魔族との遭遇
森は結構広いようだが、太陽の光は十分に差し込んでいる。そして、森に入り少し進んだところで誰かが立っているのが見えた。
「アナリス、あれは人じゃないのか?」
「私の勘では人じゃなかったんだけどなぁ」
そう話していると、向こうに立つ者もこちらに気がついたようで、こっちに歩いてきた。
「こんにちは。お二人とも、こんなところでどうされたのですか?」
話しかけてきた者は男性のようで、金髪で端正な顔立ちをしている。見た目は若く、背も高い。白いローブに身を包んでいる。
「先ほどまで、畑の魔物を討伐してまして。この森にもいないか確認しにきていたんです」
僕はすかさずそう答えた。
「そうでしたか。ご苦労様です」
「いえいえ、ではこれで」
そうして僕が村へ戻ろうと歩き始めたとき、アナリスは逆に男の方へと歩いていった。
「あなた、ここで何してたの?」
彼女は真剣な顔で男にそう言いながら銅の剣を抜き、その男の方へと向けた。
「どうしたのですか、急に剣なんて抜いて」
男は少し戸惑った様子を見せる。
「おい、アナリス……」
僕は彼女を引き止めようとした。いきなり人に剣を向けるなんて普通ではない。どこからどう見ても彼は人に見える。それに、仮にアナリスがこの男を魔物だ確信しているのだとしても、今は戦うよりは引き返して報告するべきだ。
「何で人間のフリなんてしているの?」
アナリスは続けてそう問いかけた。
「何で……」
男がそう呟いたとき、男の雰囲気が突如ガラッと変わったように僕には感じられた。何だかまずい気がする。
「連れが突然すみません。人に剣を向けるなんてどうしたんだよアナリス。さあ、はやく帰ろう」
僕はとにかくこの場を離れるために後方からそう呼びかけた。すると、男は赤い瞳をこちらに向けて口を開いた。
「君も私のことを警戒しているようだが?」
僕の考えがバレたのか……それよりも嫌な予感がする。だが、動くことができなかった。
そうしていると、金髪の男は話し続けた。
「私のことを人でない認識できる奴は余りいないのだが……ここで消しておくか」
男がそう言い放った瞬間、アナリスは銅の剣を男へと振りかぶった。
男は右手でそれを掴んで受け止め、握りつぶした。銅の剣は粉々に崩れ落ちた。
「えっ!」
アナリスは驚いた表情を浮かべて、距離をとった。
僕は鋼の剣を抜き、アナリスに向かって投げた。
「受け取れ!」
アナリスは頷くと、銅の剣の柄を男の方に投げ、鋼の剣を受け取るや否や飛び掛かり、男へと剣を振り下ろした。
男は銅の剣の柄を払い除け、振り下ろされた剣を再び手で難なく受け止めた。その身体能力は明らかに人間離れしていた。
……剣を手で受け止めるなんて、あの男は普通じゃない。しかし、このままでは全滅だ。今できることは……
そう考えているときわ僕はトランプを持っていることに気がついた。そして、僕はトランプを1枚手に取り男へと投げつけた。トランプは回転し、男の顔へと飛んでいく。
男は顔を少し傾けて、それを避けた。
そして間髪いれず、もう一枚トランプを投げた。
もう一枚のトランプは大きく右回りにカーブし、男の右後方へと飛んでいく。そして、そのトランプはブーメランのようにこちら側へと軌道を変え、男の首へと飛んでいく。
「何っ!?」
男はトランプの方を見、そしてそれを受け止めようとする。
男が左後方を見たその瞬間、アナリスも剣を握りしめ、男へ向かって力一杯に突いた。
男はトランプを指で受け止めながら、体をそらした。しかし、アナリスの剣は男の身体をかすめた。服の剣がかすめた箇所は少し破けているようだ。
男は破けた箇所を手でおさえながら、僕の方を見た。そして、指で挟んでいたトランプをぐしゃりと握りつぶした。
「こんな紙切れを臆面もなく投げていたとはな。少し警戒しすぎたな……おかげで少し傷を負ってしまった」
「お前が言う紙切れだって、使い方次第でいくらでも応用が効くものだよ」
僕はそう言って身体を後ろへ向け、1枚のトランプを思い切り投げ飛ばした。
「何をしている?」
「いま投げたトランプには、救援要請を書いておいた。人間の姿をした強力な魔物がいるとね。僕たちに手こずってたらもっと面倒なことになるよ」
「ほぉお」
その男はこちらをまじまじと見つめる。
「本当に救援要請したかどうかは怪しいが……良いだろう。遅かれ早かれ俺の存在は王国へと伝わる予定だった。貴様らが伝えるならそれでいい」
男はそう言うと、こちらに背を向け森の中へと消えていった。僕とアナリスはそれを追撃することなく、黙って見ていた。
男の姿が見えなくなり少しして、アナリスは地面へと座り込んだ。
「はぁ〜、危なかったねぇ」
彼女は疲れた様子を見せているものの、いつもの笑顔でこちらを見ている。
「まったく、君が余計なことに首を突っ込むからだよ。戦えない僕がパーティーにいることを忘れないで欲しいよ」
「カルダノも凄かったじゃーん、かっこよくトランプ投げてさ」
「あんなの、攻撃にならないよ。あいつが警戒してくれただけで、そもそも防ぐ必要なんで無いんだ」
「じゃあ、もっと強いトランプ投げれば良いじゃん!」
「そんなトランプ売ってないよ……」
「頭硬いね、そんなの作れば良いんだよ」
「はぁ」
お互い緊張状態から解放され、ほっとしている様子だった。もしあの男が本気で襲ったきていたなら、恐らく僕もアナリスも死んでいただろう。あれは、大金をかけているときとはまた違った緊張感だった。
「ところでさぁ、救援要請なんて良くすぐに出せたね」
「ああ、あれね。嘘なんだ」
「えっ! そうなの!」
「書く暇なんてなかったしね。でも遠くまで投げたのは本当だよ」
「じゃあ、そのトランプ探しに行こうよ」
「いや、直ぐにこのことを報告しないと。王国の近く、ましてや村のこんな側にあんな魔物がいるなんて緊急事態だからね」
「それもそっかあ」
アナリスは立ち上がった。そして、少し歩くと地面に落ちている何かを拾った。そして、それをじっと見つめている。良く見ると剣の柄のようだ。
「この剣、砕けちゃったんだよね……」
そう呟く彼女は少し寂しそうに見えた。すると、アナリスはこっちを見て口を開いた。
「カルダノの言う通り、この鋼の剣を使うことにするよ。あの剣にはちょっと負担が出かかったみたいだし」
「……そうだね」
僕はアナリスの元へと歩み寄り、鋼の剣の鞘を渡した。彼女は鋼の剣を鞘にしまい、腰に帯びた。
「アナリス。折角だからその剣の柄、おいとかないか」
「おいとく?」
「うん、僕らの初めての戦闘の記念に」
そう言うと、彼女は笑い出した。
「カルダノからそんなこと言い出すなんて珍しいね」
「……まぁ、確かに」
そうして僕らの初めての討伐依頼は終了したのだった。