共同捜査のすゝめ
「――っ!?」
それはまるで、後頭部を鈍器で殴られたような衝撃だった。
咥えていた煙草が地面に落ち、寒気が背筋を走り抜ける。
「お、お前……ち、千夏のことを」
「一応、今は私も捜査官ですから」
声を失った。
源一郎はそこまで調べられているとは思いもしていなかった。化け物を見るように目を大きく見開いたまま、黙々と現場検証を続ける日向少尉の背中を見つめることしかできない。
「大洗警察官殿?」
刹那、日向少尉がくるっと横を向いた。
源一郎と目があうなり、彼はニコッと白い歯を見せて不敵に笑う。
「ははっ……なるほど。図星ですか」
時が止まったかのように動かなくなった源一郎の煙草を拾い上げ、いまだに仰天している彼の口に煙草を差し込む。そして、慣れた手つきで源一郎のヨレてしまった制服のネクタイを結び直しながら話を続ける。
「アナタのことは昨日しっかりと調べさせてもらいました。高い検挙率を誇った人情派の熱血警官が、どうして怠慢警察官へと堕ちてしまったのか、私はとても疑問に思いました」
「お、お前……」
「捜査だと言い張って貧民窟や色街、繁華街に入り浸り、周りも貴方の愚行を見逃している。私は当初とんでもない厄介者を押し付けられてしまったと思いましたが、今の貴方の反応を見て確信しました。あれは演技だと」
「演技?」
「もうやめましょう。大洗警察官殿、貴方は自暴自棄になって遊んでいるわけじゃない。何か確信を持って貧民窟を訪れている。例えば……千夏さんを探しているとか……ね?」
源一郎の胸を押して距離を取り、炭が混ざって黒くなった地面の上で、くるりと可憐に一回転して満面の笑みを浮かべる日向少尉。源一郎は心臓が飛び出てしまいそうになるのをなんとか抑えながら彼の様子を伺った。
嬉しそう。だが、その目は笑っていない。
本心を隠すために笑顔を貼り付けたような感じ。
一気に妖艶な雰囲気を纏い出した日向少尉から視線を外すことができなくなる。
「どういうことだ……」
日向少尉の推測は正解だった。
勝手に荒くなる呼吸。
煙草もすぐに足で踏みつけて消した。
「お、お前……ど、どうして」
「まぁ……私には関係ないことなのでどうでもいいのですが……あっそうだ!!」
さらに日向少尉は無邪気に両手を叩いて、右手を源一郎にまっすぐ差し出す。
「大洗警察官、私と取引をしませんか?」
「な、なんだ?」
「貴方が私の捜査に協力する代わりに、私も千夏さんの捜索に協力する……悪くない条件なはずです」
「お前……なにを言ってんだ」
「過激派連中の多くは、警察の摘発を逃れるために貧民窟や色街に根を張り、闇に紛れていると聞きます。何か不穏な動きや奴らに関する情報もそこで見つかるかもしれません。実は軍からもいくつか過激派に関する情報を得ておりまして、どうやら貴方が出入りしている場所が怪しいと我々は踏んでおるわけです」
ここで日向少尉はわざとらしく目を瞑って空を見上げる。
「ただ残念なことに、私はそのような場所については全く詳しくありません。でも、案内役がいれば別です」
「……つまり、俺にあそこを案内しろと? 俺になんの得が?」
日向少尉はまっすぐ源一郎を見つめ、満足そうに頷く。
満面の笑み。反対に、源一郎の警戒心は最高潮に達する。
「人探しは、一人で探すより、二人で探すほうが効率も良くなります」
さらに日向少尉は得意気に話を続ける。
「お目付け役の私が責任を持って貴方がしっかりと捜査に協力してくれている旨を班長に報告しておきますよ。どうです? 悪い話ではないのでは? このままだと次の勤務評定も厳しいのでしょ? これ以上勤務評定が悪いと、遠いところに飛ばされるかも……そうなってしまっては、せっかくの捜索が無駄になるかもしれない」
突然底知れない実力を見せつけてきた化け物――源一郎は悟った。
それらしい言い訳に混ぜて、的確に突いてくる源一郎の弱み。
目的のためなら手段を選ばない冷徹漢――昨日の黒鷺の忠告が源一郎の頭をよぎった。
反吐が出るくらいに清々しい日向少尉の交渉態度に、源一郎の表情がこわばる。
日向少尉の評価を改めざるを得ない。
ただ、どうしても納得できないことがあった。
源一郎は差し出された右手を優しく外に払って、腕組みをして小さな少尉と対峙することにした。
「…………少尉さんよぉ、これは少し強引な提案じゃねーか?」
だが、源一郎の予想に反して、日向少尉は再び笑みを浮かべる。
「ふふっ、さすが警察官ですね」
「おめぇさんの実力はわかった。ここからはどうか本音を言ってくれ。何がしたいんだ?」
目は口ほどに物を言う。源一郎は日向少尉の目に鋭い刑事の視線を浴びせた――が、日向少尉はまるで推理小説の探偵のように仰々しく後ろ手を組んで、源一郎の視界の中をうろうろと歩き始めた。
