邂逅
オークのバオグゥはその背丈の3倍を優に超える獣ボアモォスと対峙していた。ボアモォスは槍のように鋭い2本の牙をバオグゥへ向け突進する。バオグゥはそれを避けることなく、彼に向けられた牙を掴み、砲弾のような勢いの突進を簡単に止めてしまった。周囲の木々はその衝撃に大きく揺さぶられ、朽ちかけた木はへし折れる。ボアモォスがバオグゥを突き飛ばさんと、鉄柱のような脚で地面を蹴り飛ばすも、大きな地響きが鳴り響くばかりで、目の前の敵はびくともしなかった。
「悪いな。すぐ楽にしてやるから」
バオグゥは長い年月をかけて育った丸太のような腕に力を込める。その腕はボアモォスの眉間へと振り下ろされ、ダイヤモンドが砕かれたような音を立てる。ボアモォスは糸が切れたように大きな音をだし、倒れた。
「さて、と」
バオグゥは倒れたボアモォスを引きずり、住処へと帰る。彼の拠点はオークらしかぬ場所だった。木漏れ日が指す場所に人間の家のような丸太で組まれた家があった。そこから少し離れた場所に調理場があった。本来オークならば獣の生肉など強力な胃液で消化してしまう。彼もまた例外ではないのだが、前世の記憶がオークらしかぬこのような場を生み出していた。
ボアモォスの皮と身を器用に切り分ける。すぐに食する肉以外は日干しにしたり、仲の良い氷の妖精の元で冷凍してもらって鮮度を保つ。
骨は近くの川で丁寧に洗い、これもまた保存する。武器など何かしらに使えないかと思っているのだが、未だにつかったことはない。しかし、貴重なものらしくこの森を通る旅人や商団、近くの村の住人などにボアモォスの毛皮や骨を譲り、香辛料や塩などを分けてもらっている。
バオグゥは肉を巨大な岩の上にのせる。岩の下には水をかけると熱を発するウォムストーンが敷き詰められており、水をかけていくとウォムストーンは赤く熱を帯びていく。やがて岩の上にのせた肉は小気味よく油を弾かせて、嗅覚を刺激し始める。パラパラと程よく香辛料を振りかけ、しっかりと焼き上げ、食事は完成した。
彼は食事を済ませ、先日旅人から譲って貰った本を読む。ゆっくりと時間が過ぎる感覚が彼には心地よかった。
それから、夜になると森で1番大きな湖へいき、そこから水を汲んで水辺の近くの煙突がある小屋の中へと入る。小屋の中心には小さなウォムストーンが積まれており、そこへ少しずつ水をかける。すると熱はあっという間に小屋の中に充満していく。彼は少しの間、何もせず小屋の中でじっと座っていた。そして、湖の水をかけて汗を流してから、湖の中へ入る。程よく冷たい水で体を冷まし、水辺で横になる。夜空は星々の光が輝き、そこらへんからは戯れる妖精たちの笑い声が聞こえる。バオグゥは目を閉じて夜風を浴びた。
前世で不遇の死を遂げ、ガイアースに転生したバオグゥはさまざまな恩恵を与えられた。人間になる選択肢も与えられていたが、彼はあえてそれを選ばなかった。ただ1人で静かに暮らす。それさえできればよく、ゆえに他の種族から忌み嫌われるオークを選んだ。そして、同じような生活が繰り返し続いても、彼は満足していた。
だが、ある日のことだった。
バオグゥが森の中で狩の獲物を探していたとき、人間の争う声が聞こえてきた。あまりにも珍しいことであったので、彼は声が聞こえる場所まで気づかれないよう移動する。
彼が見たのはボロボロのマントを被った人間を、武装した複数の人間が取り囲んでいる光景だった。盗賊に襲われているのだ。ボロマントの人間の太ももには矢が刺さっており、木を背にして立つのがやっとといった様子であった。よく見ればボロマントの人間は何かを守るように、大切に握りしめており、耳をすませばそれを盗賊の頭らしき男がそれを要求していた。
「ざまぁないな。それさえよこせばケガせずに済んだのになぁ!!」
盗賊たちはボロマントの人間との距離をジリジリと詰めていく。ボロマントの人間はさらにより強く、体で包むようにそのペンダントを胸元で握りしめた。
