた……。
そして、宇宙が白く染まった。
その一瞬の白光。
ハナノアが、その最期の輝きを宇宙に放った。
光の波は、シロツメクサを焼き尽くし、カイの命を奪ったが、そのデータと、ミトのコアシステムを乗せたポッドは、遥か彼方へと飛翔していった。
・・・・・・・
数千年後。
地球の新しい天文台「アサガオ」に届いた微弱な電波。
研究員たちは、ノイズの中から、紫の光の映像とデータを救い出した。その中に、なぜか未送信データが一つ入っていた「消えゆく小さな紫と、一度しかない一瞬の白光」
そして、データパッケージの中には、古いオルゴールが納められていた。
驚くことにオルゴールはゼンマイを巻くと、まだ優しい旋律をか細くも奏で始めた。
その音を聞きながら若い研究員のひとりが、目を細めて呟く。
「この記録……まるで、誰かを見送るように温かい」
・・・・・・・
とある夜、地球の片隅で、一人の少女が空を見上げていた。
その少女の名は、ミト。
彼女の母は、かつて記録に残された観測ステーション「シロツメクサ」の物語に心を動かされ、娘にその名をつけたのだ。
「……きれい。紫色の流れ星なんて、初めて見た」
小さな手の中で、彼女の端末が微かに反応し、古い音声ファイルが再生された。
「暗黒の中にも、花は咲くのよ」
少女はその言葉の意味を知らない。けれど、胸の奥にあたたかい灯がともるのを感じた。
遠い昔、二人の人間と、一台のアンドロイドが共有した、「小さな紫」。
その光は、時を超え、命の形を変えて、今、地球に確かに届いたのだった。




