魔王討伐へ向かうということ
毎週月曜日0時更新!
次の日から、僕はピエモフさんにマジックを教わりながら少し別のことを考えるようになった。
マジックで教わっている技術、元々はギャンブルに応用できると思っていた。けれど、ここである言葉を思い出した。森でシオレグと遭遇した後にアナリスが言っていたことだ。
「じゃあ、もっと強いトランプ投げれば良いじゃん!」
アナリスはそう言っていた。
魔王討伐という目標を掲げている以上は、この先僕も戦闘に巻き込まれることは必然だろう。そのときアナリスだけに頼りきりになるのは良くない。僕も自衛の手段を持っておく必要がある。
昨日知った内容だけでも、見えない糸や発火する物質などがあり、良く考えてみればそれは戦闘に使えるかもしれない。
僕はマジックの練習やアレフの本を読みながら色々な構想を練っていった。
数日後、練習の合間をぬってピエモフさんに尋ねてみた。
「ピエモフさん。少しマジックとは話がずれるのですが、鉄のトランプみたいなものを持っていたりしますか」
「鉄のですか。ありますよ、ちょっと待ってください」
ピエモフさんは、引き出しの奥の方から鉄のトランプを取り出して持ってきた。
「本当に鉄でできてる」
鉄のトランプにはそれなりの重さがあり、投げつければ武器としても十分成り立ちそうなほどだ。
「鉄のトランプに興味がおありで?」
鉄のトランプを興味津々で見ている僕にピエモフさんはそう尋ねた。
「はい。僕はトランプ投げが得意なのですが、鉄のトランプならばどれだけ威力がでるのかと……」
「トランプ投げ……ですか」
ピエモフさんは僕の方をまじまじと見つめてきた。
「どうしました?」
「……良ければ散歩に出かけませんか? 一緒に行ってみたい場所があるのです」
一瞬の間は何だったのだろうか。ともかく、僕はピエモフさんと一緒に外へ出た。
少し歩き、僕達は広めの公園のような場所にやってきた。そこは、小さな草原のような場所で、木も何本か生えている。椅子も置かれており、簡単な運動をしたりくつろいだりできそうだ。
「カルダノさん、あの木めがけてトランプを投げてみませんか?」
「あの木にですか」
「はい。それで、どちらがより遠くから投げて木にトランプを刺すことができるか勝負いたしましょう」
「わかりました」
急にどうしたのだろうと思いながらも、勝負を受けることにした。
「では、私から」
ピエモフさんは普通のトランプを一枚持ち、木から20メートルほど距離をとった。そして、ピエモフさんは右手を振りかざしトランプを投げた。トランプは回転しカーブを描きながら木へと向かって飛んでいき、幹にサクッと刺さった。
「私はここが限界ですね。さぁ、カルダノさんも」
ピエモフさんは僕にトランプを一枚渡した。
「はい」
僕はそれを受け取ると、ピエモフさんが立っていた場所からさらに距離をとった。木からの距離はピエモフさんが立っていた場所までの距離の二倍以上はある。
僕は木の方をじっと見た。そして、右手を振り、トランプを投げた。トランプは勢いよく回転し、僕の想定通りのコースを通り、ピエモフさんのトランプの刺さっている箇所の少し上に刺さった。
「お見事です。さすがです」
ピエモフさんは僕の方を見て拍手している。
「ありがとうございます」
僕達は木の方へと歩き、幹に刺さったトランプを引っこ抜いた。引っこ抜いた箇所にはトランプの刺さった跡が残っていた。
そのとき、ふと上を見上げると幹の上の方にも同じような刺さった後のような傷が二箇所あることに気がついた。その傷は今トランプが刺さっている箇所より100センチメートルほど上にあった。
「ピエモフさん。この傷、もしかして」
僕はその幹の傷を指さした。
「ええ。それもトランプ投げによるものです。以前にも今と同じ事をしたことがあるんです」
「そうだったんですね。結果はどうだったんんですか?」
「全く同じです。その人も丁度あなたが立っていたところから見事にトランプを投げていましたよ」
「あの距離から正確に投げられる人がいたんですね」
僕は驚いた。僕と同じような精度でトランプを投げられる人がいたなんて。
「あの、その人は今どこに?」
「……わかりません。元気にしていたら良いのですがね」
そう答えるピエモフさんの表情はなんだか少し悲しそうにも見えた。
「そういえばカルダノさん。鉄のトランプを何に使うおつもりで?」
「え……えっとですね、護身用に」
「護身用……どういうことです?」
僕は、僕とアナリスが魔王討伐を掲げたパーティーであり、それを目的に冒険に出たことを告げた。
「魔王討伐……ですか」
ピエモフさんは少し間を置いたあと、続けて話した。
「どうです、ショーまでと言わず無期限で私の家にすみませんか?」
