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帰ってきたメイド==今度は二人で勝つ

「――なんか寂しいわ」


 口に出た久しぶりの感情。

 ずっと一人だと思っていたメイに友ができたのは、ついさっきのこと。まだ昼にもなっていないが、メイの胸にはぽっかりと穴が空いていた。


「帰ってきてくれたら嬉しいけど」


 窓辺にたたずむメイは物憂げに窓の外の景色を見つめていた。

 幸運にも、ぽつりと漏れた本音は、ほどなくして現実となる。


 突如、張り詰めた静寂を切り裂く、静かな山荘に似合わないエンジン音。

 遠くから近づいてくる自動車が目に入った。メイの背筋に緊張が走った。

 寝室の窓辺に肩を寄りかけていたメイは、膝の上で握りしめていた歩兵銃を抱きしめて、カーテンの隙間から外の様子を伺う。自動車は正門の前で乱暴にターンして、無理やり横付けされる形で停車する。


「車の……音? まさかスズカが来たっていうの?」


 ドアの側面に、金井家の家紋がある。

 刹那、メイはハッと息が止まりそうになった。

 だが、ほどなくしてメイはますます奇妙な光景を目撃する。


「……っ!」


 メイの予想に反し、自動車の運転席から降りてきたのはメイド服の女だったのだ。

 メイは自分の目を疑った――が、すぐに異常事態の発生を理解する。

 胸元が大きく破かれたメイド服に、振り乱れた髪の中に見えた必死の形相。

 女は右足を引き摺りながら屋敷の玄関に迫り来る。


「メイッ、逃げてぇ!!!!」


 リンの叫び声がメイの硬直を解く。

 リンが戻ってきたのだ。一瞬、嬉しいと思ってしまう。

 しかし、すぐにリンが満身創痍な状態であることを認識して、身体が勝手に動き出す。

 急げと胸が叫んだ。

 メイは急いでベッドに歩兵銃を置き、全力で車輪を腕で押してリンを迎えるために玄関に向かった。


 メイが玄関に到着したとき、ちょうどリンも玄関にたどり着いていた。

なんとか腕を伸ばして、立ちあがろうとするリンはもう脚に力が入らない様子で、メイの気配に反応して顔をあげるしかできない。

 その様子を見て、メイの身体はまた動かなくなった。


「リン! ちょっとどうしたの!?」

「メイッ!!! ここから逃げるわよ!」


 なんとか立ち上がったリンが発したのは、切迫した危機を知らせる叫びだった。

 右眉の裂傷からは止めどなく血が流れており、大きく腫れ上がった頬骨辺りを伝い、口元の切り傷から滴る鮮血と合流して余計に痛々しく見える。呼吸も荒く、立ち上がることも難しそうな様子。

 メイは、見ているだけで胸が詰まりそうになった。

 苦しそうな呼吸を落ち着かせようと、メイはリンに腕を伸ばそうとした。だが、メイの差し出した手はリンの身体の横をすり抜けてしまう。床を這いながらメイの背後に回り、彼女の車椅子を押して外に連れ出そうとしたのだ。

 無惨に生地が引きちぎられたメイド服から柔肌がこぼれないように胸を手で押さえながら、空いている左手でメイの車椅子を押そうとする姿に、メイは「やめて」と声をかけたが、それも彼女には聞こえないらしい。


「ハッ、ハァ………アンタだけでも……無事に」

「ちょっと何があったの!?」

「ごめん……書類…………奪われて……奴らがくるっ。はやくしない……と」

「奪われた!?」


 リンが息絶え絶えに告げる報告から、メイは書類がスズカたちに強奪されたと判断。ここでようやく、リンが急いでいる理由も、メイの車椅子を押して何をしようとしているかを理解した。


 だが、メイは咄嗟に振り返り、リンの左手首を掴む。

 逃げるわけにはいかない事情が彼女はあったのだ。


「待ちなさい! 私はこの屋敷の主人よ! ここからどこにも逃げないわよ! ここでアイツを迎え撃つ!」

「だ……めっ! 今なら……まだ、追手は、こ……ない!」

「貴女こそ早く逃げなさい! これは私の戦いよ、友人の貴女はもう十分に務めを果たし――」


 だが、ここでメイはリンの儚げな笑みに言葉を奪われてしまう。

 初めて見る表情。とても美しい潔い覚悟の窺える笑顔にメイは胸を射抜かれた。

 