バオグゥにとって他人の生き死には些細な問題だが、森の中に盗賊が住みつくことや、襲われて殺されてしまうといった風評が流れれば今の生活に支障をきたす。そう予測した彼はひとまずボロマントの人間を助かることにした。
「おい、盗賊共。そのへんにしてくれないか」
バオグゥは自分に注意を向けさせるため、あえて声を上げた。盗賊たちはいっぺんに視線を彼へと向ける。盗賊の頭がなんだと言う前に、部下の1人が十字弓から矢を放つ。しかし、その矢はバオグゥの体に当たる前に、彼の掌が掴み、へし折った。
「なんだ、なんなんだこの喋るオークはっ!!?」
「怯むんじゃねぇ!!……こりゃ強いぜ。距離をとって撃ちまくれ!!それまでは……俺がやる」
盗賊の頭らしき人物は突然の事態に動揺しつつも、狼狽える部下を下げさせながら剣を振り上げバオグゥへ振り下ろす。
「見事だ。だがな」
バオグゥは振り下ろされた剣をつまむように握り、そして砕いた。盗賊の頭はそれに驚いた次の瞬間、鉄の獣に体当たりされたかのような衝撃が体をめぐり、吹き飛ばされた。彼を心配する部下たちの声が聞こえるが、地面に倒れた彼はすかさず「クソァ!!うて、うちまくれ!!」と叫ぶ。
複数の矢が放たれ、今度はそのすべてがバオグゥの体に突き刺さった。
「クハハハ、なんだ当たんじゃねぇか!!」
痛む体を起こしながら、盗賊の頭は歓喜の声を上げる。しかし、はやくもその目には信じられない光景が映った。
バオグゥは突き刺さった矢をゆっくりと、これみよがしに引き抜いていく。そして、矢が突き刺さっていた傷はすぐに塞がり、まばたく暇もないほどに間に治ってしまった。
「どうなってんだよォ!!クソがぁ!!?」
「俺は……不死身のオークだ」
バオグゥは盗賊たちへ高圧的で、しかし紳士的な声で語りかけた。
「このとおり、お前たちの攻撃なんぞ無意味だ。はやくこの森から出ていけ。そうすれば命は奪わないと約束しよう」
盗賊たちは頭を抱えながら、走り去っていった。
「さて」
バオグゥはボロマントの人間に近寄る。まだ大事そうにペンダントを握りしめて、体を震わせていた。
「怪我をしているな?」
バオグゥの声にボロマントの人間はビクッと体をさらに大きく震わせた。
「無理もないか。だが、そのまま傷を放っておけば危ないんでな」
バオグゥは膝をつき、ボロマントの人間の脚を見る。まだ矢が突き刺さっており、その傷は痛々しい。
「近くに安全な場所がある。無理矢理になるが、そこまで連れていくぞ」
バオグゥは大きな腕でボロマントの人間を優しく抱き抱え、急いで彼の住処まで運び、ベッドの上にボロマントの人間を寝かせる。その意識はすでに朦朧としており、息も弱々しくなっていた。バオグゥは森の妖精や近くの人間から譲って貰った薬草や薬を使って、数日その人間を見守っていた。
やがて、容体が回復し人間が目を覚ます。
「ここは……」
「目が覚めたか?」
人間はバオグゥの姿に気がつくと慌ててベッドから降りて逃げようとしたが、矢を受けた脚が動かず床に落ちそうになる。
「おっと、まだそんな激しい動きをしちゃダメだ」
バオグゥは優しく人間を受け止め、再びベッドの上に戻した。
「……貴方が助けてくれたんですか?」
「まぁ、そういうことだ」
「そうか……。申し訳ありません。恩人に対して、こんな無礼な振る舞いをして」
「いや、気にするな。誰だって俺を見ればああなるさ」
「感謝します。僕は……ペルと言います」
「そうか。俺はバオグゥだ。傷が癒えるまで、しばらくここにいるといい。それと、あんたのペンダントはそこにあるからな」
バオグゥはペルのすぐ側にあるペンダントを指差した。
「ああ……ありがとうございます」
「そんなに感謝することはないさ。ただ、この森で人間が死ぬと俺が困る。それだけさ」
「いえ、あなたは恩人です。ほんとうに、ほんとうにありがとうございました」
ペルはペンダントを握りしめ、まだあどけない目に涙を滲ませた。
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