旅立ちの前に
毎週月曜日0時更新!
僕とアナリスは村に戻ると直ぐにあのことを報告し、王都に戻った。そのころにはすっかり夜になっていた。夜で賑わうなか、僕たちは歩いていた。
「カルダノ、どこかで何か食べない? あれから何も食べてないからお腹ぺこぺこだよ」
「ええと、今からさっきの報酬を元手にカジノに籠るつもりだったんだけど」
「えー、流石に疲れてるでしょ。そんな状態じゃ勝てないよぉ」
「かといって、ここから今日の宿代やご飯代を出してたらまた元手が減るだろう」
「んー、また稼げば良いじゃん」
「忘れてないと思うけど、僕の本職はギャンブルだからね。これ以上身体を使いたくないんだけど……」
結局アナリスに押し切られる形で、ひとまず食べにいくことになった。
「アナリス、どうせ食べに行くなら行きたい店があるんだ」
「へー、どこどこ?」
僕はアナリスを連れ、とある店に向かった。それは小さな店で、表に受け渡しようの窓口があるだけだ。
「ここは、パン屋さん?」
「そうだよ。昔からここのパンを良く食べててね」
僕は、いつものを二つと言って、具材などが入っていないシンプルなパンを二個注文した。
しばらくすると、店の扉が開き中からおじさんがパンを二つ持って出てきた。
「お、カルダノじゃねぇか。隣のお嬢ちゃんは彼女か?」
「……いえ、仲間です」
「ほぉ、なかま」
彼はパン屋のおじさんだ。僕は小さい頃からここのパンを良く食べていて、いつも美味しいパンを作ってくれていた。僕はアナリスのパーティーに入り冒険に出ることを伝えた。
「お前が冒険に出るのかぁ」
「ええ、それで冒険に出る前におじさんのパンを食べておきたいと思いまして」
「こんなやつをパーティーに入れるなんて、お嬢ちゃんも物好きだな」
おじさんは笑いながらそう言う。
「おっ、そうだそうだ。しばらく食べれなくなるなら俺も一緒に食うか。眺めのいい場所があるんだ、そこで食べよう」
おじさんはそう言うと店の中に入り、すぐに大量のパンが入ったバケットを抱えて出てきた。
僕とアナリスはおじさんに連れられて、その眺めのいい場所へと向かった。
そこは王都の中でも高い場所に位置しており、街並みを全部とまでは言わないものの、広範囲を見渡すことができる場所だ。ベンチも置かれており、気軽に誰でも立ち寄ることができる。
「お、空いてるな。あそこに座って食べるぞ」
「うん、やっぱりここか」
ここは、僕も気分転換に良く来る場所だった。
三人はベンチに座り、まず最初に注文したパンを食べた。
「あっ、美味しい!」
アナリスはそのままぱくぱくとパンを頬張る。
「口に合ってよかった」
僕もそう言いながら、パンを口に入れる。
「お前はいつもこればっか頼むからなぁ。他のも頼んでくれたらいいのによ」
「これが一番安い……それにシンプルで美味い」
「まあ、今日はサービスだ! 色んなやつ持ってきてやったからたくさん食え」
バケットには、色々なパンがたくさん入っていた。
僕たちは街並みを眺めながら、そして楽しく談笑しながらパンを食べた。
こうしてあっという間にバケットに一杯だったパンは全てなくなった。
「私、デザートでも買ってくるよ!」
そう言ってアナリスは席を立って走り出した。
「金使いすぎるなよ」
僕がそう言ったときには、すでに彼女の姿は遠い場所にあった。
僕が少しため息をついていると、おじさんが僕に話しかけてきた。
「カルダノ、良かったな」
「え」
「一緒に飯食える奴が見つかってよ」
「……そうですね」
何だそんなことか、と思いつつも微笑を浮かべた。
「カルダノ、また食いに来いよ」
「ええ、また二人で食べにきますよ」
「そんときゃあ、二人なんて言わずもっと大人数で来てくれても良いんだせ」
そんな話をしているところに丁度アナリスが戻ってきた。
「お待たせー、買ってきてたよ! ほらこれ、凄いでしょ!」
彼女は大きなスイーツを三つ抱えながらそう言う。
「絶対高かっただろ、それ」
「こういうときに使わないでいつ使うの?」
「はぁ」
僕は少しため息をつきながらそのスイーツを受け取った。
こうして、旅立ち前の楽しい夜はもうしばらく続いたのだった。
次の日の朝。
「もう朝だよー、ほら起きて起きて」
アナリスにそう言いながら体を揺さぶられる。
何でこいつが僕の寝てる部屋に……そうだ、経費削減のために相部屋にしたんだった。
そう、結局あの後は何もせず、僕とアナリスは同じ宿で眠りについたのだ。
僕は体を起こした。
「僕は夜型だからゆっくり寝たいんだけど……」
「だめ! パーティーに入ったからには朝はちゃんと起きてもらうよ」
「……」
重たい体を起こし、身支度を整える。彼女はとっくに準備万端のようだ。
「さっ、行くよカルダノ!」
「行くって?」
「西の街だよ」
「ああ、ファンクトね。確かに、そろそろ出発しないとだけど……準備は大丈夫なのか?」
「うん! 丸1日あればつくし、問題ないよ!」
「……後、ここでやり残したこととかはないのか?」
