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私たちが帰る場所  作者: 間藤 冴琴
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図書

 埃を被った本棚から気になった背表紙を引き出してみる。しかし、ずらりと並ぶ左右の本に圧迫されているのか、張り付いたように動かない。

 諦めて本から指を放すと薄く灰色になった指先が見えて少し気持ちが萎える。仄暗い本棚に飾られている掠れた文字を意味もなく流して巡る。


 私たちがこの図書館を訪れたのは、おそらく一時間前。


 岩倉町という港町には町外れの薄暗いトンネルを抜けてやってきた。初めて訪れた町は、人がおらず寂れていて、活気を感じることなどできそうにない。私たちはまちを一望するために高台を目指したが、長い坂道を上った先に周囲の家屋より一層荒れている建物を発見した。


 近付くと看板か何かが飾られていたような跡が壁に残って、一見しただけでは何の建物か分からなかった。中に入るため、正面玄関に散らばったガラスの破片に気をつけて、役割を果たしていないドアをわざわざ開けると、古紙の匂いが漂い、そこが図書館のような施設だと気付いた。


 それから約一時間、建物内に留まっている。早く外に出たいが、そうはいかない理由がある。理解はしているが、暇を持て余している私にとっては、終わりの見えない時間を過ごしていることと等しい。

 端的に言ってしまえば、暇だ。早く終わらないかな。


 本棚の隙間から、本を読んでいる背の高い女性の様子をうかがう。女性の傍には数冊の書籍が埃を被った机の上に積まれている。


「ねえ、まだ?」


 聞こえないだろうと思いつつも、そう問いかけてみる。案の定、返事がない。しかたないので、本棚の巡回に戻ろうとしたところで、


「もうちょっと」


と、小さくもよく通る声が寂れた図書館に響いた。驚いて彼女の方を振り返ってみるが、彼女の頭は上がってはいなかった。きっと返事をしたときも、本に集中していて空返事だったのだろう。

 私はその変わらぬ態度に安心しつつも、ため息を吐いてしまう。


 彼女が莉々と名乗ったとき、とても驚いた。私と莉々は小学校の同級生だが、中学校に進学してから一度も会っていなかった。小学校時代の彼女は活発な女子という印象で、自分の好奇心にひたすら素直で、その無鉄砲さに結構苦労させられた記憶だ。だからモデルのような彼女の容姿とその名前がすぐに結びつかなかった。

 彼女の方は私の名前がすぐにでたからか、以前のような気さくな態度で近寄ってきて、少したじろいでしまった。今、思うともう少し愛想よくしてもよかったかもしれない。


 しかし、私だって不安だった。それくらい許してくれと思わなくはない。なんて、誰からも咎められていないのに考えてしまう。


 結果、こうして二人で行動しているので、きっと不快にはさせていないと思う。

 

 そう思う一方、意外に感じることも起きていた。

 図書館に侵入後、貸出カウンターらしき場所を調べていると、突然一冊本を取り出したかと思うと、一心不乱に読み始めた。初め、本棚の前で棒立ちだった彼女は、しばらくして様子を見にもどると椅子に座っていた。

 それから、ひと時も離れず机に向かっている。


 正直、莉々が本を読むなんてことは、私は考えられなかった。記憶のなかでは、文字を追うよりも、街中の鳩を追っているような姿ばかりで、一度重なった幼い彼女がさらに遠のく。

 その一方で、記憶の面影を覚えるのだから、どう接したらいいかうまく掴めない。


 彼女の変化に戸惑いはあるけれど、それとは関係なく、いつまでもここに留まっているわけにはいかない。


 熱心に読書を続ける莉々の傍に立って、その手元の本を覗き込む。


「それ読めるの?」

「……」

「…そろそろさ、動かないとすぐに日が沈んじゃうから」

「………」

「…その本持ってってもいいからさ。誰もいないし」

「…………」

「……」

「うん、わかった」


 莉々は本を閉じ、まっすぐ、私の目を見た。

 じっと見つめられるのがなんだか恥ずかしく、思わず目をそらす。


 不意に莉々が息をこぼすように笑った。


 それが私に別の恥ずかしさを積み上げていく。きっと顔にそれが出てしまっているだろう。

 私はせめて気にしていないと誤魔化すために、逸らした目を正面に戻す。莉々の瞳は私を捉えたままだったようで、吸い込まれるような彼女の目が私を困惑させる。この目も私の調子を崩す原因の一つだ。


 彼女はその魅力的な瞳で私を見詰め、意外なことを言い出した。


「琉々が恥ずかしがるとこ、昔と同じでちょっと安心した」


莉々はそう言うと、いこー、と古ぼけた本を閉じ出入口の扉に向かって席を立った。


すこし呆けてしまったけれど、置いてかれては堪らないと慌てて彼女の背を追ってガラスまみれの正面玄関を抜け外に出た。

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