「そうですねぇ……大洗警察官、なぜ警察が連中を捕まえられないのか、不思議に思ったことはないですか?」
「…………さぁな」
「そうですか、ならば私がはっきりと言いましょう。私は警察内部に内通者がいると考えています。昨日と今日、これまでの捜査資料を拝見して確信しました。しかし、反応を見るに、アナタも薄々気づいていたようですね……しかし、過激派の捜査なんて貴方からすればどうでもいい話だった。だから気にしていないのでしょ?」
源一郎は否定も肯定もせず、沈黙という選択を選んだ。
刹那、源一郎の脳裏にもぬけの殻状態の過激派の拠点内部の光景が浮かび上がる。
下っ端連中を捕まえることに成功しても、上の者は決して捕まらない。
捕まった連中も過激派の構成員というよりも、高い報酬をチラつかされて使い捨てにされただけの捨て駒で、組織に関する情報はほとんど持っていないことがほとんどだった。
拠点も警察が踏み込んだときには誰もいない。まるで最初から誰もいなかったかのように綺麗さっぱり痕跡が消えている――昨日まで人の出入りがあったはずの拠点ですらその有様で、実はテロ事件を起こす過激派たちの捜査はほとんど行き詰まっている状態だった。
ときには、仕掛けられた爆弾が突入に合わせて爆発し、多数の死傷者が出たこともある。
難航する捜査と凶暴すぎる敵を前に、捜査員の士気はかなり落ちていた。
相手のほうが数段上手――まるで日向少尉のよう。
得体の知れない相手を想像して、顔が強張る。
だが、源一郎は日向少尉に気づかれないように、すぐに顔を横に振って彼にまっすぐな視線を向けた。
「…………それで? そいつと千夏の件にどんな関係が?」
「私が貴方の主張する誘拐説を信じた……と言ったらどうです?」
衝撃だった。
源一郎の目が大きく見開かれる。
その様子を見た日向少尉の口角が上がる。
「実は昨日の晩、班長に頼んで千夏さんの件の捜査資料を取り寄せてしっかりと確認させていただきました。結果、千夏さんを容疑者と断定するのはやや早計かと思いましてね。まぁ私にとっては千夏さんの件はどうでもいい話なのですが」
「何が言いてぇんだ?」
「そんな怖い顔しないでください……まぁ、本当に人を殺していたにしろ、誰かに誘拐されたにしろ、行き場を失った、もしくは素性を隠したい人間が暮らす場所は、非常に限られているかと。つまり、意外にも私たちが追い求めている答えは同じ場所に眠っている可能性がある……というわけです」
これで源一郎はようやく納得できた。
同時に目の前にいる将校を恐ろしい存在だと改めて認識する。
これほど観察眼に優れ、的確な分析が可能な若手は、警察官にいない。
冷やかしでもなく、本当にしっかりと協力してくれそうな相棒が見つかった気がする。
日向少尉が再び右手を差し出してくる。
今度は真剣な眼差しを源一郎に向けて。
「さぁ、どうします?」
答えは決まっている。
源一郎はすかさず日向少尉と握手を交わす選択をした。
「……ははっ、大した少尉殿だ」
誘導されている気がする。しかし構わない。
源一郎はテロ事件の捜査をする動機と千夏捜索の大義名分を同時に得たのだ。
ただ一つだけ懸念点があった。
源一郎は目の前にいるピカピカ将校の頭の上から軍靴のつま先を眺め、眉を顰めた。
「待て、お前その服装であそこに行くのか?」
「えぇ、もちろんそのつもりですが?」
前言撤回。これだからボンボンは困ると――世間知らずの将校に、源一郎は大きな溜息を吐いた。
「あのな、あそこはお前みたいなピカピカ将校がくる場所じゃねーんだわ。だから着替えるかなんとかしないと……」
「あーなるほど、それなら大丈夫です」
日向少尉はくすくす鼻を鳴らし、外套の袖から腕を引っこ抜いて肩にかけるように着直し、上着のボタンも外して制服を綺麗に着崩す。さらに、制帽を足で踏みつけて形を潰してから斜めに被り直し、源一郎が潰した煙草を拾い上げ、それを右手に持って無邪気な笑顔を見せた。
「ほら、これならどうです? まともに制服の着こなしもできない不良軍人です。酒飲み仲間か賭博狂いでも演じればあとは完璧でしょう。いかがです??」
「は、はぁ……」
声も雰囲気も、表情も変わった気がする。
一気に軍装しているだけの若者にしか見えなくなった。もしくは巷で流行りの偽軍人にも見える。
「では大洗警察官殿、案内を頼めますか?」
ふざけているようだが、日向少尉の目の奥に見え隠れする熱意は消えていない。
源一郎は煙草を消して、ズボンのポケットに手を入れて、捜査意欲の高い日向少尉の横を通り抜けた。
「はいはい……こっちだ」
来週の水曜日更新です!!!!!!!!!!
お待たせしました。感想お待ちしています!!!!!!




