化物
バオグゥは森の中をこれまでにないほどの速さで走っていた。彼の身体中にはいくつもの矢が突き刺さっているが、それを抜くこともなかった。
ペルが何者かの手によって拐われたからだ。
それはほんの一瞬の出来事だった。バオグゥがたまたまペルの様子を見に行った先でペルが捕まっていた。馬車に連れ込まれる瞬間、バオグゥはペルを助けるためにとっさに馬車へ飛びかかろうとしたが、突然数多の矢を打ち込まれて僅かに足を止めてしまったのだ。
「お前ら……この矢は」
バオグゥの体に何本も刺さっている矢には猛毒が塗られていた。しかしバオグゥはすぐに体勢を立て直し、馬車を追おうとする。
「おいおい、話には聞いていたが本当に不死身なのかよ」
バオグゥの前に鋼鉄全身甲冑を着た戦士が立ち塞がった。
「邪魔だ」
バオグゥは拳を戦士に叩き込むも、戦士は鋼鉄の斧でバオグゥの拳を受け止める。
「おいおい、マジかよ」
戦士は僅かに痺れる手を周囲の兵士たちに悟られぬようにしながらも、そのあまりの力に驚きを隠さなかった。
「はぁ〜足止めって聞いてたんだけどな」
戦士は斧を構えて、再びバオグゥと対峙する。
「どけ。今の俺は貴様らの命を奪うことになんの抵抗もない」
「そりゃできねぇな。先に進みたきゃ、俺たちを皆殺しにでもするんだな」
戦士はあえて一歩下がる。またいくつもの矢がバオグゥめがけて放たれる。矢がバオグゥに当たるかと思われた瞬間、バオグゥの地響きのような咆哮が全ての矢を弾いた。
「クソ、化け物が!!」
戦士がバオグゥめがけて斧を振り下ろす。だが、それより早くバオグゥの拳は今度こそ戦士の腹部を捉えた。戦士の腹から下が歪にひしゃげ、視界から消えるほど遠くへ吹き飛ばされた。その光景を見た周囲の兵士たちは恐怖のあまり逃げ出してしまった。
「待ってろ、ペルッ」
そうしてバオグゥはペラを探すために馬車を追っていた。
しばらく走っていると馬車を見つけることができた。しかし、馬車に乗っている兵士たちが放つ毒矢のせいで、受けるたびに足が僅かに止まる。その度にまた馬車が遠のいていく。
「くそ、なんでこれで死なないんだよ!!?」
「竜でさえ半日は動けなくなる毒なのにッ……化け物が!!」
バオグゥは馬車の上の兵士たちの後ろに、手足を縛られたペルの姿を見つけた。
「うおおおおおおおおおッ!!」
バオグゥは周囲の木を無理矢理引き抜いて、槍を投擲するように馬車の方向へ投げた。放たれた木は馬車の前に落ちて、道を塞いだ。いきなり落ちてきた木に怯えた馬が止まり、バオグゥはその僅かな間で距離を詰めていた。兵士たちの頭を怒りまかせに握りつぶしては、放り投げる。そうして、やがて森の中で生きている人間はペルだけになった。バオグゥは気を失っているペルを抱き抱えて、住処へと戻るのだった。