完結 虐げられ令嬢はたくましく生きます
アルファポリスさんにも投稿させてもらっています。
母は私が十四歳になり、まもなくして病気で亡くなってしまった。
元々身体の弱かった母は、亡くなる半年程前から寝込むようになっていて、その間はベッドの上で身体を起こすのさえも辛そうにしていた。
そんな母を顧みず、父は今日も帰って来ない。
「お父様、今日も帰って来ないのかしら?」
「アンナ、そんな事言わないで、きっとお仕事でお忙しいのよ」
そんな風に母は言うけれど、私だってもう子供じゃ無いもの違う事位わかっているわ。なのにどうして母はあんな父を庇うのだろう? 仕事で領地に居る筈なのに何度この王都で見かけたことだろう。
それなのに母は一度も問いたださない。
私が問いただそうとすると決まって、急用が出来て戻ってらしたのよと言う。だったら屋敷に顔くらい出す筈だ、母が病気で伏せっているのだから。
結局父は最後の最後まで母を看取る事さえもしなかった。
母の最後は私と執事のハドソン、そして屋敷の使用人達、皆で見送った。
母は使用人達に対しても、家族のように接していたので、皆から慕われていた。全員が涙を流しながら悲しみを共有し合っていた。
そして私が落ち込んで部屋にとじこもっていると、心配してかわるがわる様子を見に来てくれた。
その後、漸く父は葬儀の日の朝、平然と帰って来た。
父の居場所を、知っているであろう、執事のハドソンは優しい人だから、母が危篤だとお医者様に告げられた時、すぐに連絡をしている筈なのに。
もうこの頃から私は一切、父に何かを求めることをやめた。
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母が亡くなってから、まだ一か月も経たないというのに、喪も明けぬまま、父は一人の女性と、その子供たちだという姉弟を屋敷に連れてきた。
そして私に、まるで事務的な報告でもするかのように紹介した。
「彼女はリンドン男爵家のイライザだ。今日からお前の継母になる。
こちらが義姉のミレーヌ、そして隣にいるのが義弟のジャンだ。うまくやるように」
あまりにも突然のことで、私は言葉を失った。
それ以上に衝撃だったのは、二人の顔立ちがあまりにも父によく似ていたことだ。
その瞬間、私はすべてを理解してしまった。
母は、最初から知っていたのだ。
それも、結婚する前から。
そして母は、それを受け入れざるを得なかった。
なぜなら母自身が、自分の父、つまり私の祖父が外に作った子供だったからだ。
母の本当の母、私の祖母は、母が幼い頃に亡くなっている。
その後、祖父が母を引き取ったが、それを快く思わなかった祖父の妻は、母の存在を疎ましく思い、早く屋敷から追い出したがっていた。
母が『外にできた子』であるという事実を、私が知ったのは学園に通い始めてからだった。
祖父母に会ってみたいと言った私に、母は静かに首を振り、決して歓迎されないからと、そのとき初めて事情を話してくれた。
結局、私は祖父に会うことも叶わないまま、祖父は流行病で亡くなった。
その葬儀に、母と私は参列することすら許されなかった。
そして父もまた、母方の祖父と同じように、外に子供を作った。
母は、そんな父をどんな思いで見ていたのだろう。
ふと、母が生前、何気ない会話の中でぽつりと零した言葉を思い出す。
『あなたのお父様はね、若い頃は、違う人生を選びかけていたのよ』
当時は意味もわからず聞き流していたが、今ならその言葉の重さが分かる。
父は若くして両親を流行病で失い、侯爵位を継いだ。
その頃、想い合っていた女性は男爵家の出身で、身分が釣り合わないと周囲から強く反対されていたという。
子供ができていたにもかかわらず、父はその女性との関係を終わらせ、伯爵家の娘である母との結婚を選んだ。
母はきっと、自分の父の姿を、夫である父に重ねていたのだろう。
だから、夫という存在に最初から期待などしなかったのかもしれない。
愛という感情を、最初から最後まで持てなかったのではないか。
いや、持てなかったのではなく、初めから存在しなかったのかもしれない。
母は、生涯で幸せを感じたことがあったのだろうか。
せめて、私を産んだその瞬間だけでも、幸せを感じてくれていたなら。
そう願わずにはいられなかった。
それでも一つだけ、確かなことがある。
私は、その母に愛されていたという自信があるのだから。
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新しい継母が、屋敷に来てからというもの、私の生活はガラリと変わってしまった。
使用人の仕事を全て私にさせ、私を庇った者は全て解雇した。それも紹介状も持たせずに。
これでは、うちを辞めた後、何処も雇ってくれる所が無くなってしまう。
私はこれ以上皆に迷惑を、掛けたくなかったので、私に関わらないように頼んだ。そうして皆、渋々それを受け入れてくれた。
父はそんな私を見て、見ぬふりをしている。私も敢えて助けなど、求めるつもりは無い。
継母は私が歯向かうと、必ずその日の食事を抜くように命じたが、そんな時は執事のハドソンが隠れて持ってきてくれたので、ひもじい思いはしなくて済んだ。
執事のハドソンだけは、何を言っても解雇は出来ない、それは父の仕事の殆どを、ハドソン一人でやっているからだ。
私は学園だけは、辞めさせられずに済んだ。それは父が世間体を気にしての事と、いずれ私の事を政略結婚の駒として使う時の為だ。
そんな私にとって、唯一学園に行っている時だけが幸せな時間だった。それに学園には同じ侯爵令嬢で、親友のマリーが居る、彼女には全てを話した。そして力になるからなんでも言って欲しいと言ってくれたが、私にはある計画がある。
だから今はまだ、黙って見ていて欲しいとだけ頼んだ。
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確かにマリーに頼んで、マリーのお父様から父に言って貰う事は考えたが、例えそれをしたところで、家の恥を晒したと逆に怒られ継母の耳にでも入れば、今よりもっと酷い目に遭う事は、予想が出来た。だから今はただ、じっと耐え忍ぼう。
幸い義姉弟からの嫌がらせは、言葉の暴力だけだから、聞き流せばそれで済む。
亡くなったお母様が、人はいつどうなるか分からない、だからその時に困らない様にと、お母様の持っているわずかな宝石や、自由になる範囲で貯めたであろうお金を渡された。
決してお父様には内緒でと、きっと全てを知っていたであろう母は、こんな日が来ると分かっていたのだ。
私はただひたすら、学園を卒業出来る十六歳が来る日まで、耐えるだけだ。
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継母達がこの屋敷にやって来て二年近くが過ぎた。
私はもうすぐ学園を卒業する。
父は私の事を政略結婚の駒としてしか考えていないようだが、そんな勝手な事は絶対させない。
私は亡くなったお母様の事は大好きだがそのお母様と同じ轍は踏まない。
私は卒業するまでの間、お母様から頂いた宝石を少しずつ換金しておいた。そしていつでもこの屋敷を出て行けるよう、準備を整えた。
自分でも驚く程、強くなったと思う。
継母や義姉弟からの嫌がらせも軽く躱せるまでになった。
それにその嫌がらせのお陰で、一人で生活出来る術も学べたと、感謝さえしてあげたい。
手がぼろぼろになったことは残念だが。
こうして私は、無事学園を卒業した。
そして父からの縁談の話を躱す為、早々に屋敷を出た。
親友のマリーにだけは、行き先を告げ、向こうに着き、落ち着いたら手紙を出すから、取り敢えず父から何を尋ねられても聞いて無いと言い張って欲しいと頼んだ。
