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アヤの過去と中佐の後悔

「あれ? 帝国を混沌に突き落とさんとした輩は、主に中佐の活躍で壊滅したと思っていましたけど」

「あぁ、そうだな」

「全員を殺したんですよね?」

「……だが復活した。これは私の弱さゆえ起きたことだ」

「………………なるほど。つまり、中佐は」


 だが、笑一は答えを言いかけた瞬間、咄嗟に言葉を飲み込む。

 中佐はもっと深刻そうに腕を組み、目を瞑って俯いた。

 笑一はそこで答え合わせができたと思い、顔にいつもの飄々とした笑顔を貼り付けて口を開いた。


「中佐、奴らが復活した以上、その目的と次の目標を推測しないといけませんよね」

「そうだな」

「もしかして、中佐は復活の可能性を感じて今回の任務を?」

「……可能性を潰すつもりくらいの作戦だったがな」

「なるほど。アヤちゃんには説明を? だってあの子の親の仇でしょ、御庭番は」

「正確には私たちが屠った輩の子どもたちだ。親を殺された復讐でアヤの家を襲って……それ以上はしないと思ったが、そいつらが今度は御庭番を復活させたと見るのが普通だろう」

「報復だけじゃなくて、組織も継いだわけか……こりゃ厄介だ。でも、中佐は復活の可能性があったからアヤちゃんを……いや、復活したときにアヤちゃんが狙われないようにするために色々と仕込んでウチに組み入れたと?」

「それ以上はやめてくれ。頼む」

「あっ…………すいません中佐。これは僕が悪かったです」


 二人の間で気まずい空気が立ち込める。

 悠久のような静寂の後、中佐は空の湯呑みを手に取って口を開いた。



「――ところで、新婚旅行はどうだった?」


 明らかに無理な話題変更に笑一の反応も遅れてしまう。


「えっ急になんですか?」

「アヤだよ。どこまで進んだ? もう獣欲の限りは尽くしてきたのか?」


 笑一は新婚旅行の思い出を振り返ってバツが悪そうに俯きながら首を横に振る。


「まさかぁー。旅行中に縮まったのは三行半までの距離だけですよ。 まーだ、なにかに執着しているような気がして……ただ、それでもやはりあの子は優秀です。本当に怖いぐらいに」


 笑一からの報告を聞いて、中佐も「やれやれ」とこめかみに手を添えてため息を吐いた。


「まったくあいつは……まだ『妻』だ、『女』だ、ごちゃごちゃと言っているのか」

「いいや、もっと根本的な何かにですよ。中佐ならご存知では?」

「先にお前の仮説を聞こうか」

「たぶん『自分探し』かと。いちいち僕から細かい演技指導をするつもりはないですけど、『自分』と『役』の塩梅に迷いがあるように見えますねぇ。でも、そこも可愛い。夜に縁側で一人腰掛けて満月を見上げる姿なんて、後ろから見たら誰でも抱きしめたくなる。可憐な闇……それが今の彼女の居場所なのでしょう」


 今度は目を瞑ってゆっくりと息を吐き出す中佐。

 残念そうに見える一方、丸くなった頼もしい背中からには、アヤに向けられた我が子の旅立ちを憂う母親のような心配が見え隠れしているように笑一は感じた。 彼はそんな中佐を初めて見て――だから咄嗟に――