 リンはメイを安心させるように優しく首を横に振った。


「――む……り。アイツは……私の、え……もの……だから」

「どういうこと……っ!」


 直後、車椅子を押す力が突然失われる。

 ほぼ同時に、リンがメイの車椅子にもたれかかるようにして倒れ込んだ。

 まるで操り人形の糸が切れたかのように、地面に倒れ込んだリン。彼女は荒々しい呼吸だけを残して、その場から動けなくなってしまう。次第に意識も遠のき、彼女の視界は闇に支配された。


「リン!」


 メイは慌てて自身も倒れ込むように車椅子から飛び降りて、彼女の元へ這い寄った。


「ちょっと全然ダメじゃないの!」


 すっかり腫れ上がってしまったリンの顔に手を当てると、想像以上の熱を持っていることがわかった。

 意識はなし。だが、呼吸はある。

 メイは目を閉じ、葛藤を振り払うように首を激しく一振りして、自分よりも大きいリンの身体の下に自分の体を滑り込ませる。そして、リンの腕を自分の肩に巻き付かせて――()()()()()()()


「任せて……今度は私が助ける番よ」


 

 そして時は再び動き出す。

 次にリンが目を覚ましたのは、メイの寝室だった。


「――うっ、うぅっ」

 全身を襲った殴られた痛みを思い出し、リンの意識はすぐに覚醒した。

 薄ら目のままの顔だけを横に向ける。リンの視界に、車椅子に乗って歩兵銃を抱き抱えて窓の外を警戒しているメイの後ろ姿が映った。


 正面に視線を移すと、メイの寝室にしか設定されていない天蓋が目に入る。

 ここでようやくリンは、メイに救助されて彼女の寝室に運び込まれたのだと理解した。彼女の最後の記憶は耐え難い痛みの中で繰り広げられた男たちとの死闘と、その後に自動車を奪って屋敷の正門まで駆けつけたこと――そこから先はほとんど覚えていなかった。


「…………っ」


 ふと懐かしさが込み上げる。

 リンとして存在しない暗い記憶の中に現れた一筋の光と、血の惨劇を目の当たりにして恐慌状態に陥った幼い自分を助け出してくれた顔の見えない将校の後ろ姿――途端に、リンの胸の中に温かいものが広がる。

 再び窓の外に目を向けると、激しい雨と風が屋敷の窓ガラスを叩く音がリンの耳に入ってくるようになった。


「……あのときもこんな夜だった」


 自然と口から出てきた言葉に、メイが振り返って反応を示す。

 意識を取り戻した友人を前にして、メイの表情に明るさが戻ってきた。


「よかった……やっと起きた」

「私は……どれくらい寝ていたの?」

「そうねぇ……いつもの貴女みたいに言うなら、10時間と21分と13秒というところかしら?」

「……っ! 待って、それなら早く逃げないと!」


 ようやく頭が回ってきたリンは再び体を起こそうとする――が、メイの右手がそうはさせないと彼女の肩を強く押してリンをベッドに拘束する。直後、リンの背中に強烈な痛みが走った。


「うぐっ……」

「顔の腫れは引いたけど、まだ動くには早いわ……かなり殴られたのね」

「ダメ! 書類が奪われた以上、アイツは危険を認識したはず! 今すぐにでも逃げないと」

「ふふっ、バカじゃない限り、こんな雷雨の中やってくることはないわよ」

「…………くっ」

「それよりも聞かせてちょうだいな。ここを出てから何があったの?」

「……メイ、本当にごめんなさい」

「うふふっ、ごめんなさいは別にいいわよ。もう過ぎたこと。それでなにがあったの?」

「ここを出てしばらくしたら突然アイツらがやってきて……囲まれた」

「アイツら?」


「仲間をたくさん連れていた。私が屋敷を出たのを見張から聞いたんだと思う」

「なるほど。囲まれてどうなった? 私を殺すって?」

「いいや……書類のことを言われた。素直に渡さなかったら……このザマよ」

「バカねぇ、さっさと渡せばよかったのに。おかげで綺麗な顔が台無しじゃない」

「約束だったから……でも、さすがに書類を守りながらは勝てなくて、すぐに捕まって……それで奪われた。その後も誰もいない山道で酷い目に遭ったわ」


 メイはスズカが去った後の格闘を部分的に思い出す。

 訓練通りに実践した、獣が最も油断する勝利を確信した瞬間を狙って一気呵成に畳みかけ、弱い奴から倒していく作戦。圧倒的な数的不利な状況でも、服を破かれようが、硬い拳が額をかすめようが、リンは重たい一撃に拘って敵の戦力を漸減していく。

