負けイベントやるのも意外に大変
俺は魔王国最高幹部、暗黒騎士のデイバーン。今日は魔王様に呼ばれたためそちらへ向かっていた。
身に纏っている漆黒の鎧が、歩くたびにその金属音を響かせる。そして、その音に気づいたものは皆、道を開け、壁際に寄って跪いた。
その歩みを阻むものは誰もいない。
俺の近づくこの音は、どうやら死を運ぶ音と噂されているようだった。俺はその響きを少し気に入っている。
玉座の間の前に来ると、重厚な真っ黒の扉がゆっくりと開いていく。
奥の玉座には圧倒的強者のオーラを放ちながら足を組んで座る魔王様。
彼の周囲にある濃密な魔力の満ちた空間、その重さすら感じさせる空間を俺は気にせず歩き、目の前に着くと跪いた。
「よく来たな。暗黒騎士デイバーンよ」
まさにこれこそが王、そう言えるほどに威厳に満ちた声が俺の頭に降り注ぐ。
「して、魔王様、本日は如何様なご用件でしょうか?」
「ああ。お前に来てもらったのは他でもない。ついに、勇者マリクが始まりの村を出た。それの相手をお前に頼みたくてな」
勇者マリク、代々勇者を務める家の長男。その才は歴代最高とも言われているらしい。
まだ勇者は経験を積んでいないから弱いはずだ。だが、歴代最高と言われるほどの才だ。念には念をということで私が送られるのもわかるな。
「かしこまりました。では、その勇者の首をすぐにお持ちいたしましょう」
「いや、首まではよい。ただ、死なない程度に叩きのめせ」
何だろう。何か深い理由がおありなのだろうか。
「殺してはならない、もしくは殺せない理由でもあるのですか?」
その問いに対し、しばしの沈黙の後、魔王様は楽しげな表情で口を開く。
「……そやつとは私が直々に戦わねばならん。だが、まだ準備は整っておらんのでな、そのための布石だよ」
やはり、歴代最高の勇者には何か特別な力があるのだろう。
それこそ、伝説の魔剣でしか殺せないとか、死ぬ度にパワーアップして蘇るとか。
魔王様が直々に戦う。しばらく無かったその言葉がどれほどの異常事態なのかを否応なしに伝えてくる。俺は、かけないはずの汗が背中を伝ったような気になった。
「…………さすが、歴代最高の勇者。そう容易には殺させてくれないということですか」
「いや?普通に殺せるけど。ただ、最近戦闘してないし暇だから自分がやりたいだけ。だけど、儂強すぎるからもうちょっと力つけて貰わなきゃなって思って」
え?そんな理由?ていうか、魔王様は無口であんまり話す機会なかったけどこんなキャラだったの?
「いや、そんな理由ですか?」
「そんな理由とはなんだ!暇は人を殺すんだぞ!!上司の命令だ。サポート役もつけるから何とかしてこい。できなきゃボーナスカットな」
いやいや、あんた人じゃなくて魔族だし。というか魔王じゃん。
だが、正直それは困る。ブランド物の鎧用の棘とか兜の羽とかもうボーナス払いで買っちゃってるのに。
「…………わかりました」
「よし、わかったらすぐに行け。既に場所は整えてあるし、飛龍で現場にお前を送り届ける手配もしてある」
俺はそのまま現場にドナドナされていった。
現場に到着する。遠目に怪しげな雰囲気の神殿のようなものがあった。
これが戦いの場か。なるほど、シチュエーションはいい感じだな。
そちらに歩き出そうとした時、誰かに呼び止められる。
「暗黒騎士様!そっちじゃないっすよ。こっちこっち」
誰だ?と思い振り返ると、そこにはちっこいガーゴイルがいた。
「お前は誰だ?それに、あれが今回の戦場ではないのか?」
「おいらはサポート役のガスケです。違いやすね。あれ、張りぼてのセットなんで。戦うのはあれが張りぼてだとわからない、ギリギリの位置にあるこの森です。予算がカツカツで本物は作れませんでした」
え?あれ張りぼてなの?確かに、よく見ると少し平面チックな気もする。
というか予算って何。戦闘専門だから知らなかったけど裏方ってそんな感じだったの?
