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トレッキング

作者: 通りすがり

トレッキングが趣味の美雪は、その日も週末の休みを利用して、お気に入りの山へ向かった。いつもは仲間と一緒だが、今回は初めて一人で来ていた。紅葉が終わり、冬の足音が聞こえ始めた山は、昼なお薄暗く、冷たい空気が肌を刺す。

午前10時、美雪は登山道に入った。午後1時には山頂に着く予定だった。山頂までの道則は至って順調だった。しかし下山を始めた頃から、美雪は背後からの視線を感じ始めた。

誰かが常に一定の間隔で自分を見ている、そう感じた。周囲を見回しても、木々が視界を遮り誰の姿も見つけられない。気のせいだと思おうとしたが、その視線は次第に強まっていくように感じられた。

嫌悪感と焦燥感に駆られ、美雪は足を速めた。その時ふと気づくと、いつの間にか登山道から外れ人気のない獣道へと入り込んでいた。なぜこんな場所にいるのか、自分でもわからない。

予定が大きく崩れ始めて、目的が果たせるかさらに焦燥感を募らせる。

その時、背後からの視線が今までとは比べ物にならないほど強くなった。美雪は立ち止まり周囲を凝視する。しかし、やはり誰もいない。

すると、少しだけ離れた場所から微かな音が聞こえた気がした。耳を澄ますとそれは電子的な音楽のようだった。そして美雪はその音楽を知っていた。携帯電話の着信音だ。

自分のポケットを確認すると、確かに携帯電話が入っている。落としたわけではない。では、誰の携帯が鳴っているのか?

音のする方に近づいていくが、木々の間で音が反響し、どこから聞こえてくるのかわからない。しかし確かに音は近づいている。

そしてついに音の発信源を見つけた。その時に突然に着信音が止んだ。

そこには木にもたれかかるように座り込む人影があった。茶色いジャンパーにジーンズ、スニーカーという、登山には不釣り合いな服装。

「大丈夫ですか」

声をかけても、返事はない。顔を覗き込むと、そこには生気を失い土気色に変色した顔があった。死んでいる。美雪はそう確信した。

その時、男の横に携帯電話が落ちているのが目に入った。これが着信音の主だろうか。手に取ってみると、電源が切れている。電源ボタンを押しても起動しない。どうやらバッテリーが切れているみたいだ。

美雪はしばしの葛藤の末、自分の携帯電話を取り出すと警察へと通報した。



後日に警察から事情聴取を受けた美雪は、発見の経緯を説明した。しかし警察官の顔色は優れない。

「携帯電話の音を辿って、死体を見つけたのですね?」

美雪が頷きで答えると、警察官は言った。

「死因は薬物の過剰摂取による自殺。死亡推定時刻は3日前。携帯電話のバッテリーは、おそらく翌日には切れていたでしょう。つまりあなたが聞いた着信音は、この携帯電話のものではない」

「では、別の携帯電話を?」

「いいえ、所持品はこれだけです」

「では、あの着信音は…」

警察官は少しだけ考えた後、言った。

「…遺体を見つけてほしかったのかもしれません。時々、そういう不思議なことがあるんです」


数日後、美雪は遺体の男性の母親から手紙を受け取った。

「息子が失踪したのに気づいてからずっと電話をかけていました。でも繋がりませんでした。しかし遺体が見つかった日の夕方、突然繋がるようになり呼び出し音が鳴り始めたのです。息子は、誰かに見つけてほしかったのかもしれません」

美雪は奇妙な感覚に包まれていた。自分が死に場所として選んだ一番好きだった場所で、見ず知らずの人の遺体を発見し、そして感謝をされている。

呼ばれたのか呼び寄せたのか。それは分からないが、失恋から安易な死を選択しようとした私に、死んだ後に何があるのかということを身をもって教えてくれた彼に、私は心から感謝をしていた。

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