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罪の告白と嘘の香り

 今日もリンが腕によりをかけて作ったメニューがテーブルを埋め尽くす。

 買い出しに行った日の料理は特に豪華だ。メイの大好物であるコロッケが乗ったライスカレーは、貴族や令嬢しか食べられない西洋料理の代表格。しかも、今日は蜂蜜がかかったアイスクリームまでついている。

 山の麓で暮らす庶民が見たら、ひっくり返るかもしれない優雅な献立。

 それは、メイの機嫌を回復させるために揃えたリンの全力メニューだった。


 リンは黙々と食べ進めるメイの横に控えて、主人の一挙手一投足の動きに集中する。

 ティーカップが空になったら新しい紅茶を注ぎ、アイスが口に付いたらナプキンでそっと拭き取る。

 こうして優雅な昼食はあっという間に終了した。

 メイの「ご馳走様」の一言の後、リンは背筋を伸ばして講評を待った。


「うん……今日も美味しいわ。さすがね」

「左様ですか、お褒めに預かり光栄です」

「ふふっ、ホントにあなたは不思議な人ね」

「急にどうされました?」

「そういえば貴女は、これまで誰かに仕えたことはあったの? 少し気になってしまって」

「いいえ、お嬢様が初めてでございます」

「年齢は十七だっけ? 孤児だった……それは本当?」

「左様でございます。正確には、今年で十七になります。つまり、今は、お嬢様と同じです」


 メイは蜂蜜の風味が残っているスプーンを咥えたまま、不思議そうに天井を眺めた。


「ふーん……貴女ほどの美人で料理もできて頭の良い女なら許嫁もいそうなのにね。聞いたことなかったけど、どうして私のメイドに応募したの? 食後の戯れに聞かせてくれる?」

「身寄りもなく、お金もなかったので、生きるために住み込みのお仕事を探していたところ偶然……」

「はぁー、つまらない理由ね。もっと面白い理由を言ってくれるものだと思ったのだけど」


 特に興味が惹かれなかったのか、メイの手が素っ気なく紅茶の入ったカップに向かう。リンは、メイが突然自分の素性を気にし始めたことに首を傾げながらも、彼女が紅茶を飲み終えるまで口を結んで沈黙を保った。


 優しくカップが置かれ、メイは小さく息を吐いて静かに口を開いた。


「ところで貴女は気にならないの? 私が何をしたのか」

「いいえ。お嬢様が何者だろうと私のやるべきことは変わりません……ただ、私にお話しすることでお嬢様のお気持ちが晴れるのでしたら。ぜひこの機会に伺えればと思います」


 メイの口角が上がったのを、リンは見逃さなかった。

 メイは顔を上げて横に振り向き、いたずらっぽい笑みを浮かべる。


「上手いわね。私が話をしたくなるように会話で誘導した」

「……私が帰ったときからお嬢様の顔色が暗くなっているのが気になっているだけです」

「なるほど。ふふっ、今はそういうことにしておくわ」


 メイは含みを持たす言い方をして、手を振ってリンに車椅子を押すように命令を出す。

 リンは一歩反応に遅れながらも、素早く車椅子を引いて食器類を置いたままメイを廊下に連れ出した。


「どちらへ向かわれますか?」

「せっかくだから、敷地を散歩しない?」

「えぇ、ぜひ」


 いつもと様子が打って変わるメイに嫌な予感を覚えるリン。だが、彼女は何も言わず、少女がちょこんと乗った車椅子を押しながら、メイに導かれるままに屋敷の床に敷き詰められた真っ赤な絨毯の上を歩きまわる。

 メイは何か考え込んでいるのか、視線を足元に落としながら何も言わない。

 リンも沈黙を合わせてメイが言葉を発するのを待つ。

 

 最後に向かったのは、小さな噴水が設置された中庭だった。そこでメイは、突然手をあげてリンに止まるように指示を出しておもむろにリンに言葉を投げかけた。


「……ねぇリン、この屋敷について貴女はどう思っている?」

「とても素敵なお屋敷だと思います」

「……ふふっ、貴女らしい感想ね。でも残念――ここは『監獄』なの」

「お嬢様、監獄にしてはかなり綺麗で住み心地が良いような気がしますが」


 リンは素直に自分の思いを伝えたつもりだった。

 メイが送っている何不自由のない生活は、リンの頭の中にある監獄と正反対のものだったからだ。だが、メイは落ち込んだ表情のまま、リンの考えを強く否定するように首を横に振る。


「まぁ、それは表面的には脚の不自由な私の療養所になっているせいね。正確には、ここは私を閉じ込めるために建てられたのよ。たしかに、ここの食事も、貴女のお給金も、毎朝の新聞代も、全部会社から出ているわ。でも、よく考えてちょうだい。脚の不自由な娘を、都会から離れた山奥の屋敷に、医者も付けず、住まわせる理由はなに?」

