彼女の名はティーシア
毎週月曜日0時更新!
来週は2話更新!
最低限の買い物を済ませて、昼前には王国を出発した。
西の街まではまあまあ距離があり、到着は夜になりそうだ。しかし道が整備されており、途中には村や宿があるので何かあっても困ることはないだろう。
道は馬車が通ったりもしている。
「本当は馬車で行きたかったんだけどなぁ」
「資金を少しでも残しておきたいって言ったのはカルダノなんだから、頑張って歩いてね」
アナリスはいつも通り、元気そうに歩いている。
冒険者になるということは歩くことにも慣れないといけないことなのだが、いつもカジノに篭っていた僕からするとつらい。
アナリスが元気なこともあり、休むことなく歩き続け、無事夜には西の街ファンクトに到着した。
王都には劣るものの、広い街で活気があり夜であるが多くの人が行き交っている。
「やっとついたねー! これからどうする?」
「カジノに行ってくるよ」
「えー、カルダノ疲れてるんじゃないの?」
「ここ数日、ずっとカジノに行けてないからね。疲れてるかどうかなんて関係ないよ」
「んー、じゃあ私もついていくよ」
僕らは聞き込みをしながら、カジノを探した。
そして、カジノの前までたどり着いた。しかし、カジノは真っ暗で扉にも鍵がかかっていた。
「嘘だろ! 本当に……開いてないのか」
僕は膝から崩れ落ちた。
「だから言ってたじゃん。カジノは昨日から閉鎖してるって。街の人みんなそう言ってるのに、信じないんだから」
「はぁ……」
「いつまでも落ち込んでないで、何か食べに行こうよ」
アナリスは力が抜けきっている僕を引きずるように連れていった。
少し遅い時間のため、レストランなどはしまっていた。仕方なく、僕達は酒場に入ることにした。
中は多くの人で賑わっていた。僕達はカウンターからは離れたテーブル席に座った。僕とアナリスはお酒が飲めないので、ジュースと簡単な軽食を注文した。
「はぁ、まさかカジノが閉まってるなんて……」
「まだ言ってるー」
食べながらそんな会話をしているときだった。
「そこのお兄さん、ギャンブルが好きなのかい?」
隣のテーブルに座っていた中年の男がそう声をかけてきた。少しふくよかな見た目であり、茶色を基調とした落ち着いた服装をしている。目は細めでにこにこしている。しかし、僕にはそれは作り笑いにしか見えなかった。
「ええ、そうですが」
「ならば、遊んでいきませんか。カジノも閉まってしまったので、ここだ簡単な賭けをして遊んでいるんです」
隣のテーブルにはトランプが置かれており、その男の前の席が空いていた。
僕はその席に座った。
「ルールは?」
「なぁに、単なるババ抜きですよ。数を揃えて捨てて、最後にジョーカーを持っていた方が負けという奴です」
「……何を賭けるんですか?」
「最初だし軽ーく……そうだねぇ、負けな方が勝った方にビールを一杯奢るというのはどうかね?」
「わかりました」
「よし、じゃあ早速やろうか」
中年の男はカードを軽く混ぜて半分に分けたのち、僕に渡した。僕はそれを受け取ると、同じ数字のカードを捨てていった。そして、僕の手札には2枚のカードが残った。ジョーカーと7♡だ。
中年の男が持っているのが7だ。要するに7を引かれたら負け。
「ほほう、もう残り1枚ですか。じゃあ、早速」
中年の男は僕の持つカードの方をじっと見て、カードを引こうとした。
その瞬間、僕は慌てた様子を見せながら後ろに椅子から転げ落ちた。
「カルダノ、大丈夫⁉︎」
「ハハハ、大丈夫ですかな?」
アナリスは驚いた様子で心配そうに僕のことを見ている。
そして、中年の男を含め他の者達は僕の無様な様子を見て笑っている。
僕はそんな無様な格好のまま、周りに見えないように床に伏せた自分の二枚のカードを見つめた。
やっぱり、そうだよなぁ。
僕はそう思い、ため息をつきながら身を起こす。
そして、2枚のカードをぴったり重ねて、ちょっとだけ縦にずらした。
「まあまあ、気を取り直して」
中年の男はまたカードをじっと見ると、男から見て奥のカード、僕から見て手前のカードを迷いなく取った。
彼が取ったのは7♡だ。
中年の男はそのカードを見て少しでも驚いた様子を見せている。
