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私たちが帰る場所  作者: 間藤 冴琴
2/2

線路

 建物から出て広がる景色は、お世辞にも絶景とは言い難いものだった。


 周囲は山に囲まれており、鬱蒼と茂った木々が図書館ごと私たちを町から覆い隠しているので、正面に存在しているはずの海が見えず、風情がない。この図書館自体がほぼ山の中腹に位置しており、誰かが手入れしてた跡もないのだから、当然のことではあった。


 そんな景色を前にして、荒廃した図書館から這い出た私は、肩や腕に付いた埃をはたきながら、本を抱えて立ち止まっている莉々に問いかける。


「次はどこから探す?」

「あそこ、踏切見に行こう」

「うん、了解。…ここって電車、走ってたんだ、、、」


 莉々が指を伸ばした先を眺めながら、そんなことを呟く。木々の隙間から目を凝らしてみると、軒を連ねる建物や屋根の合間から、わずかに黄と黒で彩られた棒が僅かに覗いている。


 それに気付いた莉々に素直に感心する。こうして、教えてもらわなければ、私はその存在を気にすることはなかっただろう。やっぱり、彼女は普通の人と目の付け所が違うのだと。


前を歩く少女は、自身の長所を自覚していないようで、


「うん、便利だよね」


と、朗らかに言い放つ。そんな彼女の返しに、思わず小さく笑ってしまう。きっと、彼女は冗談や面白いことを言ったつもりはないだろうけど、一緒にいて楽しいと素直に思えるのは莉々一人ぐらいだ。彼女の感性から生まれる行動や発言は、ちっぽけな町を鮮やかな世界に変えてしまう。

 

 そういったところは昔と変わっていなくて、安心する。


 踏み切りにたどり着くには、一先ず緑の天蓋から外に出る必要があるため、曲がりくねった坂道を慎重に下る。一応舗装はされているが、それでも足元は危ない。ひび割れていたり、盛り上がったりしていて、油断していたら捻挫ぐらいはするかもしれない。


 歩き始めたことはいいものの、すぐに目的地に着くわけもない。だからか、少しでも莉々と親しくしようと話しかけてみる。


「莉々はどこの高校通ってる?」

「ん、桜町だよ」

「あー、確か弓道部が強いんだっけ?」

「そうなの?」

「ごめん、勘違いかも」


 上手く話せているだろうか。そんなことがずっと頭の隅にあって、今も話の運びを誤ってしまったかと、咄嗟に笑ってごまかす。


「私は美術部だったから、よく知らないなあ…。琉々は弓道部だったの?」

「えっと……、帰宅部だった」

「そうなの?……なんか意外。琉々はバスケとか、運動系の部活に入ってると思ってた」


 図書館を出るときから、彼女の発言に疑問が挟まる。元々、運動は可もなく不可もなくといった感じの私は、今も大勢の内の一人でしかない。小学校のころは、友達と外で遊ぶことが多かったけれど、自分から誘って遊びに行くことはほとんどなかった。だから、正直、体を動かすことが好きかと聞かれると、即答はできない。

 莉々の中の私はどんな姿をしているのか興味が湧く。


「図書館から出るときに言ってたこと、聞いてもいい?」

「えーと、……私、何か言ってた?」

「昔と変わってなくて安心したって」

「ああ…」


 いつの間にか、肩を並べて歩いていた彼女の顔を伺う。考えてみれば、こうして莉々の隣を歩くというのは初めてかもしれない。一人で走っていってしまうことが多かった彼女は、歩くペースを合わせて、ゆっくり雑談しながら一緒に散歩なんてできないと思っていた。


「……んー、どんなつもりで言ったんだろう?」

「ははっ、なにそれ」

「うん、よくわかんない」


 彼女の顔に苦笑が浮かぶ。それに応えて、私も笑顔を返した。その行為が、初めて莉々と会話が成立したみたいに感じられて、少し嬉しい。ただ、彼女の苦笑で会話が終わってしまったことだけが私に陰を落としている。