「え」
何を言われるのだろうと身構えていたが、予想外の言葉に少し混乱した。
「カルダノさん、そしてアナリスさん。お二方はとても素敵なひとです。そんなお二方にまで命を失ってほしくはないのです」
ピエモフさんは真剣な眼差しでそう言った。
命を失ってほしくない……命という言葉を聞いて深く考えた。確かにそうだ。僕は成り行きでアナリスと共に魔王討伐を掲げて旅をしている。でも、実際に魔王討伐へと向かったもの達の多くはどうなったか。深く考えなくてもすぐわかる。魔王の支配から遠いこの地域だからこそ平和な暮らしが出来ているのであって、この先魔王の支配地域へ近づけば近づくほど危険は増すだろう。今ここでピエモフさんの言うとおり、この街にとどまれば僕が生きている間は何事もなく好きなギャンブルをしながら一生を終えられるだろう。
でも、それは僕の行動と矛盾している。もし本当に僕がそれを望んでいたならアナリスの誘いにのって旅にはでていないはずだ。ただカジノで勝ち続ける生活、それに何か変化が欲しかったんだと思う。そして何より、アナリスは僕がここでパーティーを離脱したとしても魔王討伐へと向かっていくだろう。何となくわかる。そんな彼女を僕は放っておけない。
「ありがとうございます、ピエモフさん。しかし、アナリスは魔王討伐へと進み続けるでしょう。そして、僕は自分の命を賭けてでもそれについていきたい。そう思っています」
それを聞いたピエモフさんは目をつむり少し息を吐いた。そして目を開くと、とても温かい眼差しでこちらを見て、口を開いた。
「そうですね……あなたならそう言うと思っていました。すこしばかり踏み込み過ぎてしまいましたね。失礼いたしました」
「いえ、そんな……」
「カルダノさん。あなたの腕ならばマジックの方は余裕をもってなんとかなりそうです。もしよろしければ、鉄のトランプ投げのような戦闘にも使えそうな技術もお教えいたしましょうか?」
「はい! よろしくお願いします」
僕は頭を下げた。
それからマジックショーの日まで、マジックの練習はもちろん、マジックやアレフの本の知識などを応用した戦闘向けの技術も練習した。
そして、当日。
カジノではオープンに合わせてショーが盛大に行われた。僕とピエモフさんは夜中までマジックを披露し続けた。そうしてマジックショーは、無事終了した。
流石に疲れていたこともあり、終わった後ピエモフさんと共に家に戻り、すぐに眠りについた。
そして、次の日のお昼前。
僕は、寝袋から身を起こした。僕が寝ていた部屋はマジック用の道具が置いてある部屋だ。この部屋とも今日でお別れだ。
部屋を出て一階へ降りると、そこにはアナリスやピエモフさん、それにアレフの姿があった。
「カルダノおはよー。昨日は頑張ってたから起こさないであげたよー」
相変わらず元気そうなアナリスは僕にそう声をかける。
テーブルの方を見ると、豪華な食事が用意されていた。
「カルダノさん、そしてアナリスさん、今日までの二週間の間ありがとうございました。さぁ、召し上がってください」
ピエモフさんに促され席についた。
僕達は豪華な食事をとりながら別れの前の会話を交わしていた。
「お二方はこの後はどこへ向かわれるのですか?」
「えーと、とりあえず西へ行こっかなーて思ってます」
アナリスがそうそ答えた。
「そうですか。でしたら関所を越えて行かれるのですね」
「多分そうです!」
「関所をの向こう側はこちら側より危険が多くなっています。どうかお気をつけて」
「私たちなら大丈夫だよねー、カルダノ!」
「そうだといいな」
僕はただそう答えた。
「もう行っちゃうのー?」
アレフが少し寂しそうな様子でそう尋ねた。
「そうだね、この後すぐ出発する。そうだよね、アナリス?」
「え! カルダノはカジノよっていかなくて良いの!?」
「ああ……いいんだ。いつまでもここにいたら旅が進まないだろ?」
「一日だけ許してあげるつもりだったのにー」
アナリスは思ったよりとても驚いている様子だ。確かに、この街に来たとき散々ごねはしたけど……
「また遊びに来てよ」
「うん、必ず」
そうして食事が終わった。
僕とアナリスは荷物をまとめ部屋の掃除をした後、ピエモフさんとアレフに別れを告げ玄関を出た。
ピエモフさんとアレフも玄関を出て見送ってくれた。
ピエモフさんの家を出てしばらく歩いた。
「そういえばカルダノ、その袋何もらったの?」
「マジックに使う道具とかが入ってるよ」
「へー」
僕はピエモフさんから、鉄のトランプやワイヤーなどこの先役立ちそうなものを受け取っていのだった。
何はともあれ、次の目的地は関所だ。ピエモフさんも言っていたように、関所の向こう側はこちら側より危険性が高く心して行かなければならない。