尤も父は娘が黙って出て行ったなんて体裁の悪い事はマリーのお父様には知られたくはないだろうから多分聞きに行く事はしないだろうが。
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辻馬車を乗り継ぎ六日掛けて、隣りの領地に着いた。
そしてまず向かったのはその街にある教会だ。そこでは勿論、自分の素性を隠してまずシスターに会いに行き、名前をアンナとだけ名乗り、事情を説明してから神父様の元へと通された。
私は神父様に尋ねてみた。
「突然、勝手なお願いなのですが、訳あって家を出て来て、行く宛が無いので暫くこちらに滞在させて頂けないでしょうか?」
すると神父様は
「では、シスター達の手伝いをしながら滞在して下さい」
「期限については少し考えさせてもらいたい」
そう仰った。私は一礼をした。
「ありがとうございます頑張ってお手伝いさせて頂きます」
そして直ぐにシスター達のお部屋へと案内された。
「今日はもう疲れているでしょう? ここでゆっくり休んで下さい」
「いえ、直ぐに着替えますので何か出来る事があればお手伝いさせて下さい」
「でしたら、これから子供達の夕食の支度をするので隣りの棟に来て下さい」
「はい、着替え次第、すぐ向かいます」
そう答え、まずはこちらに滞在出来た事に胸を撫で下ろした。
着替えてから隣りの棟に行くとそこには赤ちゃんから十二、三才位迄の子供達が十五人程いた。
そして隣りにあるキッチンでは六人のシスター達が働いていた。
私はシスター達に挨拶をした。
「今日から暫くお世話になるアンナと申します。何でもやりますので宜しくお願いします」
シスター達は皆優しそうな方達だった。
「わからない事があったら何でも聞いてくださいね」
私はまずじゃがいもの皮剥きを手伝い、その後は食器を並べたり仕込みに使った鍋などを洗った。
流石に味付けは慣れてる人がしてくれるので、私は待っている間子供達の所へ行った。
そして近くにあった絵本を手に取ると三、四人の子供達が集まって来た。
そして目をきらきらさせながらこちらを見つめてくる。
「絵本、読みましょうか?」
「やったー」
皆、喜んでくれる。
私は食事が出来るまでの間、絵本を読み聞かせた。
すると他の子供達も集まって来て私の前にお行儀よく座って静かに聞いてくれた。
その様子を見ていたシスターがアンナちゃんは字が読めるのね。凄いわと驚いていた。
確かにこの時代の識字率は低くかった。私の場合、たまたま貴族の家に生まれたお陰で学園にも通えたので、当たり前のように思っていたが、平民達は殆どが識字教育を受ける機会がなかった。
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夕食を終え片付けを手伝っていると一人の女の子が寄ってきて「お姉ちゃん、明日も絵本読んでね」
と言って去って行った。
それを聞いていたシスターが、あの子は特に絵本が好きなんだけれど、ここに居るシスター全員が字を読める訳では無いからと言っていた。
なんでも聖書が読めるように勉強中のシスターが二人いて、それ以外のシスター達は残念ながら読む事が出来ないという。完全に読み書き出来るのは神父様だけだそうだ。
私は次の日、朝食の片付けが終わり、掃除の手伝いをしていると昨日絵本を読んでねと言った子が側に来た。
「今日はいつ読んでくれるの?」
「お姉ちゃんはこの後お昼ご飯のお片付けが終わったら、街に行ってお仕事を探がさなくてはいけないので、そうね、昨日と同じ位の時間だったら大丈夫よ」
「えーそんなに待つの?」
「ごめんね、なるべく早く帰って来るから良い子にして待っていてね」
と伝えた。
午後になり神父様に許可を取り、街に出た。
そして食堂やパン屋さんなど何件か回ったが、どこも家族でやっていて人を雇う余裕なんて無いよと言われてしまった。
確かにどこも家族経営の商店が殆どだった。
もっと簡単に見つかると思っていたが甘かったようだ。
取り敢えず今日のところは諦めて教会へと戻った。
教会へ着くと正面に立派な馬車が止まっていた。
中へ入るとひとりのシスターが教えてくれた。
「今、ここの土地の領主様がいらしているの。この教会にも沢山の寄付をして下さっているのよ」
そして仕事は見つかったかと聞かれたが今日行った店の事情を伝えたら、そんなに焦らなくても神父様はお優しい方だから大丈夫よと言ってくれた。
そして夕食の支度まで時間がありそうなので今朝の少女の所へ行った。
そして昨日の続きから絵本を読んで聞かせてから、少女に自分で読めるようになるともっと楽しいよ、良かったらお姉ちゃんが教えるから字を読むお勉強してみる?
と聞くと、やってみたいと答えてくれたので、早速自分の部屋へ行き鞄から紙とペンを持って、少女の所へ戻った。
そして、先ずは基礎から教え始めた。
すると他の子供達も集まってきたので皆で字のお勉強を始めた。
そして皆が楽しく学べる様に自分なりに工夫をしながら教え始めていると、そこへ神父様とのお話を終えた領主様、確かここはバーグ侯爵領だから侯爵様ね、その方が子供達の所へやって来た。
「皆、何しているのかな?」
そうしたら皆、大きな声で
「字のお勉強ー」
すると驚いた顔で 私が書いている紙を覗き込んできた。
「君が教えているのか?」
「はい、今始めたばかりですが」
すると、神父様に何か話し掛けながら去って行かれた。
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神父様視点
アンナが来てから一週間程経つが彼女は教会の仕事以外にも子供達に本の読み聞かせをしたり、字を書く勉強もさせている。
まだ十六歳だと言うのに知識や立ち居振る舞いがまるで貴族の令嬢の様だ。だが、本当に貴族の令嬢だとしたら何故あんなに手が荒れているのだ? それに食事の支度や掃除など、完璧にこなせるのも不思議だ。
何か特別な事情があってここに居るのだろうがこの先どうしたものか? 彼女は仕事が中々見つからず申し訳なさそうにしているので暫く仕事探しはせずにこのまま教会の仕事と子供達への指導を続けてはどうか? と提案してみたら、仕事探しに疲れていた様で素直に喜んでいた。
先日来られた侯爵様も興味を持たれて尋ねてきたが、彼女の情報はここでの事しかわからないのでそのままお伝えした。
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神父様にここで暫く働いてもいいと言われた。
正直とても嬉しかった。
街へ行っても中々仕事が見つからずいつまでもここでお世話になるのも気が引けていたので本当に助かった。
もっと頑張ってお手伝いをしなければと思いながら安堵の気持ちに浸る。
取り敢えず暫くは此処へ留まれそうなのでマリーに手紙を書いた。
そして半月程した時マリーからの返事が来た。
やはり父はマリーの所へは行っていなかった。
マリーのお父様も貴族会で父に会ったが何も聞かれなかったそうだ。
何だか安心した様な寂しい様な複雑な気持ちだった。
確か私は父に対して一切を諦めたはずなのにと一人で苦笑した。
最も私のことを探しているとしても政略結婚の駒としてしか見て無いのだろうが。
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最近の教会での勉強会には子供達だけでなくシスター達も参加して賑やかになった。
何故か侯爵様も時々様子を見に来ている。
まさか、マリーへ手紙を書く為だけに持ってきた紙とインクがこんな風に役立つとは思いもしなかった。