「――安心してください。この命に換えてでも 『妻』は守りますよ。こう見えて僕、結構強いんですよ?」


 笑一の役を入れ直すために、背広の胸ポケットから取り出した煙草を咥え、自ら火をつける。

 すぐに口の中に溜まった白煙を天井に吐き出し、 戯けるように笑って。


「でも、中佐が女だと知ったとき、あの子はどんな反応をするんでしょうね」

「お前絶対に言うなよ。 わかっているな?」

「ははっ、わかっていますよ。でも、中佐があの子の前ではずっと『将校』でいるのはどうしてです? 女同士の方が色々とわかりあえるような気がしますがねぇ」


 一本を吸い終わる頃には、また新鮮な空気も戻ってくる。

 だが、笑一は二本目に火をつけてわざと間を開ける。


「ねぇ師匠、聞いています?」

「馬鹿者、気を緩めすぎだ。その呼び方はやめろ」


 懐かしさすら覚える怒られ方に、笑一の表情もつい綻んでしまう。


「正体を明かせない何か深い理由でも?」

「それはお前の知らなくて良い話だ」

「うーん......。僕は忘れっぽいので、どうせここを出るときには忘れていますよ」


 ふぅーと縁側に向かって白煙を吐き出し、横目で中佐の表情をうかがう。

 仲間の過去を聞くことは禁忌であることは、笑一も承知している。

 だが、それでも笑一は華山アヤを演じる少女の過去が気になった。


(話すか、話さないか)


 長い沈黙の中で、笑一は頭の中で前者にタバコ一本を賭けてみた。


「良いだろう……ただし、絶対に忘れろよ」

 勝った、と笑一は三本目の煙草をテーブルの上に置いて口を開く。


「えぇ、もちろん」

「……殺されたのは『私』の師匠でもあった人だ。弱い私を強くしてくれた恩人でな。アイツのことも守ってくれていた」

「あの子のご両親が中佐の恩人? 『八咫烏(ウチ)』の一員だったんですね」

「元々我々の組織は、皇位継承権を持つ皇帝の血縁者を護衛する独立した親衛隊だったんだ。今は、この帝国に混沌を生まんとする輩を排除するのと同時に、皇帝陛下の耳に普段届かない市井の情報を伝える役目を負っているわけだがな」

「それが今やたった三人の隠密でそれをやっているわけか。それにしても中佐の師匠を殺した子どもたちか……強そうですねぇ、できれば出会いたくないなぁー」

「もう10年ほど前の話だ。子ども扱いしていたら痛い目に遭うぞ」


 だが、威圧する鋭い中佐の目線はすぐに温和なものに変わる。


「――とはいえ、あいつにもうそのような過去は存在しない。笑一、約束通り、ちゃんと忘れろよ」


 気持ちを切り替えろ、と言うことらしいと笑一は理解。

 笑一はすぐに首を縦に振り、表情が見られないようにすっかり冷えたおしぼりで顔を拭く、



 顔をあげる――と気配がない。

「中佐ぁー? あれ……いない? 嘘だろ、本当にいない?」


 さっきまで笑一の目の前にいた中佐は、忽然と姿を消してしまっていた。

 どうやら顔を拭いている間に消えてしまったらしい――と笑一は理解して、思わず苦笑いしてしまう。


「はぁ……さすがだ。あんな人、僕は絶対捕まえられないや」


 だが、中佐がここにいた確かな証拠がお品書きの上に残されていることに気づく。

 分厚い書類の束――次の台本だと笑一はすぐに理解できた。


「なるほど……これはまた楽しめそうな演目だ」


 笑一はまた新しい煙草に火をつけ、じっくりと中佐の考える仕掛けに思いを巡らせるのだった。

一章はここで終わりです。

誤字脱字の指摘、感想、いつもありがとうございます。

アヤちゃんと中佐の過去が少しわかりましたね。

引き続き応援よろしくおねがします。

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― 新着の感想 ―
そうか、アヤは中佐を男と思ってるんですね。声がハスキーな感じなのかな。
時代と共に変遷して行く隠密の在り方って感じで良いなぁ…そして綺麗で怖い上司だった人が徐々に女性らしさや母のような側面も醸し出して人間的な魅力が見えてくる描写も良い。そして笑一のキャラクターがめちゃくち…
過去エピソードあるとグッと物語に引き込まれますね。 いつか本当の意味で、中佐の愛情がアヤちゃんに伝わると良いな。 でも中佐は終盤での死亡フラグが立っているような…お願いだから生きて下さいー!!!
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