宮中の報告会--寝室の会話劇①
真夜中。
帝国の最高権力者の枕元に怪しい影が立つ。
『――陛下、おやすみのところ申し訳ございません』
「あぁ……中佐か。久しぶりだな」
『左様でございます。御身体のほうはいかがですか?』
「眠れぬ日々が続いておる。気分も優れん。姿形の見えぬお前が来たということは、きっと耳心地の悪い話を聞かされるのだろうな」
『……残念ながら』
「なぁ中佐、やっぱりこの話し方には慣れぬ。今日は姉上……と呼んだら怒りますか?」
『陛下、それだけはご勘弁を。私は影に降った身でございます。光と闇は交わらないのです……ここ以外では』
直後、悲しそうな咳払いが沈黙を破る。
「……そうか、残念だ。して、今日の報告は?」
『結論から申し上げますと、御庭番が復活した可能性が浮上しました』
「ほぉ……あれは、たしか君が一人で処理したと聞いたが?」
『それが復活した可能性がございます。しかも海の向こう側の手を借りてでも、この国を本気で壊すつもりのようです。今回の作戦で、議会政治に不満を高めている陸軍のクーデター計画も察知しました。合衆国と陸軍を繋げるほどの力をつけている可能性がございます。十分に注意するべきでしょう』
「愚かな奴らだ。先帝がどれほどの思いでこの国の舵取りを裏で支えてきたと思っているのやら……最近は本当に何かにつけて『連邦派』だ『合衆国派』だうるさい連中が増えた。侍従も、大臣も、軍人たちも、都合のいいことを言って私を味方に引き入れようと躍起のようだしな」
『最後は陛下の御聖断ということでしょう』
「くだらん話だ。『連邦』『合衆国』のどちらと同盟を組もうが、帝国が大戦の最前線になるのは、目に見えていると言うのに……大国からどんな圧力をかけられても今は耐えねばならんのだが、血気にはやる連中はそんな独自路線派を『売国派』と嘲笑する有様だ」
『たしかに市井の状況は非常に深刻です』
「このままだと、そのうち私は退位を迫られるかもしれない。もしくは傀儡となるように要求されるか……軍がその気になったらどうなることやら。駅前で『連邦派』と『合衆国派』の民衆が衝突して死人が出たと聞いたぞ?」
『陛下ご安心を。そのために私たちがおります。ジーメンス事件で海軍に、今回の件で陸軍に、それぞれ首輪をつけることができましたゆえ、あとは相手がどう出るかですが、しばらくは平穏かと思われます。気になるようでしたら、侍従や大臣にも、鋼鉄の首輪をつけて参りましょうか?』
「相変わらず頼もしい……先帝も姉上が男なら間違いなく皇太子にしていたと言っていたが、それもよくわかる」
『…………買いかぶりすぎでございます』
「――なぁ、中佐」
『はい陛下。私はここに』
「あの子は……どうだ?」
『あの子? アヤのことですか?』
「あぁ……そうか。アヤという名前になったのか」
『はい、今は『華山アヤ』として生きております。夫もおります』
「……それは本当の夫か?」
『いえ書類上の話です』
「そうか……もう結婚できる歳になったのか……それで、あの子は元気にしているか?」
『はい、実は今回が初舞台だったのですが、初めてにしては上手く立ち回っていました』
「フンッ……相変わらず淡々としているな、妹の活躍なのに……あの子が生まれたとき、妹ができたととても嬉しそうだったじゃないか。それともなんだ、そっちの世界に入って腹違いの妹に興味が失せてきたのか?」
『…………陛下。私は私なりにこれからもあの子を守っていくつもりです』
「中佐、私は先帝の泣く姿を二度見たことがある」
『……急にどうされたのですか?』
「一度目は、最も優秀な長女を皇室から追放して影の世界に送ることを決めた日。二度目は、あの子を追放した日だ……先帝はあの子を見たとき直感で感じたそうだ――『追放した長女に似ている』と。皇位継承権を持たない優秀すぎる子どもの存在は、必ず皇室に波乱をもたらすと、先帝は早々に君の師匠に預けて実の子として育てるように厳命した……だが、彼らは追放した長女が根絶やしにした御庭番の血脈者たちに殺されてしまった」
『私の力不足のせいでございます』
「いいや……あれは違う。中佐はあまり自分を責めずに、これからもどうか私の力になってくれ。もう私の耳には正しい情報は入ってこないから、中佐たちだけが頼りの状態だ」
『はい、我々は陛下のお望みに従うのみです』
「姉上、もう堅苦しい話し方はやめましょう。私にできることはありますか?」
『…………』
「その沈黙は私に期待していないということですか?」
『……いいえ』
「本来なら私の力であの子を守らないといけないところを、姉上に全て任せてしまっている。本当に申し訳ないと思っています。姉上におんぶに抱っこで……自分が本当に情けない」
『私には私にしか、陛下にも陛下にしかできないことがあろうかと思います。あまりお気を落とさず、いつも通り堂々と振る舞っていれば良いのです』
「それがもうダメなんです。お願いします。私は毎日不安で仕方ないのです。人と自然が豊かな我が国を私の代で焦土に変えたくない……誰が味方で誰が敵だかわからない状態で……陽の下を歩いているはずが、闇に溺れているような息苦しさを感じる日々……姉上、私はどうすれば――」
『――私は陛下の影として、いつもそばで見守っております。大丈夫です』
「はぁ…………ダメか。そうか、わかった、いつも苦労かけるな中佐」
『それで良いのです……ですが陛下、次の舞台は長期公演になるやもしれません。報告が遅くなってしまいますことを、先に謹んで詫び申し上げます』
「うむ……そうか、寂しくなるな」
『では、これが今回の報告書でございます。 棚に置いておきますゆえ、御静養の際にでも。これにて私は失礼します』
数秒の間の後、遠くからパタンと扉の閉まる音が皇帝の耳に入った。
再び静寂に包まれた皇帝は、慣れたように枕の下に手を伸ばし、いつの間にか挟み込まれた小説を引っ張り出して常夜灯の下で表紙を確認する。
「――どれどれ、今日の小説の題目は……『嘘と秘密だらけの一等寝台車』か。楽しみだな」
会話劇をやりたかっただけ