この時代、紙とインクはとっても貴重だったので私が屋敷から持ってきた紙も底をつきそうだったので、侯爵様が持って来てくださる紙とインクはとても有難かった。
私が教会でお世話になって、半年が経った頃、神父様に呼ばれた。
そして好きなだけ此処に留まってくれても構わないが、実は先日 侯爵様からお屋敷で急にメイドが辞めてしまい困っているので、アンナが来てくれたら助かると言われたそうだ。
神父様は教会では寝る所と食事は提供できても賃金までは出せないので、侯爵邸で働けばお給金が稼げるからどうするか考えてみないかと言われた。
確かに此処でいつまでもお世話になる事は出来ない、そんなことは自分でも分かっていた。
だったら思い切って違う環境に行ってみるのも悪く無いと思う。
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そうしてついに侯爵邸で働く事になった。
本来なら紹介状がなければ雇ってもらえないのだが、神父様の紹介という事にしてくれた。
仕事はメイド長から説明され、取り敢えず無難にこなせている。 お休みも頂けるので休みの日には教会へ顔を出している。
侯爵邸で働く人達は皆優しく接してくれた。食事も美味しいし毎日が充実していた。
マリーには手紙で報告していたが、先日きた返事では侯爵令嬢が侯爵邸のメイドとはと、驚いた内容の手紙だったので思わず苦笑してしまった。
先日はメイド長が居ない時に商会の人が注文してあった商品を届けに来てしまった。
「今、メイド長が外出中なので私だけでは対応できません」
「注文した商品の項目と納品した物があっているか、あと合計金額が合っているかの確認をしてサインをしてくれるだけでいいんだが」
というので一通り確認をして、計算もして、合ってはいたがはたして、私のサインで大丈夫なのか? 他のメイドは計算が出来無いから無理だと言われてしまったので、どうしょうと考えているところで丁度メイド長が帰ってらした。
「メイド長、一通り確認して商品と金額は合ってましたが、私かサインして良いのか迷っていたところです」
そう言うと、驚いた様に、貴方は計算も出来るの? と言われてしまった。
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メイド長視点
今度入ったメイドは教会の神父様の紹介と言っていたが、彼女の立ち居振る舞いや識字力、それに計算も出来るし、これでドレスでも着せて着飾ったら普通の貴族令嬢と言っても分からないだろう。
容姿も清楚でとても整っている。その上働き者で、屋敷の他の使用人達からの評判も良い、今の所、非の打ち所がない。
旦那様にこの趣旨での報告をしたら喜んでおられた。
どうやら旦那様、かなりお気に入りのご様子だ。
旦那様は早くにご両親を馬車の事故で亡くされて、二十三歳という若さで侯爵位をお継ぎになられたので結婚を考える余裕も無く、真面目な方なので、必死に領地経営に取り組んできたが、もういい加減二十六歳にもなるのだから結婚の事も考えて頂きたい。
執事のランセルも旦那様は働き過ぎだと心配していた。
旦那様にはお幸せになって欲しいのだが、流石に侯爵様がメイドとの結婚は無理だろう。
でもアンナをみているとやはりただの平民には思えない。
訳有りの様だが、せめて元貴族令嬢だったらと願わずにはいられない。
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侯爵様視点
アンナも随分と慣れて屋敷の者達とも上手くやっている様だ。
彼女を初めて教会で見かけた時はまだ若いのにしっかりしていて、とても清楚な美しい子だと思った。そして一生懸命、子供達に字の勉強を教えている姿に好感をもった。
神父様に聞いたところ、行く宛がなく仕事が決まるまで滞在させて欲しいと言われたそうだ。
まだ来て直ぐなのではっきりした事は分からないが、随分と苦労をしてきた感じがすると言っていた。
どんな事情があるのか分からないが何故か自然と力になってあげたいと思った。
あの時は随分と大人びて見えたので、あとから十六歳だと聞いた時には驚いた。
それと同時にああ、自分とは十歳も年の差があるのかと少し落胆してしまった。
そしてそんなふうに思う自分に驚いた。
私は何を考えているのだ?
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侯爵邸での平穏な暮らしも気付けば二年という月日が経とうとしていた。
お休みの日には相変わらず教会に顔を出しては子供達との楽しい時間を過ごしている。
そしてたまに侯爵様が自ら領地を案内しながら、お買い物に連れ出してくれる。
侯爵様が私より十歳も上だと知った時には驚いた。とてもお年よりは、若々しく見えて素敵な方だ。
そして、博識で私の知らない事を沢山教えてくれる。
話しをしていると、とても楽しく時間や年の差など忘れてしまう。
最近では使うことの許されている図書室で読書を楽しむこともできていて、本当に此処へ来られた事に感謝をしている。
それに何故か最近、私好みの本が増えている。
何でも執事のランセルさんによると侯爵様自身で選んで下さっているそうだ。
それを聞いた時にはとても嬉しかった。
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侯爵様視点
来月、王宮での舞踏会がある。
今度の舞踏会は陛下の在位十周年の記念を祝うものなので貴族は皆参加が義務づけられている。
とても憂鬱だ。
どうせまた周りから結婚の話しをされるだろう。正直うんざりしている。
他の貴族達からはしつこいほどに自分達の娘を紹介してきたり、貴族令嬢達も変に媚びてきて、あの香水の匂いはなんとかならないのか? また一人で参加をすればいつもと同じ目に遭うだろう。
もしアンナを誘えたなら、そんな思いをしなくて済むのにと考えてしまう。
アンナに頼めば付き合ってくれるだろうか? 無理強いはしたくは無いが一度聞くだけ聞いてみるか。
次の日の休憩時間アンナを執務室に呼んで事情を説明した。
「もしきみが嫌でなければ是非、王宮での舞踏会に付き合ってくれると非常に助かるのだが」
と言ってみたら、とても驚いた表情をした。
「私なんかで務まるのでしょうか?」
「問題ない君は私の隣りに居てくれるだけでいいんだ」
彼女は少し考えながら顔を上げた。
「私でお役に立てるなら是非協力させて下さい」
何だか急にあの憂鬱だった社交界が楽しみにさえ思えてきた。
「勿論、ドレスなどの支度はこちらで整えるから君はただ付いてきてくれるだけでいい」
そう言って、私は直ぐに商会を呼んで彼女に合ったドレスを作らせるようランセルに指示をした。
ーーーー
正直、侯爵様のお願いには驚いたが少し楽しみでもある。
学園では一通りのマナーやダンスのレッスンなどもやってきたのにそれを活かせる事が出来ず残念だと思う時もあったから。
でも大分、時も経ってしまっているのでダンスはどの程度踊れるか自信は無い。
舞踏会の前日には、王都にある侯爵様のタウンハウスに着く様に出発するそうだ。
何でもタウンハウスには亡くなられた侯爵様のお母様の侍女を勤めていたナタリーさんと言うが方が居て、その方が私の全ての支度を整えて下さるそうだ。
只、心配な事も沢山ある。
まず、必ず父達も家族で参加するだろう。
月日が経ち大分私の外見が変わっていたとしても気付かれないか心配ではある。
念には念を入れ、髪の色を変える染料を使うことにしょう。
私はデビュタントをしていないので気付く貴族はマリーとマリーのご家族だけだ。
