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酒と嘘と弾丸

「ど、ど、ども……に、新田といいます」


 二人の友好を見届けたチカが、固く握られた二人の手を上から押さえて口を開く。


「せっかく届けてくださったのですから、なにかミュラー様にお礼をしないといけませんわ」


 輝くチカの目には企みの気配が漂っていたが、新田はそれを理解した上で頷いて「あぁ、そうだな」と簡単に返事を返す。


「オー、イヤイヤ、困ッテイル女性ヲ助ケル。当タリ前デェス」

「でも、このままお返しするのも申し訳ないですもの……うーん、やはりなにかお礼を」


 チカは上目遣いでミュラー氏の手首を優しく撫でる。ミュラーはチカの誘うような目に一瞬戸惑いを見せたものの、すぐに咳払いで平静を取り戻して優しくチカの手を取った。


「ディハ、私ノ部屋デ、私ノ話相手ヲ願イマァスカ?」

「あはは……そ、それはありがたいのですが、私一人だけですと」

「hahaha! 大丈夫、二人トモ招待シマスヨ。ワタシ京都マデ一人デ寂シイノデェス」

「まぁ! それは素敵な提案ですわ!ミュラー様から世界の話をたくさん聞きたいですわ」


 チカの人形のような大きな瞳が、新田に何か訴えかけている。新田はすぐにチカが何を言わんとしているかに気づいた。これはミュラーの寝台に忍び込む千載一遇の好機である、と――彼の決断は早かった。


「わかりました。行きましょう」


 こうして三人はミュラーの寝台へ移動する。

 だが、ミュラーが扉の鍵を開けた直後


「――Oops (おっと)!」


 寝台室の戸を開けた途端、 ミュラーの表情が一瞬強張ったのを新田は見逃さなかった。視線を追うと、ベットの足元に向けられており、そこには大きな革製の旅行鞄が半ば隠すように二つ置かれていたのだ。


「オーウ、荷物ノ整理がマダデシテ……コレハ、失礼」


 だが、ミュラーは落ち着いて旅行鞄を隠すように乱暴に足で素早く寝台の下に滑り込ませて新田の視界から旅行鞄を逃し、 何事もなかったかのように空いている向かい側の寝台を広げてそこに座るように促してくる。


「ドウゾ、ドウゾコチラ。ワイン、アリマァスヨ」

「あっ……は、はい」


 ミュラーは進行方向側の寝台に腰を下ろし、二人は反対側に。

 こうして新田は奇妙な形でミュラーと相対することになった。

 緊張する新田の前に、ミュラーが真っ赤な液体が注がれたグラスが突き出される。


「サァ、ドウゾ。コノ国ノ人、酒呑メル男ハ、イイ男デェスカラネ」


 酒が飲めない歳のチカの代わりに、新田がミュラーと杯を交わすことになる。出会いの記念と勧められるまま慣れない酒を飲みながら、彼はこの千載一遇の好機をどう活かすか考えた。


「うっ、うーん、これは強い酒ですな」

「hahaha! 友人モ言ッテマシタ」


(これが合衆国の酒か……)


 怪しまれないように新田はワインを飲み進める――が、一口含むたびに思わず眉が寄る。 酔いが回りすぎないように気をつけながら、どうやってミュラーをこの部屋から引き離すかだけに思考力を集中運用していると、気づいたら会話はチカとミュラーだけの世界になっていた。


「へぇー、阿弗利加大戦でも『合衆国派』が優勢なのですね! 新聞では『合衆国派』の国と『連邦派』の国で日々激しい戦いが繰り広げられていると伺いましたけど」


 二人の話は、三年前に始まった阿弗利加大陸を舞台にした『合衆国』と『連邦』の植民地獲得競争の話題にまで発展している。欧州大陸の各国が連邦に合流することに危機感を覚えた『合衆国』が、『連邦』への牽制と資源獲得を目的に阿弗利加大陸に進出し、それを阻止しようと『連邦』が阿弗利加諸国を強力に支援することで始まった代理戦争のことだった。


