紅は怨みに巻かれて燃え盛る
かぐつち・マナぱさまにイラストを頂きました!
「赤は風に巻かれて踊る」で頂いたイラストだったのですが、その雰囲気に触発されて書いたらこのようなお話になりました(^_^;)
というわけで作中に使わせて頂いております。
ありがとうございました(^o^)
作中に残酷なシーンがありますのでお気をつけください。
男は不機嫌そうに歩いていた。
全てが自分の思い通りに動くとは思っていなかったにしろ、まさか彼女が安易に死を選ぶとは思っていなかったのだ。
あの日、苛つく上司を殴り倒し、さっさとおさらばした会社。 元々合わないと思っていたそこに未練がある訳でもないが、ささくれ立っていた彼の目の前に現われたのは、高校生かそれより若干年嵩くらいの少女だった。
数瞬以上、紅葉の舞い散る公園の中で、踊る様に歩む彼女に目を奪われた。
強い風
厚くなった紅葉のカーテンの向こう側
周囲から隔絶された様な紅の空間
彼は気づけば彼女を押し倒していた。
目の前には引き裂かれた服と彼女の身体に滲む赤。
自身の犯した犯罪に総毛立つも、直ぐさまスマホを取り出し黙っている様に脅しを掛けたのはある種の慣れか。
しかし、男が去った後、ここで起こったのは公園丸ごとを焼く事になった焼身自殺だ。
若い頃色々とやんちゃをしていたとは言え、他人の死に関わった事はない。 そのせいか心の中にはもやもやとした蟠りが残っている。
だからこそほとぼりも冷めたであろうと、一月待ち、彼はこの公園へやってきたのだ。
そこに彼女を悼む気持ちがあるという訳ではない。 心の内に残る澱を吐き出す為に、ここへ来たに過ぎないのだ。
そこにあるのは謝罪ではなく文句。 「死を選ばせてしまって申し訳ない」ではない。 「何で死ぬんだよ、畜生が!」である。
男にとっては幸いというべきか、当局は「犯人」を見つけられないでいる。
広範囲を焼き払う事になった火事が、その場の証拠を燃やし尽くしていたからだ。
彼は少女が倒れていた辺りに近づいた。
あるのは黒く焼け焦げた地面と、露でへばり付き取れなくなった灰。 それを養分に伸び始めた雑草たち。
周囲の木々は漆黒の柱の如くそびえ立ち、遠くからは卒塔婆の様に見えるだろう。 その様子はまるで墓地だ。
(……ま、あの程度で死ぬんじゃ、どの道長生きはしねえわな)
そう、思う。 そんなモンだと思い込む。 自分は「それ程」悪くはないのだと。
男は懐へ手を伸ばし、煙草を咥える。
離れて見るならその様子は、余りのやるせなさに佇む被害者の身内にも見えるだろう。
だが実態は真逆であり、内心にあるのも八つ当たり染みた憤りだ。
今ではここへ来たことすらバカらしく思う、子どもの様な憤懣。
舌打ちし、地面にある灰の塊を蹴り飛ばすと、そのまま足を進める。
そんな時だった。
紅葉が舞った。
赤く、赤く、木の葉が舞う。
紅が周囲を染め上げていく。
「な……何だぁ!?」
この公園の木々は葉の殆どを焼かれている。 といってこれほどの量は別の群生地から風に運ばれてくるものではない。
そもそも今は風が吹いていない。
なのに木の葉が舞う。 周囲の視線を遮る様に。
木々が揺れる。 喜びに身をくねらせる様に。
驚く男を尻目に、一本の木が燃え始めた。 一ヶ月前の再現の様に炎を上げ始めた。
「何だよ! クソッ!」
慌てて燃える木に背を向けるが、そちら側の木も大きく燃え始めている。
周囲を見渡すも、そこには彼を囲う様な炎の壁。
男は気づかない。
木々はまるでそれ自身が炭であったかの様に赤熱し、炎を、熱を発しているのに、紅葉は燃えず焼けず、周囲を舞い、踊っているのだ。 椛の一枚一枚に意思があるかの様に華麗なロンドを踊っている。
男は気づかない。
この閉鎖された空間に、もうひとりが現われたことを。
焔を割って出たのか、劫火より生まれ出たのか、それすら判らぬ程自然にそこへ現われていた。
男は右へ、左へと頭を巡らせるが、そこにいるもうひとりにはまだ気づかない。
もうひとりはそんな男の様子を笑うでもなく嘲るでもなく、ただ見つめる。
