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小人さん

小人さんと妹

作者: 桃苗

今回の小人さんはだいぶだらしがないので、気分が悪くなるような描写があるかもしれません。虫とか、虫の卵とか苦手な人は読まない方が良いです。食事時や白胡麻が好きな人も。

 小人さんは今週はちょっとやる気が起きなくて台所のシンクーー水やお湯が出てくる蛇口が付いている下、手や野菜を洗ったり、食べ終わった食器や調理に使ったお鍋を洗う四角く凹んでいる部分です。ーーに洗ってない食器とお鍋が沢山()まっています。けれども小人さんは物持ちなので、食器棚の中にはまだまだ使っていない綺麗なお皿やスプーンやフォークにコップ、お鍋がしまってあるんです。だからまあ、あと何日か洗い物を溜めても平気、ご飯の時に困ることはありません。寧ろ普段使ってなかった食器を使う事で、「私、こんなの持ってたんだ!」という発見があってラッキーなくらい。とはいえ、コバエが何匹がプーンと飛んでます。が、そんなの気にならない程やる気がどっか行っちゃってたんです。

 「もう何日かしたらやろう。まだ置けるし」

 それに……、一見いっぱいに見えますけど、探せばまだまだ隙間はあるんです! 寧ろこの数日間小人さんは隙間を見つける名人の域に達したくらい。スプーンやフォークは積み重なっている一番上のコップの中に入りますし、木のお皿ならちょっとあいている隙間に立ててつっこめます。陶器のお皿なら何もかもの一番上に置けばいいだけです。シンクは物がいっぱいに詰め込まれている方が隙間がなくなり、中身が動かなくなるので、そうなれば更にまだまだ上に積めちゃうんです。

 本当は、陶器やガラスでできたお皿や食器やコップなんかと、スプーンやナイフにお鍋なんかの金属でできた硬い物や重い物を一緒のシンクの中にごちゃ混ぜにつっこむのはいけないって小人さんも知ってるんです。

 お母さんに教わりましたから。


 「固い物と割れやすい物を一緒にシンクに入れてはダメよ」

 「じゃあどうするの?」

 「その為に洗い桶があるでしょう。分けて入れるのよ。水に漬けるのと漬けないのを分けるの。後、ご飯食べ終わったらすぐに洗うのよ」

 「面倒臭い」

 「割れた方が後々面倒臭くなるでしょう? 割れたのを片付けなくちゃいけなくなるし、大事にしてた物が割れたら悲しいでしょう?」

 「そうだけど」

 お母さんには、割れやすくないけど木でできたものもずっと水に浸けっぱなしではいけない、とも教わりました。

 「水を吸い込んで膨張して形が崩れたりするのよ」

 「え、そんなに形が変わるの?」

 ちょっと見てみたい気持ちがして小人さんはわくわくしました。

 「私はそこまで漬けっぱなしにしたことがないから分からないけど。それから色が変色したりもするのよ。見た目が気に入って買ったのに違う色に変わったら嫌でしょう」

 「そうかな?」

 お母さんは小人さんに教えながら、お気に入りの木の食器が変色したのを想像したのでしょう、顔を(しか)めていました。が、小人さんはちょっとそれも見てみたい気持ちがしました。

 

 お母さんに教えられたことを思い出しながら小人さんはソファの上でゴロゴロしていました。こんな風に寝転がっているならさっさと起きてシンクに溜まった洗い物を片付けるべきだと分かっているのです。でもどうしてもやる気が起きません。

 小人さんのやる気は目下行方不明でした。どこかへ出掛けて行ったきり帰って来ません。小人さんは行方不明のやる気を探しに行く気にもなれず、ただ毎日ご飯を作って食べ、食べ終わった後の食器とお鍋をそのままシンクの隙間に突っ込んだり重ねたりしては、ソファでゴロゴロしていたのでした。

