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炎の契約 ― 光輝同盟の誕生

――孤独に生まれた知は、やがて他の知を呼び寄せる。

 それが、文明の火種となる。


ビザンツを離れて十日。

東の空には灰の雲、足下には戦火の残り香。

アリシアとアルカディアは、廃墟と化した街道を西へ進んでいた。


「この道の先に……フィレンツェという都市があると聞きました。」

「芸術と理性の都、か。」

アルカディアは短く答え、歩みを止めた。


遠くに見える丘の上に、赤い屋根と鐘楼が並ぶ。

その光景は、焦土を見慣れた彼の目には、まるで幻のように美しかった。


「……まだ、“創る者”が残っている。」

彼の口元に微笑が浮かんだ。


フィレンツェの街は、香油と絵具の匂いに満ちていた。

工房では若い職人たちが絵筆を動かし、街角では哲学者が理想を語っている。

アルカディアにとって、それは未来の科学都市に似た活気だった。


「これほど理性が息づく街が、この時代に存在するとは……」


アリシアは不安げに周囲を見渡す。

「でも……あなたのような錬金術師を、彼らは受け入れるでしょうか?」


アルカディアは肩を竦めた。

「拒まれるなら、理解させればいい。

 知識は説得よりも、証明の方が早い。」


その晩、二人はある工房に案内された。

木製の歯車が壁一面に並び、机の上には奇妙な飛行装置の設計図。

その中心に、一人の青年がいた。


褐色の髪、鋭い眼差し。

筆とコンパスを同時に操りながら、何かを描いている。


「あなたが……この設計を?」

アルカディアが尋ねると、青年は顔を上げた。


「ええ。空を飛ぶ機械の構造です。

 神は鳥に翼を与えた。

 ならば人にも、与えられるべきでしょう?」


その声には、確信と夢が混じっていた。


「名は?」

「レオナルド。レオナルド・ダ・ヴィンチ。」


その瞬間、アルカディアは笑みを浮かべた。

「やはり、この時代にも“未来を見る目”を持つ者がいたか。」


二人の会話は夜更けまで続いた。

歯車の比率、風圧の分解、蒸気の利用、そして人類の進化。

まるで百年分の思想を一夜で交わすような熱だった。


「あなたの話は理解できない部分も多い。

 だが、感じるのです。“これは真理だ”と。」

ダ・ヴィンチは微笑んだ。

「あなたの名は?」


「ライオン・アルカディア。

 時の流れに逆らう、ただの放浪者だ。」


彼はそう言って、懐から小さな金属装置を取り出した。

掌で光る円環――量子刻印装置の一部。


「これは、俺の時代で“神の指輪”と呼ばれたものだ。」


ダ・ヴィンチの目が見開かれた。

「それは……機械? いや、まるで生きているようだ。」


「知識とは生き物だ。触れた者の意志に応じて進化する。」

アルカディアは微笑んだ。

「俺たちの手で、それを繋げよう。」


夜風が吹き抜け、工房の蝋燭が揺れる。

二人は炉の前に立ち、互いの手を重ねた。


「――契約を交わそう。」

アルカディアが呟く。


「契約?」

「知識を共有し、光を絶やさぬ誓いだ。

 俺たちは“光輝同盟ルーメン・コンコルディア”を名乗る。」


ダ・ヴィンチは目を閉じ、頷いた。

「いい名だ。

 光は影を生み、影は形を教える。

 その理を理解する者こそ、真の創造者だ。」


アルカディアは掌を差し出した。

その上で青い炎が揺らめく。

ダ・ヴィンチもまた、火口を取り出して火を灯す。


二つの炎が交わり、一瞬、金色の光が弾けた。


「……これが、俺たちの“始まり”だ。」


数日後。

フィレンツェの裏路地に、小さな工房が新たに建った。

壁には「光輝同盟」の紋章――交わる二つの歯車と翼。

そこでは、絵画と機械、宗教と科学が同じ机の上で語られていた。


アリシアは窓辺でその光景を見つめ、微笑んだ。


「あなたは本当に、神のようですね。」


アルカディアは工具を置き、彼女に向き直る。

「俺は神ではない。

 だが、神が作った世界を“理解しようとする者”だ。」


アリシアは静かに頷いた。

「では――私も、その光を守る者になります。」


彼女の瞳に映る炎は、まるで未来の太陽のように輝いていた。


夜。

アルカディアは工房の屋上に立ち、星空を見上げた。

隣には、スケッチ帳を抱えたダ・ヴィンチ。


「君は未来を見たことがあるか?」

「いいえ。だが、描けます。

 見えぬものを想像し、形にするのが人間です。」


アルカディアは笑った。

「ならば、君はすでに未来を見ている。」


風が吹き、炎が揺れる。

その炎が夜空を照らし、遠くローマの廃墟をかすかに照らした。


――そしてこの夜、人類史に“光輝同盟”が誕生する。

 それは後に、科学革命と呼ばれる時代の最初の火となった。


「知識を恐れるな。

  それこそが、人が神に最も近づく瞬間だ。」

 ――ライオン・アルカディア

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