 新田は二人の会話を耳にしながら、最新の国際情勢の話題についていくチカの教養の深さに驚きを隠せなかった。チカは政治や国際情勢に強い関心があるらしく、また造船会社の令嬢ということもあって、新田の想像以上に国外の世相に明るかったのだ。


「――ところで、ミュラーさんも戦地に行くことはあるのでしょうか?」

「イエイエ、『セールスマン』デェスカラ行キマセン」

「では『帝国』でも御商談を?」

「hahaha! マァ……ソウデェス。陸軍サマ、沢山買ッテクレマス。大変好評デェス」

「新聞だと、『帝国』が『連邦』と『合衆国』の世界最終戦争の鍵を握るらしいですね。できれば戦争は起きてほしくないのですが……ミュラーさんは?」

「ソウデェスネ。私モ願イマス。タダシ、戦争ガ起キタラ、必ズ我々が勝利スルノデェス。 シカシ、勝利ニハ帝国ノ協力ガ不可欠デェスガ……マタスグ次ノ戦争が、クルデショウ」

「まぁ、物騒な話ですこと……人はどこまでも争う宿命なのですね」

「ソウナラナイコト、祈リマァス。トコロデ、ナニカ飲ミ物飲ミマスカ?」

「うふふっ、そうですわね。私、紅茶が大好きですの」

「オゥ! デハ、アトデ食堂車イキマショウ!」


 楽しそうに会話を繰り広げる二人だが、新田は反対にどんどん顔が暗くなる。


(どうすればいい。 ミュラーが邪魔だ!)


 眼前に巨悪を暴く証拠の入っている靴があるのにもかかわらず、手出しできない歯がゆさ。

 酔いが回っているのか、焦っているのか、顔が焼けるように熱くなっていく。 一旦席を外して作戦を練り直すか、とも考えたが、まだ部屋に戻れそうな雰囲気もなく、仕切り直しを考えてグラスを置き、膝に手を置いて立ち上がろうとした――そのときだった。


「新田サン、ドゥシマシタ?」


 突然、片眉を吊り上げたミュラーが新田の顔を覗き込んできたのだ。

 不意に視界の中に現れた西洋人の顔に、反射的に新田の身体は仰け反ってしまう。違和感を悟られてしまった可能性が脳裏に浮かび、酔いもあって舌がうまく回らない。


「あぁ、えぇー、いやいや、えっと、その……いやぁ…………」


 だが、そこに救世主が現れる。


「あっ、もしかしてちょっと酔っちゃいましたか? お酒に弱いですものね」


 不意にチカが新田に身体を密着させて、優しく背中をさすり始めたのだ。


「大丈夫ですか? 少しお部屋で休憩されます?」

「オゥ、ソォーデシタカムリハ、ダメデェスネ」


 知らずにかなり酔ってしまったらしい、と新田は、グラスをテーブルに置いてふらふらと立ち上がる。


「ちょ、ちょっと部屋に戻りますね……うっぷ、ううぁ……気持ち悪い」

「オーウノー、コレハ、オヤスミガ必要デェス」


 新田はミュラーに肩を貸してもらってやっと歩き出すことができた。

 なんとかチカの部屋へ戻るが、酔いと獲物に介抱される恥ずかしさと焦燥感で顔から火が出そうになる。


「ミュラー様、本当にありがとうございました」

「ハァイ……アトデ紅茶タイムシマショー」


 ミュラーはさりげなくチカにウインクして、静かに扉を閉める。

 こうして、新田は再びチカと二人っきりになってしまった。

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― 新着の感想 ―
新田さん残念・・・ミュラーさんのウインクの意味はなんやろ。たのしみ!
緊張していると酔いも早く回るかしらねえ それだけじゃない気もするけれども
サブタイトルを含めず読んだ時と含めて読んだ時で印象が変わって楽しいです!
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