 やる気がないのにご飯を作って食べる気力はあったのかって? 勿論です。だってお腹が空くじゃないですか。ぐうぐう鳴るお腹、しくしくと空腹を訴えてくる胃が可哀想でしょう。それにお腹が空いていたらいっそう惨めな気分になるじゃないですか。だからどんなにやる気がなくても小人さんはご飯はちゃんと食べるのです。むしろ食べる気があるだけ良い方、そう小人さんは思っていました。

 その時です。

 カランカラン。

 外から小人さんの家の玄関のベルが鳴りました。それと同時に、鍵を開けるガチャガチャという音と、ドアをバタンと勢いよく開ける音もしました。

 続いてドタドタと大きな足音が、廊下を通って小人さんが寝転がっているソファに近いて来ます。

 「やっほー、お姉ちゃん。生きてる? ってまたゴロゴロしてるの?」

 現れたのは小人さんより一回り小さい小人。小人さんの妹でした。

 両方の肩に重そうな布製の手提げバッグを掛けています。右も左も荷物がパンパンに入っているので、妹の姿は小さい丸みたいに見えました。

 「なんで勝手に家に入って来てるの?」

 小人さんは怠惰に寝転んだまま、やけに元気な妹を見上げました。自分は全然やる気が出ないのに、なんだってこの妹はこんなに元気全開で、人の家に押しかけて来たのだろうとちょっと頭に来ています。

 「だってお姉ちゃん死んでたら大変と思って」

 詰めて詰めてと妹はトートバックを肩に下げたまま無理やり小人さんが寝転んでいるソファの端っこに腰を下ろしました。他にも椅子があるのにです。荷物パンパンのバッグと妹の柔らかいお尻が寝転んだ足の上に乗っかって来て重かったので、小人さんは足を引っ込め、寝転んだままモゾモゾと芋虫みたいに妹が座ったのとは反対側に移動しました。

 「人を勝手に殺さないでよ。だいたい、人様(ひとさま)の家に無断で入って来るのはよくない事です」

 「人様の家じゃないもん。お姉ちゃんのウチだから他人じゃないし、鍵持ってるし」

 と妹は小人さんの気持ちなんてお構い無しで、更に小人さんが、

 「その鍵は私に何かあった時のためにお母さんに預けた物で、あんたがウチに遊びに来る為にあるんじゃないの」

 と咎めても、

 「いいじゃん別に。それに私が鍵持ってたらお姉ちゃんが玄関まで鍵開けに来る手間が省けるじゃん。私って優しー」

 と、どこ吹く風です。妹は鼻歌を歌いながら、肩からバッグを下ろし始めました。やけに上機嫌です。まるでお出かけにはしゃいでいる子供みたい。

 「喉乾いたんだけど。お姉ちゃん私お茶飲みたい」

 妹はペシペシと小人さんの足を叩いて強請って来ましたが、小人さんは目を瞑って知らんぷりしました。

 「面倒臭い。自分で淹れて」

 「えー、折角お父さんに頼まれた野菜運んで来たのに。疲れた妹に対してそんな仕打ちなのぉ? ねえねえ」

 と妹は小人の足を揺すりましたが、小人さんはテコでも動かないつもりでした。面倒臭いもの。

 どうにも小人さんがが動く意思がなさそう、と察した妹はバッグをそのままにーーつまりムカつく事に、小人さんのの足の邪魔になる位置に置いたままって事ですーーして台所へ行ってしまいました。

 小人さんは妹が居ない間に少しでも陣地を広げようとバッグを端っこへ足で押しやることにしました。何が入っているのか……、お父さんからの野菜って言ってたな、丸いのや角ばった形が足の裏に感じられます。小人さんの小さい足では重くて中々の重労働です。

 集中していると、

 「くっさーい! 何これ、ずっと洗ってないの?」

 と妹が台所で大声を上げました。

 うるさいなあとイライラしながら、小人さんは足の指に力を込めます。別に遊びに来てって約束してたわけでもないのに、勝手に来て人のうちで騒ぐなんていい迷惑です。

 「ぎゃあ! コバエ飛んでるんですけど!? 窓開けるねー!」

 と更に大きな声に続いて、ガラガラと窓を開ける音がします。そんなに大騒ぎする程の事でしょうか。

 「水汲みにくいんですけど……」

 とぶつぶつ文句を言う声に続いて、ガチャガチャと食器を動かすらしき音もしました。

 水音に、もしかして妹が溜めた食器を洗ってくれるんじゃないかと小人さんは期待しました。だって水を出す音がして、しばらくガチャガチャと何かを弄っているような音が続いていますもの。