なんか、どうでもよくなってきた。やることだけやって早く終わらせよう。
「…………わかった。俺は何をすればいい?」
「はい。すぐにここに勇者が来やす。予想より断然速いスピードで移動してて、こっちも焦って暗黒騎士様を送ってもらったんすよ。何とかセットが間に合って本当に良かった。
おっと、話が逸れました。暗黒騎士様は勇者と戦って死なない程度にやっちゃってくれればそれでいいっす」
なるほど、やることはシンプルだ。ボーナスのためにも頑張るか。
「やばい!今勇者を監視してるゴスケから念話が入りやした。勇者はもう目と鼻の先にいるらしいっす。じゃ、おいらは隠れてるんで後はお願いしやす。都度、魔王様に渡された指示出しのフリップ出しますんで」
そう言ってガスケは草木の中に隠れた。いや、あの魔王様が作るフリップってちょっと不安なんだけど。
だが、どんなものかを尋ねる時間は無いらしい。見える距離に勇者らしき剣を持った少年と、その仲間だろう杖を持った少女が現れた。
そして、彼らは俺の前に来ると立ち止まり、それぞれの武器を構えると口を開いた。
「誰だ、お前は!?」
チラッと視線を横に向けると≪ここで強者感を出して名乗る≫というフリップが出ていた。どうやら名乗っていいらしい。
とりあえずしばらくはフリップ通りに動こう。
『私は、魔王国最高幹部、暗黒騎士のデイバーン』
最近買った黒い靄の出るパーツのスイッチを入れ、鎧の周りに漂わせる。
これも高かったんだよなー。靄の詰替えパックもそこそこ値が張るし。
「暗黒騎士だと!?俺達を殺しに来たのか」
『そうだ。人間は下等な存在。目障りだ。ここで殺してやろう』
「そうはさせない!俺達はお前を倒して先に進む」
戦闘が始まる。なかなか強いが、俺ほどじゃない。殺さないように気を付けながら戦っていく。
そして、勇者が少し息切れした様子でこちらを睨む。
「くっ強い。なんでそれほどの強さを持ちながら良い事に力を使えないんだ。なんのために人間を攻撃する!?魔王は何をするつもりなんだ!?」
いや、暇つぶしらしいよ。それに、魔族基本脳筋だから平和だと暴れ出すし、そのガス抜きだろう。
というか、これ言っていいのかな?出されているフリップを見ると≪何かいい感じのかっこいい理由を言う≫と書いてあった。
いや、そこは具体的にしとけよ!!無茶ぶりにもほどがあるわ!
『…………奪うのだ。その大事なものをな』
例えば俺のボーナスとかね。
「ふざけるな!!そんなやつらに俺達は負けるわけにはいかない。こんなところで膝をつくわけにはいかないんだー!!!!」
勇者が凄い勢いで迫る。先ほどよりも明らかに早い。対応するため条件反射で振るった俺の剣は思ったよりも強い力が籠っていたらしい。
森の一部とともに勇者達も吹き飛ぶ。
土煙が張れると、勇者は剣を支えに何とか立っている状態であり、仲間の少女は頭を打ち付けたのか既に気を失っているらしかった。
やばい、ちょっと危なかった。フリップも≪死んだら給与一年分カット≫とか書いてある。
おい、ボーナスカットから増えてんじゃねえか!!ふざけんな、クソ魔王!!!
しかし、ここらへんで終わらせないと本当に死んでしまう気がする。とりあえず、最後の締めといこう。
チラッとガスケの方を見ると、彼も頷きフリップを出した。
≪最後に記憶に残る決め台詞を≫
いや、最後も無茶ぶりかい!まあ、俺のインスピレーションを信じよう。
『ふむ。悪くはなかった。まだ殺さないでおいてやろう』
勇者はフラフラになりながらもこちらを変わらず睨みつけている。
それを尻目に俺は彼に背を向けて歩き出した。死を連想させるような金属音を響かせながら。
そして、言った。
『上がってこい。ここまでな』
どうよ!!これ、アドリブにしてはいい感じじゃない!?
最後にチラッと後ろを伺うと勇者は既に倒れ気を失っていた。
え?ちょ………さっきのセリフが独り言とか……めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど………………暗黒騎士の闇歴史とか響きはカッコいいけど絶対見せられんやつだからね。いやマジで
恥ずかしさに震える俺。
その鎧が奏でる音は心なしかいつもより気弱そうに聞こえた。
※下記は作品とは関係ありませんので、該当の方のみお読みください。
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