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そらは黒い闇  作者: あおうま
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■■■のお話②

 

◇◇◇


 三時間目の生活の授業は図書室で読書の時間だった。

 先生を先頭にしてクラスのみんなで教室を出て図書室に向かう途中、あたしはいつも一番後ろを一人で歩いた。

 図書室に向かう道すがら、目の前のクラスの子たちは楽しそうに話していたけれど、当然のように誰も振り向いてあたしに話しかけてくれることなどなかった。


 図書室に着くと、みんなはそれぞれ好きに過ごす。

 友達どうしでウォーリーをさがせで遊んだり、歴史のマンガを読んだり、読む本を選ぶフリをしながらコソコソと楽しそうに話したりしている。

 あたしはいつも通りに、あたしの小さな体には不相応な大きな動物の図鑑を手に取って、周りに誰もいない離れた席に座った。


 小学校に入って最初の図書の時間、あたしが最初に読む本としてワクワクしながら選んだこの本はもう、あたし専用のものになってしまったように誰も選ぶことはなかった。

 あたしは汚いから、この本を触ったら汚れちゃうだとか、あたしの菌がうつるだとか散々言われてきた。


 だからあたしは四年生になった今でも、図書の時間にはこの本だけを選ぶようにしている。

 もし他の本を読んでしまったら、その本を読みたかった子が読めなくなってしまうから。


 けれど幸いなことにあたしは動物がとても好きだから、この図鑑を何度も何度も呼んでいることがぜんぜん苦痛ではなかった。

 どうせ一冊しか選ぶことができないのなら、むしろこの動物図鑑を選んで良かったと思ってる。

 本当はこの図鑑を読みたかった人がいたかもしれないし、そんなことを考えるのはダメなのかもしれないけれど。


 図書館の端でいろいろな動物を想いながら、一人っきりの読書の時間は過ぎていった。


◇◇◇


 給食の時間になると、班の人たちはみんなで机をくっつけて大きな四角をつくりはじめた。

 あたしは同じ班の人たちの机に触れないように気を付けながら机を寄せて、ランドセルにひっかけた布敷きを机の上に広げた。


 周りの子たちは多分お母さんの手作りの可愛いテーブルマットを広げていたけれど、私はお母さんからもらった布敷きと呼ぶのも笑ってしまうような、ペラペラの布をずっと使っている。


 自分たちが給食を配膳してもらえる番になるまでみんなとても楽しそうに話をしているけれど、あたしはもちろん一人黙って自分の番を待っていた。

 給食の時間はいつもとても複雑な気分になる。 


 ちゃんとしたご飯を食べられるのは給食の時だけなのですごく嬉しいはずなんだけど、あたしの家は給食費を払っていないらしいからこの時間が訪れる度に申し訳ない気持ちになる。

 みんなはちゃんとお母さんやお父さんがお金を払って給食を食べているのだろうけど、あたしは違うからみんなにバレないか怖くてたまらない。


 あれはたしか一年生の一学期だったと思うけれど、その時の担任の先生がお母さんに給食費を払って下さいって言いに家まできたことがあった。

 その時お母さんはとても怒っていて怖かった。

 そして先生に、だったらこの子には給食を食べさせなくていいって言っていた。


 あたしは給食が食べれないことよりも、ただただ怒るお母さんが怖かった。給食なんて食べれなくてもいいから、お願いだからお母さんを怒らせないでほしいって、俯きながらずっとそう思っていた。

 ずっと小さい時から、なによりもお母さんをイライラさせないことがあたしの中で一番大事なことだったから。


 だけどそれ以降もあたしは給食を食べることができている。誰がお金を払ってくれているかはわからないけど、多分お母さんではないだろうと思う。

 あたしのために払うためのお金なんてウチにはないだろうし、その分のお金もきっとパチンコに使いたいだろうから。


 配膳当番で牛乳を配る係りの子があたしたちの班までやってきて、みんなの机に牛乳を置いていく。

 その子から一番遠いあたしの机に向かって牛乳がポイッと投げられて、あたしの机の上を転がりながら床に落ちていった。


 最初はみんなそれを見ながら大きな声で笑っていたけど、今は飽きたのか誰も笑わなかったし、そもそもあたしの方を見ることすらしなかった。

 床に落ちた牛乳パックを拾い上げると角が潰れていたけれど、このくらいなら飲むのに問題ないから大丈夫。幸いなことにまだ一度も牛乳パックが破れて中身が零れたことはなかったから、すごい丈夫な牛乳パックの外側がとてもありがたかった。


 他の人とは違うところだらけのあたしだし、肌の色はどうしようとも変えられないのかもしれないけれど、身長は牛乳をちゃんと飲んでれば普通に近づけるかもしれない。

 牛乳を飲むと身長が伸びるらしいから、牛乳パックが破れて無駄になってしまうのはいやだし。


 あたしたちの配膳の番になって、立ち上がったみんなの少し離れた後ろを歩いて列に並ぶ。

 手に持ったトレイに雑に置かれる給食を見て、先週の金曜以来のまともなご飯に頬が緩みそうになるのを必死でこらえた。前に何度もニヤニヤしてて気持ち悪いと、みんなに馬鹿にされたこともあったから。


 あたしの席に戻って来て配膳が全部終わるのを静かに待ったあと、日直の子たちの号令で給食の時間が始まる。

 あたしは頭の中でさっきの図書の時間に図鑑でみた牛さんを想い、『いただきます』と感謝しながら給食を食べ始めたのだった。


◇◇◇

 

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