 しめしめ。

 迷惑と思ったけど、案外役に立つ妹じゃないか、と小人さんがニンマリしながら寝転んでいると、

 「はあ疲れた」

 と台所から戻って来た妹が、どしんと小人さんの足の上に座りました。

 「ちょっと!」

 重い! 小人さんは慌てて足を引っ込めます。

 「だって私の座る場所ないじゃん」

 ブーブーと口を尖らせながら、

 「お茶の葉っぱどこ?」

 と妹は小人さんの部屋を見回しました。なんで何度も小人さんのいるソファにわざわざ座って来るんでしょう。空いてる他の椅子に座ればいいじゃないですか。むくれながらも優しい小人さんはちゃんと妹に答えてあげました。

 「あー、お茶切らしてるかも」

 だってお茶を買いに行く気も出なかったものですから。

 「えー」

 なのに妹は不満そうです。

 「ココアならあったかも」

 「ココア! どこ?」

 妹は嬉しそうな声を上げます。ココアで喜ぶなんて子供みたいだね、と妹を鼻で笑いながら小人さんは教えてあげました。

 「食器棚の中」

 「食器棚……」

 「あっち」

 小人さんが指さすと、妹は立ち上がりココアを探しに行きます。

 「どこだろ?」

 妹は食器棚の扉を開けて、あちこち探しているようです。一番下の棚のすぐ目に付く所に置いてあるのに見つけられないなんてどこ見てるんだと小馬鹿にしながら小人さんは寝転がっていました。