早速今回の事をマリーに知らせなくては。
マリーにはあれ以来会ってないので王都で会えるのが今から楽しみだ。
ーーーー
アンナの父視点
アンナが居なくなって三年近く経とうとしている。
その間随分と沢山の縁談が持ち込まれていた。
なんでも学園での成績もかなり良かったらしく目だった存在だたとか。しかし黙って出ていったなど世間体が悪く言えるわけもない。
病気をして体を壊して屋敷から出られる状態ではない事にしているが、薄々は気付かれて噂になっているかも知れない。
それに今では後悔してもしょうがないが、今の妻イライザは金遣いが荒く、立ち居振る舞いも平民の様だ。
領地を持たない男爵家で育ったのだから仕方がないが、それにしてもこんなに酷かったか? 最初は亡くなった妻のせいで結婚出来なかったと逆恨みをしていたが、冷静になった今となっては、亡くなった妻が一番の被害者だ。
若くして侯爵位を継いだせいで子供ができた女との結婚を男爵家だからという理由だけで反対する周囲を説得しようともしなかったのだから。
そこへ丁度きた縁談の話がアンナの母親だった。
彼女は侯爵家の令嬢だったが侯爵の愛人の子だった為、本妻から虐げられて育ったという。
その為か身体が弱いというのでこれはこちらの言いなりになりそうだと結婚したが、今思えば殆ど屋敷にも帰らず、ずっとほったらかしにしたままだった。
そんな私に恨み言一つ言わず、身体が弱いのにアンナを産んでくれたことに、感謝もせず、そのアンナを虐げたイライザ達を止める事さえせず見過ごしてしまった。
執事のハドソンから随分と言われたが、あの時の私はやっと好きな女と一緒になれると浮かれていた。
イライザとはずっと一緒に住んできたわけではなかったし、後ろめたさもあったので我儘な性格にも気付けなかった。
そんな女が育てた二人の子供がまともに育つ筈もない。
二人ともイライザに似て我儘し放題だし、勉強は嫌いで何人の家庭教師を首にしたことか。
ジャンが生まれた時には初めての男の子だったから、いずれ後を継がせられると喜んだものだがとんでもない、ジャンが継いだらこの侯爵家はいずれ潰れてしまうのは目に見えている。
今、全てのバチが私に当たっている。
自業自得だ。
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イライザ視点
子供が出来た時、直ぐにでも結婚出来て、私は侯爵夫人なれると思っていたのに、なんてことはない、周囲の反対に遭い、あっさり私の事を諦め侯爵令嬢と結婚してしまった。
でもお金は常に貢いでくれるし、あの女の所へは帰らないでと言えばいつでも私を優先してくれた。
今は爵位を継いだばかりで若いから周りに従うしかないが、時が来れば必ず妻として迎えるというから我慢していた。
どうせ身体も弱いし、子供でも産めばそう長くは無いさと言って向こうにも子供が出来た時、そう言い訳をしていた。
それでもお金に不自由はしなかったから見過ごしていたが、私にもう一人子供が出来た時には随分と攻めた。
でもその子が男の子だった時には必ず跡継ぎにすると約束させた。
そうしてやっと念願が叶い、あの女が亡くなった。
直ぐに屋敷に入ろうとしたが、娘もいるしせめて喪が開けるまでは不味いと言われ、腹が立った。
そんな娘なんてどうとでもなると言って無理矢理屋敷に乗り込んだら、使用人達は皆んな白い目で見てくる。
面白くないからその娘を庇う使用人は見せしめの為、皆解雇した。
勿論、紹介状なんて書いてやらなかった。
そして解雇して、人手が足りなくなった分その娘アンナをこき使った。
生意気な執事のハドソンも解雇したかったが、領地の仕事全般をやっているから、それだけは無理だと言われ諦めたが、その分アンナを虐げて憂さ晴らしをした。
でもそのアンナが黙って姿を消してしまった。
それから少しずつ歯車が狂い始めた。
今迄は静観していた旦那様が 急に口うるさくなった。
子供達を再教育しないと社交界にも出せないし、侯爵位も継がせられないと言い出した。
最近では前のようにお金も自由にさせて貰えない。全く腹が立つ。
それもこれもみんなアンナが黙って屋敷を出て行ったせいだ。
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マリー視点
アンナが王都に帰って来る、そして同じ社交界に参加出来るなんて嬉しくて仕方がない。
もう三年近くも会っていないのだもの手紙でのやり取りは続いているけれど、そんなんじゃ物足りないわ。
でも今度の舞踏会は特別なもの。アンナのお父様も必ず参加なさる筈、大丈夫かしら? アンナのお父様、周囲にはアンナは病気で伏せっているって言ってるくらいだから、もし当日気づかれてもきっと声は掛けてこない筈、それにまさかアンナが出席するなんて夢にも思っていないだろし、女性が一番変化する年頃に三年近く見てないんだもの気づかず済む可能性の方が高いわ。
それにもし、分かってしまっても今更戻ってこいだなんて言える筈ないわ。
アンナが酷い目に遭っていたって見過ごしていたんだもの。
もし連れ戻そうとしたら私からお父様に頼んでアンナのお父様を説得してもらうわ。
それはそうとアンナが今お世話になっているっていうバーグ侯爵様の事、お父様に話したらその方の亡くなったお父様と知り合いだったって仰ってたわ。
亡くなられた時に葬儀にも参列したとも。
その事はまだアンナに知らせて無いから当日会ったら驚くかしら? それにその方、もしかしたらアンナの事お好きなのかもしれないわね。アンナはただの女性除けの為に頼まれたって、手紙には書いてあったけれど、王都までの長い道のりを考えたらわざわざ領地から連れて来ないと思うんだけど。
考えるだけでも楽しみだわ。早く会いたいな。
ーーーー
いよいよ王都に向かう日が来た。
昨日のうちから荷造りはしておいたから後は馬車に積み込むだけね。
馬車では侯爵様と二人だけだから、なんだか今から緊張してしまう。
王都を出てから三年近くになるけれどマリーに会えるのも楽しみだわ。
出来ればお母様のお墓参りもしたいのだけれど、私の過去の話はなにも知らないのよね。
もし分かってしまったら此処でこうして働け無くなるかも知れないって思うと言えなくなってしまう。
それに神父様や侯爵様って無理に私の過去を聞いてこないから、ついそれに甘えてしまったのよね。そんな事を考えていたら
コンコンと扉がノックされた。
「はーい」
「旦那様が下でお待ちですよ」
「直ぐに参ります」
と言って、階下に降りて侯爵様に挨拶をした。
「おはようございます侯爵様」
「おはよう、昨夜はよく寝られたのか?」
「いえ、何だか緊張してしまい あまり寝られませんでした」
「まあ、長時間の移動だ、馬車の中で休みなさい」
と、言ってくださった。
そうしてついに出発した。
途中、宿に泊まりながら五日後には王都へ着くらしい。
私がこちらに着いた時には、確か辻馬車を乗り継ぎながら六日掛かって来た時の事を思い出す。
馬車の中では教会での子供達との読み書きの話や、今では一人で本を読める子もいる事など、たわいのない話しで終始した。
最初の宿では前日の睡眠不足もあって、湯浴みの後、夕食を取ってすぐに眠りについた。
ーーーー
馬車での旅は順調に進んでいたが、いよいよ明日には王都に着くと思っていたら、かなり激しい雨が降り出し、予定では舞踏会の前日には到着する筈が、当日になってしまった。
マリーには前日に着く予定だから、着き次第お屋敷の方へ向かうと手紙に書いてしまったので申し訳ない事をしてしまった。
王宮で会ったら謝ろう、きっと楽しみにしていたに違いない。
やっと雨もあがりお昼前には侯爵様のタウンハウスに着いた。