「んー、ないよ! もう済ませたし」
「わかった。じゃあ最低限の食料だけ買っていこう。資金は少ないけど……その街についたら、またカジノで増やすことにするよ」
「よし、じゃあ行こう!」
そうして、部屋を出ようとしたとき。ドンドンドンと、誰かが部屋の扉を外から叩いた。
「はーい!」
アナリスはそう言って扉を開けた。
そこには、一人の王国の兵士が立っていた。
「アナリス様ですね」
「そうですよー」
「大臣に貴方達を連れてくるように仰せ仕っております。私と共に城までお越しください」
「え、私何か悪いことしたかなぁ」
「要件はお会いしてからお話になられるそうですので」
大臣のお呼びとあらば断ることもできないので、とりあえずその兵士についていくことになった。
しばらく歩き、城の中に入った。中は広く綺麗だ。城の中に入ったことのない僕にとっては新鮮な光景だった。
「私、ちょっと前にここ来たばっかりなんだけど」
そういえばアナリスは、魔王討伐への見送りをわずかな資金援助と共にここで受けていた。
そうして、大臣の部屋の前まで案内された。
兵士はノックした。
「入りたまえ」
中からそのような声が聞こえ、兵士と共に僕たちは部屋に入った。
中は書斎のようで、大量の本が本棚にぎっしりとつまっている。机の向こうに座っているのは、身なりの良い男性。白い髭を蓄え年老いているが、威厳があり力強い眼差しをしていた。
「大臣様、アナリス様ととカルダノ様をお連れいたしました」
「そうか、ご苦労だった。下がって良いぞ」
「はっ!」
兵士は部屋を出ていった。
そして、大臣は席を立ちこちらを見ると、優しく微笑みながら話し出した。
「突然すみませんな、あなた方に聞いておきたいことがありまして……先日、あなた達が報告した内容についてです。とても強い人に擬態した魔物が出たとのことでしたが、具体的に容姿などについて教えてくれませんか」
僕とアナリスは、あの金髪の男のような者について話した。あの男との会話内容や容姿などを話すと、大臣の表情は段々と暗くなっていっているように見えた。
「これを見てもらいたい」
大臣は、机の引き出しから額縁を取り出した。その額縁の中にはあの金髪の男そっくりの人物が描かれていた。
「え、何であいつの絵がここにあるんですか」
アナリスも僕も驚いていた。
「やはりか……」
大臣は僕らの反応を見て、そう呟きながら俯いていた。
「彼の言葉……あなた達が生きて帰ってきたのも何かの縁か……」
大臣は顔をあげ、真剣な眼差しでこちらを見た。
「彼は、人だ。人だったのかもしれんが」
「人……」
「彼の名前はシオレグ。この王国の元兵士だ。剣術の天才で、彼の右に出るものはいなかった。だが十五年前、魔王軍との戦いのために戦地へと向かい、捕らえられた」
確か十五年前、大陸の北部で戦線を拡大する魔王軍との間で大きな衝突があった。この王国は魔王城からは遠く、影響はなかったが、北部地域の人々をはじめとし多くの人々が協力し戦ったようだ。
「この王国からも人材を派遣していたのですか?」
「嫌、シオレグ達は自ら志願して戦地へと向かったのだ。シオレグを含め十人ほどだったが、皆腕利きのの者達だった……だが、誰も帰ってこなかった。シオレグは魔王軍に捕らえられたと聞いておったのだが……」
「じゃあ、今のあの男は何者なのですか」
「わからん……だが、彼女が魔物だというのだから人間でなくなったことは間違い無いだろう。魔族といった方が良いかも知れんな」
「……一応、アナリスがそう言っているだけですが」
僕がそう言うと、大臣はアナリスの方をじっと見つめた。
「君は、レイルの娘さんだね」
「えっ! 母を知ってるんですか?」
「ああ、知っている。君のお母さんのことも見送った」
「そうだったんですね」
アナリスは少し寂しげな表情をしていた。恐らく、話の流れからして、彼女の母も戦地に向かった十人のうちの一人だったのだろう。
「アナリスさんも、お母様と同じように魔物を探知できるのでしょうな……そうだ、これを受け取ってもらいたい」
大臣は引き出しから袋を取り出した。袋はジャラジャラと音を立てている。
「報告のお礼も兼ねて、あなた達にお渡ししましょう」
アナリスがそれを受け取り、袋を開けた。中には、大量の硬貨が入っていた。
「えっ! いいんですか、こんなにもらって!」
「はい。元々、魔王討伐を名乗り出た冒険者に軍資金を与え国王自ら見送る、その習慣を作ったのは私なのですよ。この国は魔王城から遠く平和だ。だがその分平和ボケしている。明日は我が身だというのに……とにかく、応援していますよ」
「ありがとうございます!」
そうして。僕らは大臣から軍資金を受け取り城を出た。
朝から呼び出されてのもあって、時刻はまだお昼前だ。
袋を握りしめたアナリスが明るい声で話しかけてくる。
「カルダノ、こんなにお金あったら十分でしょ!」
「うん、そうだね。食料だけ買ったら出発しようか」
色々あったものの、こうしてやっと僕達の冒険が始まるのだった。