 殴って、蹴って、投げ飛ばし――三十分近い大乱闘の末、最後にその場に立っていたのはリンただ一人だった。

 リンはすぐに置き去りにされたエンジンがかかったままの自動車に乗り込み、メイを逃すために彼女の待つ屋敷へ急ぎ――そこから先の記憶を失っていた。屋敷の正門前に辿り着いてからは、気力だけで動いていた。


「さすがに数人がかりでこられてこっちも大変だった」


 何気なくリンが状況を口にした瞬間、メイの表情が凍りつく。


「えっ……ちょっと待ってちょうだい」

「ん? どうしたの?」

「まさか貴女、その男たちを全員倒してからここに来たの?」


 当たり前の疑問だった。

 だが、リンは不思議そうに眉を顰める。


「……そうじゃなかったらここに帰って来れないわよ。でも安心して……動けなくしただけで、別に殺してはいないから。まぁ……正確には死んでいないだけだけども」


 いかにも朝飯前と言わんばかりな反応に、メイも思わず手を叩いて笑ってしまった。


「あはははっ! やっぱり貴女変よ! 大立ち回りしたあげくに、ここまで律儀に戻ってくるなんて!」

「だから最初から手が使えたらここまで酷くなっていないわよ。メイが変なもの持たせるせい」


 だが、メイは無邪気に手を叩いて大笑いを続ける。

 ベッドに横たわるリンは対照的に情けなさそうに目を瞑って口を硬く結んだ。

 少し落ち着きを取り戻したメイが、笑った勢いで滲み出てきた涙を指で掬って話を続ける。


「ねぇ、貴女に一つだけ聞いていい?」

「……なに?」


 リンは観念したように目を開ける。

 何を聞かれるかはもうわかっていた。


「どうして戻ってきてくれたの?」

「……あえて聞くけど、どういうこと?」

「いやだって貴女には逃げる選択肢もあったはずでしょ? もうこの私を護衛する価値なんてないし、そう命令する人がいるとも思えない。そうなると少なくともここに戻ってきたのは、貴女の意思なのよね?」


 リンはメイに顔を背ける。

 悔しそうに目を瞑ってゆっくりと口を開けた。


「…………と……ち」

「えっ?」

「とも……だちだから……」


 リンは答えた直後に、気恥ずかしそうにかろうじて動く右腕で目を覆った。反対に、メイは嬉しそうに顔を上気させ、リンの頭に優しく腕を伸ばして手のひらで彼女の頭に帯びた熱を味わうように撫でる。


「嬉しい」


 短くも率直なメイの思い。

 リンはまだ恥ずかしそうに布団に丸まったままメイに背中を向けた。

 ここで彼女は戦闘でズタボロになったメイド服が、新品同様の真新しいものに変わっていることに気づく。


「着替え……」

「気にしないで。あんな土まみれな服で屋敷にあげたくなかっただけよ。ったく……本当にここまで運ぶのだってすごく苦労したのよ? 馬鹿みたいに重いし、メイド服の着せ方もわからないから図鑑で着方を調べたのよ?」