侍女とメイド達が出迎えてくれた。
早速夕方からの舞踏会への準備に取り掛かる。
まず湯浴みをしてから、時間がないので昼食は軽食にし、亡くなった侯爵様のお母様付きの侍女ナタリーさんに染料を渡し、髪はローズピンクに染めてもらった。
少し驚いていたが特別理由は聞かれなかった。
そして髪型はハーフアップにしてくれた。
ドレスは侯爵様から贈って頂いた物を領地から持ってきたので、コルセットを付けてから、そのドレスを着せてもらった。
メイクも今までとは違う王都で流行っているものらしい。
何だか別人のような仕上がりにウキウキしてしまった。
宝石は最初、侯爵様がドレスに合わせて買いなさいと仰って下さったがたった一日の為に勿体ないので、良ろしければ亡くなったお母様の物をお借りしたいとお願いしていた。
ナタリーさんがドレスに合ったブルーサファイアのイヤリングとネックレスを選んでくれた。
偶然とはいえ侯爵様の瞳の色と同じなので、なんだか少し気恥ずかしかった。
ナタリーさんは本当に良くお似合いですよと言ってくれた。
そうして支度が整い階下に降りるとすでに侯爵様が待っていてくれた。
そして私を見るとすごく驚いた様子だった。
「とっても綺麗だ本当に良く似合っている」
と仰って下さった。思わず私は、照れながら返した。
「侯爵様もとっても素敵です」
と本心からの言葉が出た。
別人の様な仕上がりの私は、きっと父と会っても私だと気付かれないだろうとその時は思った。
ーーーー
馬車に乗り込み、いよいよ王宮へ向けて出発した。
馬車寄せに到着すると、侯爵様が先に降り、私に手を差し伸べてエスコートしてくださる。
人混みの中へ足を踏み入れると、想像していた以上の人の多さに思わず息をのんだ。
これだけの人数の中から、マリーを見つけるのは大変そうだ。
そう思った次の瞬間、私たちが扉をくぐると、人波が不思議な程、左右に分かれていく。
これでは、目立ってしまうのでは、と一瞬焦燥感に駆られたが、どうやら初めて女性をエスコートして現れた侯爵様が珍しいらしい。
あちらこちらから
「どちらのご令嬢かしら?」
という囁き声が聞こえてくる。
ーーーー
しばらくすると、目の前にマリーと、そのお父様が並んで現れた。
マリーは目を丸くして、信じられないというように尋ねてくる。
「……本当に、アンナなの?」
「そうよ、アンナよ。やっと会えたわ。本当に嬉しい」
そう答えると、マリーのお父様が事情を話してくださった。
もともと侯爵様のことをご存じで、私が送った手紙に『今はバーグ侯爵様のもとにいる』とマリーが伝えていたため、侯爵様の隣にいるのが私だと気づいたのだという。
「だって、アンナったらまるで別人なんだもの。とても大人っぽくなったし、一段と綺麗になったわ。侯爵様がご一緒でなければ、分からなかったわ」
そう言われてしまった。
隣にいた侯爵様も、驚いた様子でマリーのお父様に深々と頭を下げ、挨拶をなさった。
「両親のご葬儀の際には、遠いところからお越しいただき、ありがとうございました」
ーーーー
その後、マリーのお父様は私の顔をまじまじと見つめ、
「……本当に、アンナちゃんなのか?」
と改めて尋ねてこられた。
そのお気持ちはよく分かります。
実のところ、本人である私自身が一番驚いているのだから。
そして、違う意味で何より驚いていたのは侯爵様だったようで
私とマリーたちが以前からの知り合いだったと知り、目を丸くしておられた。
ーーーー
その後、マリーたちは
「先に皆さんへご挨拶を済ませてくるわ。あとで合流しましょう」
と言い残し、人混みの中へと去って行った。
すると侯爵様が、少し戸惑ったように尋ねられた。
「アンナ、君は、スタンリー侯爵と知り合いなのか?」
これ以上隠しても仕方がない。
私はそう覚悟を決め、思い切って口を開いた。
「侯爵様、よろしければ、私とダンスを踊っていただけませんか?
学園で習って以来なので、あまり自信はありませんが、侯爵様がリードしてくだされば、なんとか付いていけると思います。こう見えて、ダンスはそれなりに得意だったんです」
突然の申し出に、侯爵様は目を見開かれたが、すぐに小さく頷かれた。
「分かった。私がリードしよう」
ーーーー
そうして私たちは、音楽に合わせて踊り始めた。
密着して踊るこの距離なら、周囲に話を聞かれる心配もない。
私はダンスを続けながら、マリーとは学園時代からの親友であること、マリーのお父様であるスタンリー侯爵様に、これまで何かと相談に乗っていただいていたこと、そして自分がリントン侯爵家の娘であること、継母たちから受けてきた虐待のことまで、すべてを打ち明けた。
やがて、曲はゆったりとしたテンポから、軽快で速いものへと変わった。
さすがにその速さにはついていけそうになく、私は一旦ダンスの輪から外れようとしたその時だった。
周囲の視線が、思っていた以上にこちらへ集まっていることに気づき、思わず息をのむ。
「あの侯爵様が、同じ令嬢と二曲も続けて踊るなんてありえないわ」
「あの綺麗なご令嬢は、いったい誰なんだ?」
そんな囁きが、あちこちから聞こえてくる。
私は驚いて、思わず侯爵様の手を取り、窓際へと誘導した。
侯爵様はまだ少し呆然とされていたが、窓辺に着くと、やがて穏やかに微笑まれた。
「そうだったのか。実は神父様や屋敷の皆も、君は元々貴族の娘なのではないかと話していたんだ。知識や立ち居振る舞いが、どうにも普通の者とは違っていたからな」
私は、これまで身分を隠していたことを謝り、さらに今日この会場に来ているはずの父たちに気づかれないよう、髪を染めてきたことも打ち明けた。
ほどなくして、マリーとマリーのお父様が戻って来られた。
マリーは私の顔を見るなり、にやにやとした笑みを浮かべる。
「とってもお似合いだったわよ。かなり注目の的だったけどね」
私は、話すことに夢中で、侯爵様にご迷惑をおかけしてしまったのではないかと思い、慌てて謝った。
けれど侯爵様は、静かに首を振って言ってくださった。
「いいや。君がすべてを打ち明けてくれたことが嬉しかった」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
ーーーー
四人でグラスを手に今迄の話しを沢山した。
それはもう、この三年近くに有った色々な話しを。
すると暫くして私の父がマリーのお父様に近づいてきた。
それも継母や異母姉弟達を連れて。
父はマリーといた私を確かめる為に近づいてきたようでマリーのお父様に挨拶しながらも私のことをじっと観察していた。
やはり父は分かった様で去り際、私に向かって言った。
「明日の午前中に屋敷の方へ来なさい」
継母達は訳の分からぬ顔をしていたのでまるで気づいていない筈だ。
その後、私達は陛下のお言葉を聴き、一連の行事を終え、下の階にあるという休憩室に移動した。
そしてこれからの事を話し合った。
私は考えを巡らせ、やはりこのまま逃げてばかりでは先に進めないと思い、明日父に会うという決心を三人に伝えた。
マリーのお父様が付き添いを申し出てくれたが、おじ様には迷惑を掛けたくなかったのでマリー達とは学園の卒業以来、今日初めて合った事にすると伝えた。
するとマリーは驚いたように言う。
「アンナ、強くなったわね、これって侯爵様のお陰かしら?」
私は素直に答えた。
「確かにそうだと思う。逃げるように屋敷を出たけれど、もう逃げたくないと思えるのは、この三年近くのあちらでの生活があったからだし、それを失いたくないから」
そう言うと、侯爵様は私達三人に向かって力強く言ってくださった。
「安心して下さい、明日は私が付き添います、何があってもまた私の屋敷に連れて帰ります」