「では、私はお嬢様を見張る看守と」

「昨日まではそう思っていたわ。でも……今日確信できた。貴女は信頼できる」

「嬉しいです。ありがとうございます」

「スズカは貴女に私が会社を潰そうとしたと言ったのよね?」

「そうです」

「それは事実よ」


 メイははっきりと言い切る。

 後悔のない告白。ただ、か細い手が震えているのをリンは見逃さなかった。

 リンはそっとメイの横に跪き、手を握って自分の額をメイの手の甲に置いて言葉を選んでゆっくりと答えた。


「……お嬢様のことですから、きっと何かお考えがあったのだろうと推察します」

「ねぇ……リン」

「はい、お嬢様」

「せっかくだし聞いてくれる? 馬鹿やらかしたときの私の話」

「もちろんでございます」


 リンは顔を上げて笑みを見せて、メイの命令を受け入れる。

 メイはわずかに頬を紅潮させ、小さく「あ、ありがとう」と口ずさんでから、すぐにリンから視線を逸らした。

 メイはそっと腕を引いてリンの手から離れると、意を決したように前へ向き直る。


「その前に、なぜ私は武器商人の娘と呼ばれているか知っている?」

「いえ……金井家は海運業で財を成した大財閥としか知りません。」

「えぇ、そうね……私たち金井家は海上輸送を生業としているのは貴女も知っているところだと思うけど、『合衆国』と『連邦』の対立が激しくなって我が家はより栄えた……なぜなら両国から輸出される武器を世界中に運ぶようになったからなの」

「武器を……ですか? しかし新聞によると、まだ両国間で戦争は起きていないはずですが」

「そうよ。実際には戦争は裏側で既に起きてしまっているの。相手を潰すのに必ずしも正面から戦いを挑む必要はない……例えば、貴女は今朝の新聞はもう読んだ?」

「はい、一応」

「一面にはどんな記事が書かれていた?」

「……帝都で発生した銀行の爆破事件です。たくさんの方が亡くなったと」

「犯人は誰だった?」

「貧民救済や帝政反対を主張する過激派と、記事には。つい四日前の新聞でも財閥家に突入して放火したとありましたが……あぁなるほど、そういうことですか」


 メイは静かに頷いて話を続ける。


「そういうこと。どんな国でも自国の体制に不満や違和感を覚えている連中がいる。特に突然強国の都合で自分たちの生活を奪われた植民地の住民とかはそうでしょうね。『合衆国』も『連邦』もそんな彼らに武器とカネを渡して内部から揺さぶろうと躍起になっているってわけ」

「しかし、それと金井家にどのような繋がりが?」

「あら、リンにしては察しが悪いわね……その武器やカネを誰が運んでいると思う?」

「なるほど、理解しました。しかし、それではどうして中立国(我が国)の海運業者を……」

「簡単よ。『合衆国』も『連邦』も、形だけ中立を保っている『帝国』船籍の商船を利用しているのよ……我々はこの状況をさらに利用して『合衆国』『連邦』の武器を一度帝国の港で下ろしてから、帝国から相手国へ輸出する工業製品や食糧として再び運んでいるの」

「それは……つまり、密貿易ということでしょうか?」


 メイは正解と言いたげに軽快に指をパチンと鳴らす。


「さすがね。難しい言葉もよく知っている……そう、我々の取り扱う商品数が増えれば増えるほど、世界の紛争は激化……つまり、金井家は世界中で流れる血と涙の量に比例して大きくなっているというわけ。もしかしたら、新聞にあった事件もウチが海外から持ち込んだ武器とかが使われているかもよ? 多少中抜きしてもバレないだろうし」

「驚きました……新聞社などに持ち込んだらすごい騒ぎになりそうですね」

「えぇ、そうね。まぁ、あいにくだけど私に新聞記者の知り合いはいないし、そもそもこんな小娘の話なんて誰も信じないと思うわ。本当に恥ずかしい話よね……でも、もっと恥ずかしい話もあるのよ」

「もっと恥ずかしい話……ですか?」


 ここでメイは諦めたように青空を見上げた。


「驚かないで聞いてちょうだいね。実は、この密輸ビジネスは『スズカ』が始めたの。そして急成長した金井家はいつしかアイツに乗っ取られ、誰もアイツに逆らえなくなった。今や、私の父上でさえも言いなりになっている」

「……そんな話があったとは」

「悲しい話よね。十年ほど前かしら……私が六歳くらいのときにアイツは突然やってきたの。男に負けない気の強さと巧みな人心掌握術や交渉術で、アイツはとんとん拍子で父親の片腕になった。実際、金井家のビジネスはスズカの始めた裏家業に支えられていると言っても過言ではないわけだけども」

「しかし、お嬢様は過去にそれを止めようとしたのですよね?」

「……残念なことに、それも無様な結果に終わったけどね。それから三年間、私はここで幽閉されているってわけ。どう思う? この生かさず殺さずの状況を。私の自由はこのお屋敷の敷地だけなのよ」

「しかし、殺されていないということは……あのお方はお嬢様を恐れているのでしょうか」

「どうかしら? まぁ……やったことを考えたら、とっくに殺されていてもおかしくないと思うけど」


 物騒な言葉が出た瞬間、リンが眉を顰めたのをメイは見逃さなかった。

 途端に、無理に気取ったような笑みをリンに向けた。


「ふふっ、そんな顔しないで。これでも許された方なのよ。最初の一年間は逃げないように脚に鎖を巻きつけられていたのよ? ……そのおかげで私の脚はダメになってしまったわけだけど、代わりに自由を得た。私のこの脚はね、自由を得る代償そのものなの」

