生活
「わぁ、すごいねバオグゥ」
あれから順調に体が回復してきたペルは、バオグゥが狩ってきたボアモォスのサイズに驚いていた。
「これでも小さい方だな。前はもっとでかいやつもいた」
「そうなんだ!!」
ペルは肩あたりで切り揃えた金髪をふりふりさせながら、年相応の無邪気な表情を見せていた。
「しかし、もうそんなに動いて大丈夫なのか?」
「うん、傷はしっかり治ってるし、歩くくらいなら全然平気」
最初こそペルは丁寧でよそよそしい口調だったが、何もしないでいるのも悪い、何かさせてくれとバオグゥに頼み込んで共に生活するうちに、口調も砕けてきた。今ではバオグゥの住処の掃除や道具の手入れ、料理の手伝いなどをするようになった。
「まあ俺は命恩人だしな。タダ飯食わせるつもりはないぞ」
「またまたそんなこと言って〜」
バオグゥとペルは2人でボアモォスの下処理を終わらせた。そして、川で体を洗い流す。ペルは川や湖を見ると目を輝かせてはしゃぐ。その一方で絹のような柔らかく光る肌に残る大小のさまざまな傷と、どんなときでも肌身離さず身につけているペンダントを見るたびに、並大抵ではない人生を過ごしてきたのだとバオグゥは察していた。
「ねぇ、今日は僕に料理作らせてよ」
「人間のお前に俺を満足させられる品が作れるのか?」
「大丈夫大丈夫。結構自信あるんだから」
ペルはニィっと笑った。
彼らは体を洗い流し終えて住処へ戻った。バオグゥは住処の中で調理場でペルが料理を作り上げるのを待っていた。彼は今の煩わしい生活を気に入り始めていたが、同時にずっと続くものでもないと、心のどこかで思っていた。ペルは旅人で、いずれまた旅立つだろう。そして、人間とオークがずっと一緒に生活ができるわけもない。彼がここを出て行ったとき、寂しさを感じてしまうであろう自分を想像して、わざわざオークになってまで1人で生きていきたかったのになと自嘲する。
「おまたせ、さぁご覧あれ!!」
ペルはボアモォスのステーキであったが、山菜が彩よく添えられ、何やらソースのようなものがかけられていた。バオグゥにしてみれば上品に盛り付けられたそれは、少し食べてしまうのももったいないとさえ思えるものであった。人間ならば切り分けて食べるサイズの肉を、彼は大きな口を開けて食べる。
「う、美味いな……!!」
前世で稀に他人や組織の金で食べることがあったいわゆる高級料理と呼ばれる類に近い、繊細かつ芳醇な豊かさが口から全身に広がる感覚。こちらの世界で口にすることがなかった味に彼は思わず口元を綻ばせた。
「そうでしょう、でしょ!!」
バオグゥの反応を見たペルは誇らしげな笑みを浮かべる。
食事を終えたバオグゥとペルは陽が沈むまで休んだ後、湖にある小屋まできた。彼らは湖で水を汲んだ小屋の中に入り、ウォムストーンに水を少しずつかける。バオグゥはペルと入る際は彼の様子を見ながら温度を少しずつ上げるよう調整する。少し経つとペルの額から汗が流れだしてくる。バオグゥとしては物足りないが、これ以上は人間には耐えかねる温度になってしまう。ペルの体からは汗がだらだらと流れて、無言で熱に耐えていた。食事のときとは違い、互いに何も喋らず、息を吐く音だけが聞こえてくる。やがて、ペルはたまらなくたって先に小屋の外飛び出る。
「もう限界〜」
汗を素早く流し、彼は体を湖の中へ放り込む。最初はその冷たさに体に力を込めるが、徐々に力を抜いて四肢を漂わせるように広げた。
「あぁ、気持ちいい」
一方バオグゥはウォムストーンに水をかけ、小屋内の温度をあげていた。
「これだよ、これこれ」
彼の強靭な肉体が求める熱は、人間にとっては耐え難いものゆえにペルが先に出るのを待っていた。やがて彼の内側の熱がピークに達し、小屋から出る。バオグゥが湖に入る頃にはペルは着替えて木の長椅子の上で体を伸ばし、横になっていた。ペルの表情は長い道のりを走り切ったようで、それでいて柔らかな笑みを浮かべていた。
バオグゥも湖からあがり、ペルのすぐ側で寝転ぶ。妖精たちの笑い声と星の光と夜風の冷たさが火照った彼らを心地よく冷ましていく。
「星が綺麗だね。今まで考えたことなかったな」
「いいだろう?」
「うん、最高」
ペルは長椅子の上で、上体を起こしながらバオグゥに顔を向ける。
「どうしよう。いっそずっと、ここに住んでしまおうかな」
「おいおい。住むんだったら自分の家は自分で建ててくれよ」
「ふふ、冗談だよ……うん」
耳にかかる金色の髪をかきあげながら、ペルは湖を眺める。
「ずっと旅してきたからさ。久しぶりなんだ。ずっと同じ場所にいるの」
「いいのか?こんな化け物がずっと側にいちゃ怖くて1人で用も足せないんじゃないか」
「別に。ずっと怖い化け物たちを見てきたから。それに君が化け物なら僕はとっくに死んでるよ」
「ふん、太らせて食っちまうかもしれないぞ?」
「僕がいくら太っても、君の一口にもならないよ」
「そうか。それもそうだな」
「そうそう。だからさ」
ペルはバオグゥの側まで近づき、真隣に寝転んだ。
「まだここにいてもいいよね」
ペルはバオグゥの顔を見なかった。ただずっと遠くで輝いている星々を見つめていた。
「そうだな」
バオグゥもじっと星を眺めていた。
「タダ飯食いはいらないからな」
流星が一瞬、ひときわ強く輝いて、星々の光の中に消えていった。
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