 「ねえ、どこ?」

 一番下の棚だよ。口に出して教える気力もありません。黙ったままでいるとそのうち妹は自力で見つけたらしく、

 「あった!」

 と声がしました。

 「お姉ちゃんもココア飲む?」

 「……飲む」

 小人さんの返事は小さい声でしたが妹には聞こえたのでしょう、食器棚からマグカップを二つ取り出し、台所に戻って準備している様子です。

 が、すぐに凄い勢いで戻って来ました。さっき台所に居たと思ったのが次の瞬間には目の前に立っていて、まるで瞬間移動したみたいで小人さんはびっくりしてしまいました。

 引き攣った顔の妹が、蓋の開いたココア缶を小人さんに差し出します。スプーンが刺さったままです。

 「ちょっとお姉ちゃん、これ見て」

 「何」

 寝転んだままなので缶の中は暗くてよく見えません。めんどくさいなあと嫌そうな顔をすると、妹はクワッと両目を見開きます。怒ってるみたいです。

 「見てよこれ! これこれ!」

 大声を出してぐいぐいと缶を突きつけてきます。何が言いたいのか分かりません。よく見えませんがココアの匂いがします。

 「えー、ココアだよ」

 「いいから、起きて! ちゃんと見て、虫!」

 「虫ぃ?」

 小人さんはココアと相容れない単語に首を傾げながら仕方なく、よっこらせと起き上がりました。ちゃんとソファに座り直して、妹から渡された缶の中を見ます。

 スプーンでかき回すと、所々砂糖が固まってダマになってるようですが、ちゃんとお湯で溶けば大丈夫なはず。何せ今朝も飲んだし。

 「スプーンでかき回して(すく)って見たら分かるから」

 妹はゾッとした顔をして小人さんから距離を取りました。そんなにする程の事でしょうか。

 「虫なんて……」

 いるわけないと言おうとして、小人さんはダマだと思っていた粒が潰しても小さくならないことに気がつきました。

 砂糖がしけって固まっているならスプーンの裏で押したら粉々になるはずです。なのにちっとも粉々になりません。それに……気のせいかモゾモゾ動いた気もしました。

 そしてそんな白い粒々がいくつもありました。

 小人さんはハッと顔を上げました。

 「え、これ、砂糖じゃないの?」

 「砂糖じゃない! 虫! 多分幼虫! コバエが飛んでるからきっとその幼虫、蛆虫(うじむし)だよ!」

 妹は苛立った声で、興奮したようにグーにした両手を上下にブンブンと振っています。

 「嘘」

 「嘘じゃないよ!」

 小人さんの頭の中でぐるぐると朝の光景が回ります。

 (えー、私飲んだんだけど、朝。なんかプチプチするなあ。こういうココアなのかなって思いながら。面白い食感って感心しながら美味しく飲んだんだけど……。っていうか、私蛆虫飲んじゃった。なのにちっともお腹痛くなってないんだけど……。)


 そう、小人さんは朝ココアを飲んじゃったのです。


 妹は、自分の指先同士をじっと見つめた後、擦り合わせるようにしてうーと唸りました。

 「触っちゃったよ私。スプーン越しだけど。やだほんと、気持ち悪い」

 いかにも気持ち悪そうに、肩をぶるぶるっと震わすと手をぎゅっと握りしめています。

 一方小人さんはスプーンと缶を持ったままどうしていいか分からず固まっていました。

 (飲んじゃった、飲んじゃった、飲んじゃった。)

 頭の中でその言葉が繰り返されます。

 「早く捨てた方がいいよそれ」

 「うん」

 (飲んじゃった、飲んじゃった、飲んじゃった)

 頭の中でまたその言葉が繰り返されます。

 「まだ賞味期限前だから大丈夫と思ってた」

 「飲んだ?」

 「飲んでない」

 嘘です。

 「捨てな。家の中のゴミ箱じゃなく、外に」

 「コンポストがあるから入れてくる」

 ーーコンポストは、料理を作った後に出る野菜や果物の皮や固い端っこ、魚や肉の骨、卵の殻なんかの生ゴミを入れておいて堆肥にする箱です。小人さんは庭でお花や野菜を育てているので、その堆肥を作るために庭にコンポストを置いていました。ーー

 「燃やした方がいいと思うけど」

 「それはなんか残酷じゃない?」

 妹はキッと小人さんを睨み付けました。睨みつけた目に妹の本気が感じられました。なんとしてもこのダマダマの正体をしっかり処分しないと許さないぞという目でした。

 「捨ててきます」

 「そうして」

 妹が怖かったので、小人さんはすぐさま捨てに行きました。

 それにこればっかりはめんどくさいとか億劫(おっくう)とか言っている場合ではありません。だってこれだけダマダマがあるってことは、この先この数のコバエが生まれてくるってことです。そんなにたくさんのコバエ……、考えただけでゾッとします。

 「はあ」

 捨てた後の缶を洗いに台所へ行くと、積み重なった食器やお皿はそのままでした。やだ、妹、洗ってくれてない。小人さんががっかりして振り返ると妹はソファの上でくつろいでいました。さっきまで殺気走った目をしてたのが嘘みたいに呑気な顔で本を読みながら、小人さんがいなくなって広くなったソファの真ん中を独り占めしています。

 「洗ってくれたのかと思った」

 小人さんが洗ってくれなかった食器の件を咎めると妹はフンと鼻をならしました。

 「何で私が? 洗うわけないじゃん。溜めた人がちゃんと洗いなよ。それ、今すぐ洗った方がいいよ。水が腐ってる。洗い桶の。臭いもん。鼻がひん曲がりそう。お姉ちゃんよく平気だね?」

 言われてみればシンクから牛乳が腐った時か、すごく汚れた雑巾を洗った後のバケツの水みたいな匂いがしてきました。

 今まで全然気になってなかったのに。妹に指摘された途端、小人さんの鼻はその臭さに気が付いたみたいでした。小人さんの鼻は、臭い臭いと訴えてきます。

 こうなってしまうと、流石に気になって仕方がありません。確かに妹の言う通り、鼻がひん曲がりそうな臭いです。

 「だからココアに虫が沸くんだよ」

 妹はしたり顔でマグカップを持ち上げて口に運びます。その口調と顔付きにちょっとムカつきましたが、俄然立場が弱いのは小人さんの方です。なんせ、この臭さの原因を作ったのは小人さんだし、それにダマダマを朝食で飲んじゃったし……。