すると、何かを察っした様におじ様は微笑まれた。
「それでは安心して任せよう」
そう言って、席を立たれた。
その日はもう遅かったので私たちはそこで解散をした。
そしてマリーとは後日会う約束をして別れた。
ーーーー
私は帰りの馬車の中で、侯爵様にご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでしたと謝った。
しかし侯爵様は首を振る。
「君が謝る必要は無いよ、むしろ君の役に立てる事が嬉しいくらいだ。実は今回の王都行きが決まった時、私は君に伝えたい事があったんだ」
そして真剣な顔で私を見つめた。
「君にとっては突然かも知れないが、私はもう随分前から君と結婚ができたら思っていたんだ。年齢が随分違うから相手として考えて貰えないかも知れないが、それでも伝えないで後悔はしたくないんだ」
そう言って、その事について神父さんにも相談した事、もし私が承知してくれたら侯爵様の知り合いの貴族の方の養子に、形だけなって、その後、結婚すれば周りも認めるからと考えていた事、そして私に断られたら何も聞かなかったことにしてもらい、今迄通り屋敷で働らいてもらうなど、全て私優先で考えて下さっていた。
それを聞いた時、私は素直に嬉しく思えた。
それに侯爵様が気になさる程、私自身年の差は感じていない。
最後に侯爵様は優しく言ってくださる。
「返事は直ぐにしなくていい、ゆっくりでいいから考えてくれないか?」
でも私は今直ぐに気持ちを伝えたかった。
「私も侯爵様と同じ気持ちです。むしろ私なんかで本当に宜しいのでしょうか?」
と言うと、とても驚かれた様子で仰った。
「そんなに直ぐに返事をしてもいいのか? 後で取り消せと言われてもそれは承知できないぞ?」
「いいえ、私もお慕いしていました」
すると侯爵様は熱のこもった眼差しで見つめてきた。
侯爵様は私の前に座ってらしたのに突然、私の隣りに座った。
そしてとても嬉しそうなお顔で仰った。
「今迄生きて来た中で、今この時が一番幸せだ」
そう言って、私のことを抱きしめてくれた。
ーーーー
父視点
今日は多分、アンナが屋敷にやって来る。
昨夜王宮で久し振りにアンナの姿を目にした。
遠目では髪の色も違うので、まさかアンナだとは思わなかったがマリー嬢と親しげに話している姿を見て、もしかしたらと思いマリー嬢の父に挨拶に行き、確かめる事にした。
すると若い頃のアンナの母親にそっくりなので確信した。
しかし表向きアンナは病気で屋敷に籠っていることになっているので、周囲に気付かれないよう、去り際にそっとアンナにだけ聞こえるように明日屋敷に来るように伝えた。
イライザ達は全く気付いていなかったので敢えて言わなかった。
また面倒な事になるのは目に見えていた。
あんな多勢の前で騒がれては厄介な事になる。
そして屋敷に帰りイライザ達にアンナの事を伝えた。
案の定なんでその場で教えなかったのか、どうして直ぐ連れ戻さないのかと怒鳴り散らしている、全く周りの事など何も分かっていない。
最近ではウンザリしている。
そして明日アンナが来ても一切口を挟むなと、きつく言い付けた。
そういえばアンナの隣りに一緒に居た男性は確かバーグ侯爵だ、何故、彼にエスコートされていたのだ? 明日になれば全て分かるだろう。
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次の日の朝、私と侯爵様は父に会う為、屋敷に向かっていた。
私は一人で行くつもりでいたが侯爵様はここは譲れない、自分も一緒に行くと仰ってくれた。
そして屋敷に着くと執事のハドソンが出迎えてくれた。
ハドソンは優しく微笑み、その瞳は少し潤んでいた。
「お嬢様、お久しゅうございます。お元気そうで本当に良かったです。亡くなられた奥様にそっくりです、とてもお美しくなられましたね」
そして当時の使用人達も出て来て皆、涙ぐんでいる。
「本当にお元気そうで良かったです」
私も思わず涙が頬を伝わった。
その後、応接間に案内されて行くと、父がソファーに座り待っていた。
そして侯爵様を見て、尋ねた。
「確か、昨夜アンナと一緒に居た方でしたな。貴方は確かバーグ卿でしたかな?」
「はい、私は亡くなった父の後を継いで今は、バーグ領を収めています」
すると父は不思議そうな顔をした。
「アンナとは、どの様な関係で?」
「彼女とは結婚をしたいと思っております。それについては彼女も了承してくれています」
そしてその後、私は父に屋敷を出て行ってからの経緯を話した。
隣りの領地へ行って直ぐ教会で働かせてもらいその後、侯爵様のお屋敷を神父様に紹介して頂き今はメイドとして働いてる事など。
それを聞いた父は侯爵様に頭を下げた。
「そうですか、でしたらアンナから全て聞いて知っているのですな、お恥ずかしい話しですが私は父親失格です、アンナには随分と苦労を掛けてしまいました。どうかこの子を幸せにしてやって下さい」
そう言って優しく微笑んだ。
そして続けた。
「せめて持参金はこちらで用意しますのでお納め下さい、だからといって今更父親ヅラするつもりは有りません」
そう言い終わると急に扉が開いて継母達三人が入って来た。
父はものすごい勢いで怒った。
「言った筈だぞ今日は一切口を挟むなと」
すると継母は鬼のような形相で言う。
「黙って聞いていれば持参金? なにを言っているんです? 黙って勝手に出て行った娘にそこまでする必要なんてないでしょ!」
「恥ずかしい、盗み聞きをしていたのか、大体アンナにそうさせたのはお前たちだ! それを見過ごしてきた私にも責任はあるがアンナにした仕打ちを忘れたのか?」
「それをいうなら貴方が私達三人にした事はどうなんです? その復讐心をこの子に向けて何が悪いの!」
「確かに、全ては私が一番悪い、だが今はこの部屋から出ていってくれ! この二人には何の関係もない、我々の問題だ!」
そう言ってハドソンを呼んで三人を連れていかせた。
そして、みっともないところを見せてしまったと頭を下げた。
自業自得だ全てが私の責任だと。
その後、侯爵様が父に告げた。
「結婚の日取りが決まりましたらご連絡させて頂きますので、是非ともご参列なさって下さい」
そう父に言い残し、私達は屋敷を後にした。
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継母視点
何故あんな娘に持参金なんてやらなければならないの? そんなお金があるなら私達三人に寄こしなさいよ。
それに侯爵と結婚? 私の娘ミレーヌの縁談はことごとくダメになっているのにその上ジャンがこのままま領地の仕事を覚えようとしないのなら後は継がせないですって? 嫡男なのよ! 何もかも全てはあの娘アンナのせいよ。
勝手に出て行って今更ノコノコ出て来てなんなのよ! こうなったら全てぶちまけてやるわ、侯爵令嬢が素性を隠してメイドをやって侯爵を誑かして結婚まで迫ったと、噂好きの貴族の奥様方が聞いたらどう思うかしら? とんだ醜聞だわ。
今に見てなさい。
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屋敷を後にしてから私は、侯爵様にお願いをして、マリーのお屋敷まで馬車で送ってもらった。
侯爵様は久し振りなんだから積もる話しもあるだろうからゆっくりしておいでと仰ってくれた。
私はお言葉に甘えてそれでは遠慮なくと言って、馬車を降りた。
帰りは迎えに行くと仰ってくれたが、私は時間がはっきりしないので帰りはマリーのお屋敷の馬車で送ってもらうので大丈夫ですと答えた。
マリーのお屋敷に着くと彼女のお母様に声をかけていただいた。