 彼女の心との間に溝が見えた気がした。



 歩き始めて十分ほど。山の中から抜け出して、家屋が立ち並ぶ町のなかほどに進んでいた。

アスファルトで舗装された道から、小指ほどの石が混じった粗いコンクリート製に変化した。緩やかな階段状の坂からは、波打つ海面が垣間見える。

 目的地まで、おそらく順調に近づいている。真っ直ぐな道ではないけれど、周りの景色からそれを感じる。


 隣を歩く莉々はなぜか静かで、いきなりその辺の家に入っていくんじゃないかと心配していたのに、実際はそんなことを起こさず、町の様子を興味深そうに見ているだけだ。


 なんとなく会話を続けられる雰囲気ではなくなって、まちの景色に目を向ける。脇道から覗く、雑多とした裏通りや、崩れたブロック塀越しに、雑草だらけの庭などを適当に眺めて過ぎる。

 また次の脇道を通り過ぎる。それまでのものと同じような雰囲気の小路。どこか、自分が住んでいた町に似ているように見えた。小学校のころ、友達との集合場所に行くために通っていた道を思い出す。

 懐かしい。彼らはどうしているのだろう。同じ高校に進学した人はおらず、あまり連絡も取っていなかった。だから、莉々との突然の再会は、思った以上に嬉しいものだった。彼女の成長や未知の土地に戸惑いはあるけれど、そのことに間違いはない。


 ただ、私は莉々以外の旧友と会いたいと思っているのだろうか。


 ————いや、それを考えるのは止めておこう。今、再会したときを想像しても、きっと意味はないと思う。




 曲がりくねり、枝分かれしていた道から、真っ直ぐな一本道に差し掛かると、目的の踏切が姿を現した。傍まで寄って観察する。特に変わったところはないように見える。しいて言えば、今でも現役なのか判断がつかない程度には錆びている。敷設されている線路も、途切れていたり、外れていたりなど、見る限り異常は見られない。


 とはいえ、私達にとって踏切が動くかどうかは、重要な問題ではない。

  線路があるということは、当然、駅から駅へと、次の町に繋がっている。電車が走っていれば、楽に移動ができる。そうでなくとも、線路に沿って歩くことで、いずれ人が住む場所に辿り着く。


「どうする?」

 これからのことを莉々に相談する。彼女はなぜか、踏切の中央に立っている。

「どうするって?」

「どっちに進むのかなってこと。右と左、どっちに行く?」


 彼女は私に一度も顔を向けないまま、私の質問に答える。


「んー、と。……ねえ、先に海、行きたくない?」

「……海?…うーん」


 彼女の言葉を、空を仰いでゆっくり咀嚼する。


「あんまり余裕ないかも。日も傾いてきたし、そろそろ、夜どうするかも決めないと」

 時間やこれからの動きを考慮しつつ、そう判断する。莉々には悪いけど、なるべく早く故郷に帰ることが私達がするべきことだと思う。


「そっか」

「うん……じゃないと、いつまでも帰れないよ」


 何気なくいった一言。

 到着してから目を合わさなかった彼女が、突然振り返った。


「琉々はさ、なんで早く帰りたいの?」

「え?」

「私達ってさ、そんなに急ぐ必要ってないと思わない?」

「……」

「私も帰りたいと思ってる。でも、それはもう少し後でもいいかなって。……琉々はどう思う?」

「……えっ、と」


 線路わきに佇んで、私たちは静寂の中にいた。莉々は、図書館から持ち出した本を腕に抱えて、私の答えを待つ。対して、私は口をつぐんで黙っている。停滞した時間のさなか、私はどうして帰りたいのか、という問いの答えを見つけられずにいる。

 しかし、だからといって、いつまでも沈黙しるわけにもいかない。なにかしら、言葉を発するべきだけど、その行動が正しいことに思えず、結果、何もせずに棒立ちを続けてしまう。


「なんか————よくわかんなくなっちゃった」

「……あ」

「困らせてごめん。……はやくいこう」


 右手に向かい、歩き始めた莉々に、返事すら言えない自分が情けない。私の落ち度だというのに、彼女に気を使わせてしまったことが許せない。

 そう思う一方で、彼女の真意を理解しようと頭を回す。私に何と答えてほしかったのだろうか。


「琉々!」


 唐突な大声に、思考の世界から現実に引き戻される。名前が聞こえた方向に顔を向けると、少し先に進んだ莉々が、こちらを振り返りつつ、線路の先を指さしていた。


 そこには、「岩倉駅」という看板が飾られた小さな駅舎があった。

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