 「何飲んでるの?」

 心持ち、妹に(おもね)るような声が出てしまいました。自分はあんなのを朝飲んじゃったダメな小人なのに、妹はちゃんとした飲み物を飲んでるんですから。

 「お湯。だってお湯しかないから」

 「お湯しかなくて悪かったね。で、私の分は淹れてくれてないの?」

 薬缶の横に小人の分のマグカップが空のまま置きっぱなしになっていました。お湯ぐらいなら注いでくれたっていいと思うんです。だって薬缶から注ぐだけでしょう?

 「自分で淹れなよ。ただのお湯だもん、薬缶(やかん)からそのまま注いだ方が熱々でしょ。マグカップに淹れて置いといたら冷めるよ。それにそこに飲み物置いておいたらコバエが止まりそうだもん」

 確かにコバエが数匹マグカップの周りをプーンプーンと飛んでいました。

 「この家コバエの遊び場になってるよ。いくら一人ぼっちで淋しいからって、ペットにコバエを飼うのはやめなよ」

 「いや飼ってないから」

 コバエがペットなんて嫌です。そんなペット飼う訳がありません。

 「だって増やしてるでしょ。私、マグカップ使う前に熱湯消毒しようと思ってシンクのとこ使ったんだけど、壁に卵産み付けてるよ」

 「え?」

 卵なんてあったら気が付くはずと、小人さんはシンクを覗き込みました。コバエが顔に当たってうるさいです。二、三匹ならいいかと思ってずっと放置していたけど、妹が来て色々気が付いて来たらもっといる気がしました。こんな中でよく気にならずに生活していたな自分、と感心してしまうくらいの数のコバエが飛んでいました。捕まえるか、外に出すかしないと、このままでは生活出来ません。

 でもまずは妹の言うコバエの卵です。

 「卵なんてないよ」

 「あるよ。よく見て、シンクの中じゃなくて上。壁のタイルのところ。白くて小さい粒が所々に沢山張り付いてるじゃん」

 「あっ」

 言われてみれば確かに小さいのが、あっちにもこっちにも。小人さんの台所には可愛いタイルを貼ってあるのですが、そのタイルとタイルの継ぎ目、ちょうど白くなった部分に粒々はありました。

 「え? これ卵なの?」

 なんて事でしょう。ちょうど同じような色の部分に産み付けられていたものですから、妹に言われるまで気が付きませんでした。

 「多分そうじゃない? そうとしか考えられないよ」

 だってなんか、見た目、白胡麻みたいなんです。真っ白じゃなくてちょっとクリーム色で、指先で摘むのは大変そうなくらい小さくて、形も先っぽがとんがっているけどお尻の部分が丸くて。

 「なんか白胡麻みたい」

 「やめて! 食べられなくなるから言わないで! 私もそう思ったけど()えて言わなかったのに」

 「ごめん」

 等間隔、とまではいかないけど、一粒一粒が間隔をおいて産み付けられていました。ビックリするほど、沢山あります。こんなのが一箇所に固まっていたらすぐ気が付いた筈なのに。小さくてバラバラにあるから全然気が付きませんでした。それもタイルの白い部分にだけ、いや、よく見ると色の付いた部分にも幾つか。なのになんでかシンクの中には一つもありません。

 シンクの中だけだったら掃除も簡単だったのに、コバエはわざと掃除の大変さを狙ったみたいにシンクの中は避けています。性格の悪い事。コバエの卵は壁だけに、それもあちこちにあります。一つでも残したらまたコバエが生まれてしまいますから、残らず確認しないといけません。