「王宮で会えると思って楽しみにしていたのにごめんなさいね、急に熱を出してしまったの」
そう言ってわざわざ顔を見せて下さったが、まだ顔色が良くない様に見えたので無理をなさらないで下さいと伝えた。
するとおばさまは優しく微笑んだ。
「マリーからアンナちゃん、大人ぽっくて綺麗になったって聞いたけど本当、見違えたわ。若い頃のアンナちゃんのお母様にそっくりよ。今日はマリーもとっても楽しみにしていたの、ゆっくりしていってちょうだいね。わたくしはもう少し寝室で休む事にするわ」
そう言って去って行かれた。
その後私達はマリーの私室に行って学生時代の時のようにお喋りをした。
私は思い切って、侯爵様との結婚の話しを打ち明けた。するとニッコリと笑い
「思った通り」
と言われてしまった。
それにとってもお似合いよとも。
そういうマリーも近々縁談が決まりそうだと言う。
お相手の方はなんと公爵家の嫡男様だと。
身分よりなによりマリーがその方の事を好ましく思っている事が嬉しかった。
「アンナ、今度紹介するわ是非会ってね」
「もちろんよ楽しみにしているわ」
そんな楽しい時間もあっという間に過ぎて、辺りも暗くなってきた頃、そろそろお暇しようと思っていたところで侯爵様が迎えに来たと、マリーのお屋敷のメイド長が知らせに来た。
マリーは私の顔ををじっと見つめる。
「愛されているのね」
そう言って笑った。
私はおばさまにご挨拶をしてから帰ろうと思ったが、おやすみのようなのでそのまま帰る事にした。
おじさまは、まだご帰宅なさっていないようだ。
私はマリーに、また連絡するからと言って、お屋敷を後にした。
ーーーー
迎えに来て下さった侯爵様は気まずそうに言った。
「済まない心配でつい、来てしまった。急かせてしまったな」
「いえ、そろそろ帰えろうと思っていた所だったので助かりました」
そう言うと嬉しそうに微笑んでくださった。
その後タウンハウスに着くとナタリーさんが着替えを手伝ってくれながら、嬉しそうに話しかけてくれた。
「旦那様から伺いました、本当におめでとうございます。亡くなられた大奥様も生きていらしたらどんなにかお喜びになったことか」
そう言って涙ぐまれていた。
私はその言葉が嬉しくてナタリーさんにお礼を言った。
「ありがとうございます。これからも宜しくお願いします」
そして少しだけ昔のお話を聞かせていただいた。それは侯爵様の一面に触れたようでとても楽しいひとときだった。
その後、私達は夕食を取りながら色々な話をした。そして私は一つお願いをした。
「侯爵様、実は明日どうしてもご一緒して頂きたい場所があるのですが」
「勿論何処でも付き合うが、その、いつまでも侯爵様と呼ぶのはやめて欲しい、せめて名前で呼んでくれないか? 例えばリオネルなのでリオとでも」
私は照れながら返した。
「え、お名前ですか? 急には恥ずかしいので、ではリオネル様とお呼びしても?」
「仕方ないな、今はそれで我慢するよ」
そう言って笑ってくださった。
「それで、何処へ行きたいのだ?」
「実は、亡くなった母のお墓へは王都を出て以来、一度も行ってないので、リオネル様のご都合がよろしければ是非ご一緒して頂きたいた思いまして……」
「勿論一緒に行こう、母上の好きだった花はどんな花なのだ?」
「そうですね、母はずっと伏せていましたので香りのきつい花は苦手なようで、ほんの少しのカスミ草をいつも枕元に飾っていました」
するとリオネル様は静かに仰った。
「君の母君らしいな」
と。
ーーーー
次の日の朝、朝食を終え、二人揃って母の眠るお墓へと向かった。
途中リオネル様はお花屋さんでカスミ草の花を買い、ご自分で大事そうに抱えていた。
そしてお墓に着くと偶然にもお父様がそのお墓の前に佇んでいらっしゃって、私達に気づくと少し気不味気な感じだった。
「二人も来たのか」
お墓を見ると、立派なカサブランカの花が手向けられていた。
私は思わず口走った。
「お父様、お母様は香りのきついお花は苦手でしたよ」
するとお父様は寂しそうにポツリと言った。
「私は亡くなった今でも、妻に嫌な思いをさせてしまっているのだな」
私はすかさず返した。
「それでもこうして忘れずに来て下さっていることは喜んでいる筈です」
そして、父はリオネル様に頭を下げた。
「アンナのこと、幸せにしてやって下さい。私が言えた義理ではありませんが」
そう言ってから驚くべき考えを私達に告げた。
それは自分の後継として息子のジャンは考えていない事、そして時期を見て今の妻と別れようと思っている事、その上、最も驚いたのは自分の後継は私とリオネル様にもし男の子が二人以上産まれたらその子に継がせたいと思っている事など、今考えている全てを話してくれた。
私達は驚きながらも、ただじっと父の話しを聞いていた。
そして最後にはとてもさっぱりとした表情で仰った。
「では、結婚式を楽しみにしているよ」
そう言って去って行かれた。
その後、私はお墓の前でお母様にリオネル様を紹介して、リオネル様もお母様に私の事を必ず幸せにしますと誓ってくれた。
ーーーー
継母視点
私は昼間のお茶会から、夜の舞踏会と参加できるものは出来る限り参加した。
夫は以前の様には付き合ってくれなかったのでミレーヌとジャン、二人の子供達を伴って参加した。
そして出来る限り多勢の人達にアンナがバーグ侯爵に近づく為にわざわざ素性を隠してメイドとなり、侯爵邸に入り込んで、まんまと侯爵様を垂らしこんだ後、自分は本当は侯爵令嬢だと名乗り、結婚しても身分としては何の問題もないと言って侯爵様を騙したという醜聞を流して歩いた。
勿論ミレーヌやジャンも使ってその友人や、その親達にも言いふらさせた。
すると暫くしてその噂話は面白いほど尾鰭をつけながら広まった。
周囲はアンナの事を悪女だの強かな女だとか、いくら侯爵様が社交界で女性を近づけないからといって、私生活まで入り込むなんて許せない! と言われる始末だ。
なんて気分が良いのだろう。
これでアンナも肩身の狭い思いをして社交界からも遠ざかるだろう。
早く次の陛下の生誕祭が来ないかしら? その日は全ての貴族の参加が義務付けられている。
必ず参加するだろう、今からどんな顔を見せてくれるのか楽しみだ。
ーーーー
マリー視点
先日婚約者である公爵様と参加した舞踏会で、嫌な噂を耳にした。
私の親友のアンナが侯爵様をだまして結婚まで迫っているという話だ。
勿論全てを知っている私は出来る限り真実を言って否定はしたがかなり広まっていて驚いた。
そして屋敷に戻って来て、お母様にその話しをするとお母様もお茶会の席で耳にしたと心配してくれた。
そんな噂が流れるなんて誰かが故意に流しているとしか思えない。
そんな事をするとしたら一人しか思い当たらない。
アンナを虐げていた継母だ。
それ以外絶対に有り得ない。
今度王宮で行われる陛下の生誕祭に来た時、アンナに嫌な思いはさせたくない。
なんとかしなくては、取り敢えず、先日バーグ侯爵領に帰ったアンナに手紙で知らせた。
そして私の両親と婚約者の公爵様にも相談をした。
ーーーー
私達は王都から帰ると屋敷の人達や教会の神父様、シスターの皆さんに、私の過去の話しや侯爵様との結婚の報告をした。
皆さん、本当に喜んで下さった。
そして皆さんが揃って、そんな気がしてましたと仰っていた。
それから暫くしてマリーからの手紙が届いた。
そこには多分、私の継母によるであろう私に対する悪い噂話が広まっている事が書かれていた。
マリー達は近々王宮で行われる陛下の生誕祭に備えた対策を考えておくから、心配せず参加するようにとも書かれていた。
私は直ぐにリオネル様に相談した。
するとリオネル様は烈火の如くお怒りになり直ぐに継母に対し抗議の手紙を書くと仰ってくれた。