僕はビール代と手札に残ったジョーカーをテーブルに置いた。
「僕の負けですね、ありがとうございました。これで失礼します」
僕はテーブルを離れ、酒場を出た。
酒場を出ると、アナリスもすぐに出てきた。
「どうしたのー? 一回負けたくらいであんな逃げるように出ていくなんてらしくないよー」
「……あれは、僕をわざと勝たせたかったんだよ」
「ん? どういうこと」
僕が歩きながら説明しようとしたときだった。
「ねぇねぇ、ちょっといいかなぁ?」
その声とともに肩を叩かれたので振り返ると、そこには若い女性が微笑を浮かべながら立っていた。見た目からして僕達と歳は同じくらいだろう。髪型はセミロングで色は濃いエメラルドグリーンをしている。赤い服を着ており、首にはチェックのマフラーをしている。
「どうしましたか?」
「んー、あなたはまだマシな方だよね! ジョーカーをすり替えてわざと負けたんだから」
その女はいたずらっ子のような笑みを浮かべながらそう言い放った。
なっ……、僕は少し驚いた。
いきなにり何を言っているのか、それより何故そのことを知っているのか。
「えー、どういうこと?」
アナリスがその話に食いつく。
「ほらほら、この子にも説明してあげないと」
この女にそう言われ、仕方なく説明を始めた。
「いいかい、アナリス。そもそもあのカードには細工がある。ジョーカーだけ表の柄が若干違うんだ」
「ええっ! 嘘ー、気づかなかったぁ」
「あの男は、まず僕の顔ではなくカードをじっと見ていた。そして確信を持ってジョーカーを引こうとした。その時点で、カードの表に何かあるのはわかった」
「うんうん」
「僕はわざと慌てたふりをして後ろに倒れ、カードを確認した。そして、ジョーカーの模様の違いを把握した後、ジョーカーをすり替えた」
「えっ!? あの一瞬で?」
僕の説明にアナリスはオーバーリアクション気味に反応する。あのよくわからない女は、ニヤニヤしながらただこちらを見ている。
「うん。僕はトランプを何セットか持っている。あの男の使っていたトランプは一般的なもので、僕も同じものを持っている」
「へぇ、用意周到なんだー」
「そして、僕はカードを重ねて相手に見せた。相手は手前のカードの模様に変化がなければ、もう1枚の重なって隠れている方が模様に変化のあるジョーカーだと思うだろう」
「うんうん」
「そうして、ジョーカーを引こうとして7を引いちゃったってわけだ。相手が困惑してる間に、ジョーカーは元のやつに戻しておいたし問題ないだろう」
アナリスはちょっと考えた様子を見せた後、ハッとた様子で声をあげた。
「ちょっと待ってよ! 結局負けてるじゃん!」
「ああ、あれ以上勝負をする気にならなかったんだ。大金ももってないだろうし、そもそもあんな奴と真面目に勝負しても時間の無駄だよ」
「うーん、そういうものなのかなー?」
こうして、アナリスへの説明が終わると、大人しく聞いているだけだった女がニヤリとしながら口を開いた。
「じゃあさ、私と勝負しようよ」
「……今日は気分じゃない」
そう言うとその女は笑い出した。
「ふふふ、そんな落ち込まなくてもさぁ。でもわかるよー、この街にはあんな低レベルなのしかいないもんね」
「……何が言いたいんだ?」
「カジノが閉鎖する前からこの街に来てるけど、マシな人はあなたぐらいしかいないってことよ。わかる?」
「……」
「じゃあ、あなたが望むルールでやってあげても良いよ。賭け金は、持ち金全部でさ」
彼女はいたずらっ子のような笑みを浮かべながら、そう言ってのけた。
僕は思わず目を見開いた。冗談でもなく本気で、恐らく平然と持ち金全部を賭けようと言っている……そして、こいつは僕の酒場での出来事を見抜いていた……不思議と僕は興味が湧いた。
「……ポーカーで良ければ」
「あなたなら乗ってくれると思ってたよ! 私、向こうに宿とってるからさ、そこでやろう」
「……わかった」
「あっ、そうだ。私はティーシア。よろしくね」
「僕はカルダノだ」
「アナリスだよー」
そうして、僕達は流れでそのままティーシアについていく事にした。
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