16.なかった発想
私は、フレイグ様の部屋の前まで来ていた。彼の部屋は、執務室と自室の二つがあるらしい。ここは、執務室の方だ。
エリ―ナさんから、こちらにいると聞いたのだが、よく考えてみるとそれはまだ彼が仕事をしていることを意味している。
色々あったのに、まだ仕事をしていたとは驚きだ。いや、色々あったからこそ、仕事をしているのだろうか。
「なんだ?」
「あの、アーティアです」
そんな彼の執務室の戸を遠慮がちに叩くと、中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
とりあえず、部屋にはいるようだ。後は、話をするだけである。
「どうかしたのか?」
「少し話したいことがあって……」
「……入ってくれ」
「失礼します」
フレイグ様の許可を得て、私は執務室の中に入った。
部屋の奥の机の前に、フレイグ様はいる。何やら書類が机にあるため、やはり仕事中だったようだ。
「それで、何の用だ?」
「その……夕食のことなんですけど」
「夕食? 何か問題でもあったのか?」
「い、一緒に食べませんか?」
「……何?」
私は、単刀直入に要求を話すことにした。
回りくどいことを言っても、時間がかかるだけである。そのため、最初に結論を話すことにしたのだ。
そんな私の言葉に、フレイグ様は驚いたような顔をしている。突然こんなことを言われたのだから、それはそんな顔もしたくなるだろう。
「せっかく婚約者になったんですから、食事くらいはご一緒しませんか? 一人で食べるより、二人で食べる方が楽しいと思いますし……」
「……」
私の言葉に、フレイグ様は考えるような仕草をした。それは、私の要求を吟味しているということだろうか。そんなに吟味する必要があるとはあまり思えないのだが。
「そうか。確かにそうかもしれないな……」
「え?」
フレイグ様は、あっさりと私の要求を受け入れてくれた。
それがあまりにもあっさりだったため、私は固まってしまう。なんというか、これはもっと難しいことだと思っていたからだ。
『……そうか。こいつにはそもそも、一緒に食事を楽しむという発想がなかったのか』
そこで、ラフードがそんなことを呟いていた。
一緒に食事を楽しむという発想がない。それは、一体どういうことなのだろうか。
『重ね重ねになるが、こいつは早くに両親を亡くしている。こいつの元に残ったのは、使用人二人だけだった。つまり、誰かと食事を楽しむということを忘れちまっていたのさ』
「……」
『まあ、俺がいた時もあるけど、その……色々と事情があってな。そんな風に食事を楽しむとか、そういうのはなかったんだ』
ラフードの説明で、私は少しだけ理解できた。
要するに、フレイグ様は何か考えがあったという訳ではなく、単純に思いついていなかったということなのだろう。
だから、要求も簡単に受け入れてくれた。そういうことであるようだ。