しかし、マリーの手紙にも書いてあったが証拠がまだ無いということだったので思い止まってもらった。
ーーーー
そして、ついに陛下の生誕祭の日を迎えた。
私は前回と同じ様に侍女のナタリーさんに身支度を整えてもらいリオネル様と一緒に馬車で王宮へと向かった。
そして会場に入ると前回とは違った意味で注目を集めた様だ。
彼方此方から悪意のある言葉を浴びせられた。
リオネル様には大丈夫ですからと耐えてもらった。
まもなく計った様に継母がやって来た。
「あら、アンナ、貴女も来ていたの?」
と声を掛けてきた。
そこには父の姿は無かった。代わりに異母姉のミレーヌと異母弟のジャンの姿があった。
そして今度は異母姉が声をかけた。
「大したものね、メイドになりすまして、欲しい物を手に入れるなんて、アンナ貴女にはプライドというものが無いのかしら?」
そして直ぐにジャンも言った。
「そんなものがあるくらいなら今日ここに来れる訳ないよ」
するとリオネル様が怒鳴った。
「何をでたらめばかり並べてるんだ!」
とジャンを掴みかけたが、そこにマリーと、マリーの婚約者の公爵様そしてマリーのご両親、ついには私の父までもが一緒に現れた。
こうなると周囲の注目は此処一点に集中してしまう。
だけど、マリー達はこれを狙って待ち構えていた様だ。
まずマリーが話す。
「アンナを虐げて屋敷から出て行かざるを得なくした三人が何を仰っているのかしら?」
するとマリーのお母様があとを繋ぐ。
「その上アンナちゃんを庇った使用人達を皆解雇して、おまけに紹介状も書かなかったそうね? だからアンナちゃんは自分がいたら皆んなに迷惑が掛かると思って出ていったのよ」
すると周囲が騒めき始め彼方此方から聞こえる。
「信じられないわ」
「そう言う事なら辻褄が合うわよね」
などの声が聞こえる。
すると継母は顔を真っ赤にしている。
「アンナに頼まれたのかしら? そんな作り話しをして」
すると父が出て来た。
「イライザ、もうやめないか全ては見て見ぬふりをした私の責任だ」
そう言って、最後に強く言い放った。
「これ以上、嘘の上塗りは辞めなさい、これから陛下の生誕祭というお祝いの席で皆に迷惑をかけるな!」
そう言って三人を無理矢理、会場から連れ出した。
そして去り際に私達に向かって「本当に済まなかった」
と言い残して出て行った。
ーーーー
その後、私達はマリーやそのご両親、そして初めてお目にかかるマリーの婚約者の公爵様に感謝の気持ちを伝えた。
前回の舞踏会の時にはお仕事で隣国に行ってらして、お会いできなかったが、今回はやっとお会いすることができ紹介してもらった。
とってもお優しそうな方で安心した。
それに公爵様なのにとっても気さくに話し掛けて下さって、三ヶ月後に迫る私達の結婚式にも是非マリーと参加させて貰いますと仰って下さった。
因みにマリー達の結婚式は一年後に取り行うそうだ。
相手が公爵様なのでそれなりの準備期間が必要なのだろう。
その後、無事に全ての行事を終えて、それぞれ帰路に就いた。
私達はタウンハウスで二日程留まって、三か月後に行われる結婚式に必要な買い物などをしながら楽しく過ごしてから領地に戻った。
そして、領地に戻ってから 一月位して父の使いだといって執事のハドソンが尋ねて来た。
ハドソンは父に頼まれて、驚く程のお金を私の持参金として侯爵様に届けてくれた。
そして継母との離縁が成立した事も教えてくれた。
なんでも最初は離縁を渋っていた継母だが父がそれ相応の現金を渡すとさっさと実家の男爵家に帰って行ったそうだ。
私はハドソンにそれとなく、私や継母にそんな大金を渡してリントン侯爵領は大丈夫なのか尋ねたが、ハドソンは
「お嬢様が出て行かれてから旦那様はまるで別人の様にお仕事に打ち込まれ、今では自ら領地での特産品の開発にも取り組まれてますからご心配なく」
と言ってくれた。
ーーーー
ハドソンが帰ってから二か月後。
ついに、私たちの結婚式の日が訪れた。
王都からは随分と離れた場所だというのに、マリーやご両親、そして婚約者様まで足を運んでくださった。
もちろん父も、ハドソンと共に参列してくれた。
さらに、王都のタウンハウスで働いていた皆さんまで駆けつけてくださり、その温かな心遣いに胸がいっぱいになった。
私たちは、二人が出会った思い出の教会で式を挙げた。
領民の方々、教会の子供たち、シスターの皆様、そして侯爵家の方々、数えきれないほど多くの人々が、心からの祝福を注いでくれた。
大勢に見守られる中、私たちは誓いの言葉を交わし、そっと口づけを交わした。
その瞬間、世界が祝福に満ちた光に包まれたように感じられ、私たちは確かな幸せの中で、無事に結婚式を終えた。
ーーーー
その夜、静けさに包まれた部屋で、私たちは改めて向き合った。
この日を迎えるまで、多くの人の想いと支えがあったことを、言葉にしなくてもお互いに感じていた。
リオネル様は、そっと私を抱き寄せ、優しく口づけをしてくださった。
私は心の準備こそできていたものの、何もかもが初めてで、ただ、すべてを彼に委ねたいと思った。
これまで感じたことのない感覚に身をゆだねながら、私はリオネル様の腕の中で、深い安らぎに包まれていった。
彼は壊れものを扱うかのように、やさしく、慈しむように私を抱いてくれた。
ふと、身体の奥に小さな光が灯るような感覚が走り、力が抜けた。
そんなことが、幾度か重なり、やがて私は、幸福に満ちたまま、静かな眠りへと落ちていった。
ーーーー
朝の柔らかな光の中で目を覚ますと、隣には穏やかな寝息を立てるリオネル様の姿があった。
その横顔を見つめながら、胸の奥からくる愛おしさに、自然と微笑みがこぼれる。
今までに感じたことのない、満たされた幸福感、そんな思いに包まれながら、私はまた、深い眠りへと落ちていく。
ーーーー
エピローグ
結婚式から一月が経った。
朝日が昇り始める頃、まだ目覚めない私に、夫であるリオネル様は背中から腕を回し、優しく抱きしめる。寝ぼけまなこで、指で瞼をこすりながら口にした。
「私はもう、体力の限界です……」
それなのに今朝もまたこうして抱かれてしまう。本当に、これが毎日のように繰り返される。
リオネル様は私より十歳も年上なのに、どうしてこんなにお元気なのかしら? そう尋ねると、彼はニヤリとした笑顔で答えた。
「愛している女性が隣にいれば、こうぜずにはいられないのだよ。それに、義父上に約束しただろう? 最低でも男の子を二人は作らないといけない」
そう、半分言い訳のようなことを言って、私をからかう。
出会った頃の、あの無口だったリオネル様の顔を誰が想像できるだろう。
そんな毎日に幸せを感じながら、今日も子供達の待つ教会へと向かう。
今ではリオネル様が二人の講師を探してくれたので、私は週に二日だけ、子供達に読み書きを教えに通っている。
あれ以来、教会の教室は少しずつ規模が大きくなり、外からも子供達が学びにやって来るようになった。
そして驚くことに、一番最初に『絵本を読んで』と言ってくれたあの女の子が、今では自分で文章を考え、物語を書けるほどにまで成長していた。その女の子は私に満面の笑みで話す。
「今ね、私、お姉ちゃんと領主様の物語を書いているんだよ!」
得意そうに話す彼女の姿に、私は思わず心が温かくなる。
そんな一日の出来事をリオネル様に報告すると、いつも彼は同じことを言ってくれる。
「すべて、君の努力のおかげだよ」
私は、そんなリオネル様のお力に少しでもなれたらいいのにと思いながら、初めてこのバーグ侯爵領に着いた日のことを思い返す。
今のこの幸せは、そう、あの日の一歩から始まったのだと、改めて噛みしめていた。
完