 それに……よく見たら、ガス台の前の壁にも発見しました! シンクから遠いのに! こんなところにまで産み付けてるなんて。

 「これどうしたらいいの」

 小人さんは途方に暮れてしまいました。掃除しないといけないのは分かり切っていますが、小さいからうっかり見落としてしまいそうです。本当に全部取り切れるのでしょうか。

 妹はもうすっかり離れた安全な場所にいるものですから呑気な様子。さっきまで盛大に嫌がっていたのを忘れたように、他人事です。すまし顔でお湯を飲んでいます。

 「さあね。飛んでるのは、小さい瓶にお水とお酢入れておくといいってお母さん言ってたけど、卵は知らない。私コバエの卵なんて初めて見たよ」

 「初めて見たのに、なんで卵だって知ってるの」

 「だってそれしか考えられないじゃん」

 まあ確かに言われてみればそうです。

 「けど、その見た目ほんとに白胡麻みたいだね。胡麻食べてる時にそれがテーブルに落ちてたら間違えて落としたと思って口に入れちゃいそう。怖いから今すぐ洗ってよ。今すぐだよ。そんなのあったら安心して泊まれないもん」

 さっき妹は白胡麻って例えないでと怒っていた癖に、忘れたみたいに使っています。でもそれよりも重大な事を言っていました。

 「え、あんた今日泊まるつもりなの?」

 「うん。ご飯も作ってね。いっぱい野菜持ってきたから。だから今すぐ掃除して。そんな台所で作ったご飯食べたくないよ」

 嫌だという癖に妹は食べる気も泊まる気も満々です。

 「えー、どうすればいいの?」

 「お湯かけてみたら? 熱湯掛けたら流石に死ぬでしょ」

 「そうかも」

 小人さんは妹が沸かしたお湯が残っている薬缶を持つと、壁のタイルにお湯をかけてみました。ちょうど下にシンクがあるのでそのままお湯はシンクへ流れていく場所です。

 「あ、剥がれる」

 「よかったね」

 「うん。熱湯効きそう。あ、でも全部にお湯をかけて行くのは無理そう」

 下にシンクがある場所とない場所があります。

 「全部雑巾で拭いて、拭いた後の雑巾をシンクで熱湯消毒するといいかもね」

 「え、面倒臭い。雑巾ごと捨てちゃおうかな」

 「そうしたら燃やすまでの間に、また雑巾の中からコバエが産まれてくるでしょ」

 「あ、そうか」

 今では妹は、妹が来る前にソファで小人さんが寝転んでいたのとおんなじような格好でソファに寝転び本を読んでいます。

 「がんばれ」

 やる気のない応援も貰いました。

 

 小人さんはそれから三時間かけて洗い物とコバエの卵掃除をしました。小人さんのやる気はいつの間にか戻って来たみたいです。というか、やるしかなかったのですが。

 よく見ると、蛇口のそばだけじゃなく、床に置いたゴミ箱の近くの壁や床にもコバエの卵を見つけたので、全部しっかりと雑巾で拭き取って、洗い物を片付けた後のシンクで、雑巾に熱湯を掛けてから洗剤でよく洗いました。ヘトヘトでした。もう二度と洗い物は溜め込まないと心に決めました。

 やっと全部終わって妹を振り返ると、妹はソファにコロンと横になって気持ち良さそうにクウクウと寝息をたてていたのでした。優しい小人さんはお姉さんらしく妹のお腹に膝掛けを掛けてあげました。


 その後の事ですか? ご飯?勿論ちゃんと作ってあげてましたよ。妹は一晩泊まると、小人さんの箪笥や本棚を勝手に掻き回して、いらない服や読み終わった本はないのと強請りました。そしていくつかせしめるとそれを野菜の代わりにバッグに詰めて、また元気にまん丸に見える格好で帰って行きました。

 ほんと、妹って自分勝手な生き物ですよね。でもまあ、たまになら遊びに来てくれてもいいのかな、一人だと多分今回の事はまだまだ気が付かなかっただろうし、と小人さんは思ったのでした。

 

 


 

 

 

 

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