「そ、それは……ごめん」

「違うでしょ? 私は貴女に謝ってほしくて言ったわけじゃない。悪いクセよ、すぐに直して」

「……ありがとう?」

「そう! よく言えました!」


 腕を組んで得意気に胸を張るメイ。

 ここでリンは、メイの視界に映らないように服の上から身体の状態を確認した。

 応急処置は完璧。適切な場所に包帯などが巻かれており、眉上の傷には軟膏までしっかりと塗られている。

 そんなリンのことを差し置いて、メイは彼女の服の上から腹をつつく。


「それにしても貴女は良い体をしているのねぇ。腹筋があんなに割れている女、見たことないわ……」

「鍛えているからよ。あまり自慢することじゃない」

「そう……では、そろそろ貴女の正体を明かしてもらえる?」


 やはりそうきたかと、リンは目を細くして首を左右に振る。


「……無理」

「ふふっ、そう言うと思ったわ。それじゃ質問を変えて……どうしてスズカは貴女の獲物になの?」

「えっ?」

「貴女が言ったのよ? 私が貴女に逃げろと言ったとき、間違いなく言っていたわ」


 リンは身体をメイの正面に向ける。

 メイの後ろ――窓に打ちつけられる雷雨を遠目に見ながら、リンは唇を強く噛み締めた。

 もう騙せない。リンは覚悟を決めて、正面からメイとぶつかることにした。


「……親の仇なの」


 リンはまっすぐな目で答えた。

 メイも驚かない。むしろ腑に落ちたように小さく頷いた。


「なるほど。この屋敷に潜入したのもそれが目的?」

「…………」

「話せないことがあるのよね。でも否定しないということは私が好きに解釈してもいいということでいいかしら?」

「私は何も言っていない」

「えぇ……それでいいわ。スズカが親の仇というのがわかっただけでも大きな収穫よ」

「どういうこと?」

「私を逃す以外に、貴女はここに戻って来ないといけない理由があった……怒れる蛇とここで決着をつけようとしたのね? どう?」


 リンは静かに首を縦に振る。

 メイは少し嬉しそうに「そう」と呟いて、リンが見つめる窓の外の光景に目を向けた。


「こんな最悪な天気だったの?」

「アイツらは……突然やってきて、玄関に出た母を切りつけて家に押し入ってきた。あっという間に家は惨劇の場になって……私は押入れの奥に隠れるしかできなかった」

「……そう。それはお気の毒に」


「ねぇ、逆に私から聞いてもいい?」

「もちろん。私たち、もう友達でしょ?」

「ふふっそうね。いつから……私を疑っていたの?」

「最初からよ。正確にはここにくるメイドたちは全員疑っていたわ。でも、貴女はその中でも特におかしかった。リン……あの夜の最終試験でしたことを覚えている?」


「……お嬢様に撃てと言われて引き金を引こうとしました」

「そうよね。リンは私の命令に忠実なメイドだった。だから本当に引き金を引こうとした……けど、そこで貴女は自然と間違いを犯したのよ」

「間違い?」

「えぇ……ただのメイドなら絶対にやらないこと…………これよ」


 メイはリンに見せつけるように、膝の上に乗せていた歩兵銃を手に取った。

 そして慣れたようにボルトを後ろに引き、薬室から装填済みの一発を取り出す。

 