といってもそこまで広くない閉鎖空間である。
男はいつの間にか背後にいた真っ白い少女に気づき、ビクッと身を退いた。
白いワンピースを着た年若い少女。
黒髪を腰程まで伸ばした見覚えのある少女。
「てめぇ……、化けて出やがったのか?」
白いワンピースから伸びる華奢な手足。
白い、が病的でない魅力的なきめ細かい肌。
端正と言えるその造詣はまるで人形の様に整っていた。
見間違えるはずもない。
思わず我を忘れて襲いかかった少女。 そしてそのまま死んだはずの少女。
「………………」
綺麗なその容貌に表情と呼べるものはなく、無表情。
そのきめ細かな肌にも赤みがなく、酷く不自然に見える美しさがあった。
「……へっ」
返事のない少女を組み易しと見たか、男はぺろりと舌舐めずり。
「ならもう一度楽しませろや!」
男は周辺の変事を忘れたかの様に彼女に襲いかかり……。
左足が焼失した。
一瞬で焼き消えた足に気づかず、地面に倒れ込む男。
「がっ!?」
少女はじっと男を見る。
赤い、炎の色をした瞳だ。 赤であり、緋色であり、真紅。 揺らぐ様相は正しく焔。
無表情だった面差しが、にぃっと歪んだ。
醜悪に、
凶悪に。
そして歓喜に。
炎が男を持ち上げる。 80㎏はあるだろう肉体を、その表皮を焦がしつつ持ち上げる。
「がああぁぁぁぁっ!? クソ女がっ! 離しやがれ!!」
男を無視して近寄る少女は歪んだ表情のまま目を見開き ――目の前の腹に腕を突き立てた。
――グチョッ
炎に囲まれた中、異質な水音が響いた。
少女の白い肌が、ワンピースが、赤く染まる。
「ぎゃああああああああぁぁああぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁっ!!??」
その光景と、痛みと、訳の解らない状況に、男は悲鳴を上げる事しか出来ない。 成人した男のちからをもってしても、炎の拘束は揺るがないのだ。
飛び散る飛沫が、流れる血潮が彼女を染める。
地面を、紅葉を、炎を、赤く紅く朱く染めてゆく。
「痛え!? 痛えっ!? 止めろぉっ!! 止めてくれっ!!」
少女が突き刺した腕を引き抜くと飛び出すのは腸。 左手で受け止めた少女は、手にしたそれを地面へ叩き付けた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
再び、悲鳴。
あちこち破れた内臓に紅葉が纏わり付く。
傷口を押さえる様に。
傷口から流れる生命を飲み込む様に。
「 わたし も いたかった よ ?」
見開いた炎の瞳が男を見据える。
その爛々と輝く双眸は満月の様に。 その口元は三日月の様に。
なのにその言葉には何の感情も見えず、ただ語る。
「いたかった の からだ も こころ も ずっと ずっと 」
歓喜の表情で、狂喜の瞳で、無感情に語りつつ彼女は男の内臓をひとつずつ引き摺り出す。
「止めろぉ……謝る! 謝るから……頼むからもう止めてくれぇ……!」
「 わたし も やめて と いった よ ?
でも あなた は じぶん が まんぞく するまで やめて くれなかった 」
言われて男は絶望する。
その言葉は『自分が満足するまでは止めない』のだと、そう言っているのだと解ったからだ。
ゆらり
炎が揺れる。
炎を背景に立つ少女の姿はまるで悪魔の様に。
その熱が巻き上げなびく黒髪はその翼の様に。
「 しんで
くるしみ ながら ぜつぼう しながら
それが できたら ゆるして あげる から 」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
その公園には一本の椿が生えている。
2mにも満たない、まだ若い木だ。
植え直された銀杏や楓の中、一本だけ椿が生えている。 可愛がられる子どもの様に。 辺りを統べる女王の様に。
誰が植えたのか、いつから生えているのか、誰も知らない。
その公園には一本の椿が生えている。
今年も燃える様な赤い花を咲かせる。
と言うわけで「赤は風に巻かれて踊る」の後日譚でした。