「…………どうしてもっと早く仰ってくれなかったのですか?」

「貴女を巻き込みたくなかったのよ……本当は貴女と帝國劇場でお芝居を見たり、夜遅くまで浅草や銀座をぶらついたり、百貨店とかにも行ってみたいもの」

「逃げたいと思ったことはないのですか?」

「あったりまえじゃない! もちろん過去にやってきたメイドに相談したこともある……でも、次の日にメイドがね……死んでいたのよ。ちょうどそこで。ほら、あそこよ」


 メイがまっすぐ指差す先には、虎と龍の彫刻が真ん中に配置された中庭の噴水があった。

 リンは不快感を隠さず目を細めて、そこで何が起きたのか頭の中で想像する。それは、スズカと会った後に脳裏に浮かんだ血生臭い殺戮の光景に似ていた。


「……脅迫ですか」


 メイは悲しそうに頷く。


「えぇ、そのメイドは金に目が眩んでスズカと内通していたの。そして、私がここから逃げ出そうとしていることを密告した……でもアイツはあっさりとメイドを殺した。しかも、わざわざメイドの死体をここに持ってきてね」

「……むごいことを」

「それだけじゃないわ。あのとき、アイツは私にはっきりとこう言ったわ――『次はない』とね。それでね……私は怖くなってしまった。それからはもうここに囚われてしまっている……できることは…………ないと思っていた」


 今にも泣き出しそうなほどに声を震わせるメイだったが、リンは横目で彼女の瞳に宿る火が消えていないことを感じ取る。リンは昨夜行われたメイの最終試験を思い出し、これまでメイが打ち明けた秘密を重ねて、メイが言わんとしていることを先回りして口にした。


「でも、()()()()()()()()()()……と」


 リンは、小刻みに震えるメイの手の上に自身の手を重ねて体温を送る。

 任せてほしい、なんでも言ってほしい――リンの静かな決意と温かい優しさは、彼女の手を通してメイにしっかりと伝わったようで、メイの瞳から大粒の涙が溢れ出す。


「……うん。私は……うぅっ……これ以上、耐えられないの」

「そうですか。大丈夫です、私がここにおります」


 リンは、前のめりに体勢を崩すメイを支えるようにしっかりと抱きしめて、子どもをあやすように手入れのされているメイの髪を優しく撫でる。声を押し殺し、葛藤し、今ようやく本音を話せた開放感だろうか――記憶にない過去の自分とメイを重ねると、自然と腕の力も強くなる。


 ほどなくして、メイが落ち着きを取り戻す。

 リンからハンカチを受け取り涙の跡を拭き取って、再び強気な表情を取り戻した。


「それにしても、どうして私が諦めていないと思ったの?」

「お嬢様がご自身に忠実なメイドを探しているからです。諦めているのであれば、あのような試験を実施する意味がありませんので。もちろん、次々にメイドをクビにすることで、採用する側の手間をかけさせるというただの嫌がらせの可能性もありましたが」

「なるほど、そこまでわかっているのね。本当に私のメイドにするには惜しい人材だわ」

「それで、お嬢様はあの方を排除してどうされたいのですか?」

「人の血を啜って大きくなったこの家をぶっ壊す……今のビジネスは遅かれ遠かれ大きな国際問題になって帝国を窮地に陥らせると思うの。だから、そうなる前に、できるだけ早く…………ねぇ、リン。賢い貴女に頼みたいことがあるのだけどもいいかしら?」

「何なりと申し付けください」

「これを最後のワガママにするから許してね」


 ハッと浅く息を呑み、メイは意を決したようは口を開く。


「リン……私と一緒に死んでくれる?」


 求められたのは絶対の忠誠。

 メイの表情にはまだ微かな不安が滲み出ていた。


 だが、メイの不安を払うように、「承知しました」と表情も変えず、ただ静かに、いつものように、深々と頭を下げて了承の意を示す。


 メイは愛おしそうに精一杯手を伸ばして、リンの頬を撫でた。


「ありがとう。でも、すぐにアイツは倒せない……準備がいるの、一ヶ月ほど待ってちょうだい」

「承知しました」

いつもご視聴ありがといございます。

次回の更新は諸事情により、15日とさせていただければと思います。

引き続きよろしくおねがします。感想やブックマーク誠にありがとうございます。

特に感想は一言でも創作の励みになっております。

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― 新着の感想 ―
さてこの腐った家を(まだ一方の視点で根拠までは不明だけど)国際問題にならない様に潰すのは何が最善かと言うはなしだねぇ…下手に明るみにするとそれこそ国が傾くし。国の上層部の力関係に相当詳しくないと思い付…
いっしょに生きようよ!!!!!!!!(絶叫)
お嬢様の過去に胸がギュとなった⋯ お嬢様との約束と、今後の舞台の動きにドキドキしてます。
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