 メイの小さな手のひらの上には、不気味な朱色の塗装が施されたライフル弾。 

 彼女は再びそれを装填して、いつでも撃てる状態に戻す。


「なるほど……これはやられたわね」


 リンはメイの動きを見て全てを理解し、自重気味に鼻を鳴らした。

 流れるような装填動作は盲点だった。完全にしてやられた気分になる。


「普通のメイドでも引き金は引けるけれど、その動きはできないということでいいかしら?」


 メイは得意気に親指を突き立てる。


「正解。たどたどしい構えだったのに、急にこんな俊敏な動作を見せつけられたらねぇ。貴女はどこかで相当な訓練を積んだメイドなのねぇ。アレは意外な収穫だったわ」

「……メイに揺さぶられているようじゃ、私もダメね」

「まさか? 貴女は大したものよ。それ以外は大きな隙は見せなかったもの」

「でも、怪しいと思ったなら、どうして私をそのままにしたの? 追い出してもよかったはず」


「うーーん、なんででしょう。悪い人に見えなかったから?」

「つまらない理由ね。私はずっと泳がされていたわけだ」

「それに貴女がいないと私はこの通り車椅子で生活できないし……ほら?」


 メイはわざとらしくワンピースの裾を捲り上げて細い脚をリンに見せつけた。

 だが、リンは冷め切った目で一瞥して彼女から目を背ける。 


「……嘘つき」

「えっ?」


 リンは何事もなかったかのように、驚くメイに再び向き直った。


「…………なんでもない。それよりもこれからどうするか話しましょう」


 そして、腕を伸ばしてメイの肩を借りながら、まだ痛む身体に鞭を打ってなんとか上体を起こした。

 壁にかかっている時計に注目し、稲妻の一閃を利用して時間を正確に把握。

 まもなく日付が変わろうという時間――リンは声を落としてメイに告げる。


「そう遠くない時間に、それこそあと少しで、アイツらがやってくる可能性がある」

「あらそうなのね。ちなみに、私は逃げるつもりはないわよ?」

「……どうして? こんな監獄、一刻も早く逃げ出したいんじゃない?」

「うふふっ。それはそうだけど、ここが今の私の全てなの。だから動くつもりはないわ」


 弱りきった諦めとも、強い覚悟とも、どちらにでも受け取れる笑顔。

 誤魔化しは許さないと、リンは真剣な眼差しをメイに送った。


「いいの? 死ぬかもしれないわよ?」

「それもまた一興……そもそも私は既に殺されてもおかしくなかったわけで……だから貴女といるほうがいいの」


 ニヤリと白い歯を見せるメイだったが、その可憐な瞳には並々ならぬ決意が浮かび上がっていた。

 リンも彼女の覚悟をしっかりと受け取り、それ以上のことは言わないように決めた。


「でも、この通り私は足手纏いになる可能性が大。だから仕留める役目は貴女に任せる。私はここで勝利の女神として貴女の勝利にささやかに貢献させていただくわ」

「……そういうことね」


 メイは再び歩兵銃に弾丸を装填し胸の中で抱きしめる。


「――ッ! リン、ちょっと待って!」

「えっ、車!?」


 直後、雷雨の中から屋敷に向かって伸びてくる光に二人が同時に気づく。

 激しい雷雨の中、複数台の自動車が屋敷に近づいていた。

 途端に二人の表情が凍る。

 互いに顔を向けて状況の整理を行う。


「……メイ、最後に一つだけ聞いてもいい?」

「できれば手短にできる?」

「もちろん……貴女が私に言った『世界中に不幸を輸出している一族を止めたい』という思いは本当なの?」

「今それ関係ある? 敵が来たかもしれないのに」

「ううん大事なことなの。それだけ聞けたら、私は存分に戦えるはず」


 メイは一瞬だけ呆気に取られたように目を丸くした。

 だが、リンは真剣に質問しているらしいことはすぐにわかった。

 もう騙すことはしない。メイは力強く首を縦に振った。


「えぇ本当よ。私は私利私欲のために武器を使う人が嫌い。私の血が平和のために必要ならば、私は喜んでこの身を平和に捧げるつもり……だから私はここで貴女と共にいる。この武器も使わないわ。これはあくまで()()よ」


 メイが決意を示すように、ガチャンとボルトハンドルを手前に引いて見せる。

 リンの表情は一瞬で不敵な笑みに変わった。


「了解……安心した。これで、私は貴女のためにも戦える」

「ねぇ、チャンスはおそらく一度よ。この状態で戦うなんて普通は無茶なんだから」

「わかってる。どんな獣にも隙は生まれる……そこを叩く」


 リンは硬く拳を握って力の入りを確認。

 ほぼ同時に、山道を登ってきた自動車が正門前に集合する。

 数名が降車したのを確認したメイが、起きあがろうとするリンに自身の肩を貸した。


「リン、()()()()()()()()()。立てる?」

「えぇ……それではお嬢様、私は少々客人をお迎えに行って参ります」

「あら辛気臭いわね。一緒に戦うのよ?」

「……はぁ、最後にとんでもないワガママを」

「良い作戦があるの。ささっ、ほら行くわよ」

「…………わかりましたよ。お嬢様を信じます」


 リンは皮肉っぽく笑ってメイの肩を借りて、なんとか立ち上がる。

 そして、寝室の片隅に置かれていた箒を手に取って、メイの車椅子を押して共に寝室を後にする。


「リンも限界だと思うし、私も車椅子(この状態)! だから……今度は二人で勝つわよ!」

「はいっ、お嬢様!」


 迎え撃つ場所は、屋敷の玄関に決まった。

 移動中、リンはメイから作戦が告げられる――勝てるかもしれない。

 勝負は一撃で終わるはず。

 リンがダメだったときは、メイが勝負を決める。

 

 配置についた二人が目を合わせて笑みをこぼす。

 あとは蛇が縄張りに入ってくるのを待つだけとなった。

次回の更新は……おそらく 23日か24日です。

いつも感想ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
そうだよなぁ…足が動かないとか…ねぇ?上半身ムキムキマッチョマンなら車椅子でも人を運ぶ事も出来るかもしれないけどさ。敵を欺くには先ず味方からと太古から言われてますしおすし。しかしリンちゃん強過ぎて驚い…
メイリン尊い。名前的に、メイちゃんの智慧を活用して、リンちゃんが悪い子をボッコボコにお浄めしてくれるはず。2人合わせて明倫になりますし。
後出しジャンケンな感想ですけど、立てると思ってましたw 自力で男たちを倒してきたリンが格好いい!
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