第7話 一目惚れ<2218.12.06>
中学の時からの同級生に寺尾君がいる。彼とは中学校が同じだっただけで、小学校までも高校から先も同じ学校に行くことはなかった。ただ、僕の専門学校と彼の大学は同じ電車での通学だったので、2年間は毎朝同じだった。今にして思うと、この通学がなかったら彼とその後友達として付き合うこともなかったのかもしれない。中学生の頃は仲がよかったものの、高校ではまったく友達として付き合うこともなかったので、まず付き合うことはなかったろうと思う。
これはかなり後になってからわかることなのだけど、寺尾君と高島さんは性別こそ違え、性格はまるで同じだったのだ。そう考えると、同じ電車で2年間通学した日々はすごく貴重の時間だったのだと今更ながら思う。得難い友人を得たという意味でもそうだし、この小説を書くうえでも彼の存在は非常に大きな意味がある。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
2218年の秋に、故郷に居る同級生の土居君に帰郷することを伝えた。また進学することなどの都合から帰郷までの間に頻繁に帰省することも合わせて伝えた。であれば、土井君の参加している社会人団体の公演があるので見にこないかという。普段はこうしたお誘いはお断りするのだけど、7年生活した東京を離れ帰郷するという高揚感からあっさり行くことにした。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
12月6日の公演に合わせて帰省した。実家から約40分の会場まで車を走らせた。当日は風もなく快晴だった。そうはいっても12月はやはり寒い。
到着した会場は学校よりは立派な体育館のような外観だった。既に親子連れが集まってきている。
独身の僕が入っていくには少々抵抗があるものの、団体に参加している土井君が来てと言ってきたのだからと歩みを前にすすめた。入口付近は少々込み合っている。受け付けがあって、女性スタッフ5人で受け付けをしていた。ゆっくり受け付けに近づいていくうちに、ひとり気になる女性が受け付けにいた。座っているので身長はわからないけど、綺麗な女性だった。残念ながら僕はその女性ではないスタッフに対応してもらって、料金を支払って引き換えにパンフレットを貰った。
パンフレットを受け取って、そのまま会場内に入っていこうかと思ったけど、その女性のことが気になって仕方がない。受け付けは相変わらず込み合っているので少しづつ後ずさりしながらその女性を見つめていた。しばらくの間受け付けと距離をとった位置でパンフレットに視線を落としたり、その女性を見たりしていた。といっても込み合っている会場で受け付けに座っている状態なので、ほぼ見えることはなかった。そうしているうちに、受け付けの女性のうち3人が席を立った。その中にその綺麗な女性も入っていた。何やら3人で話をしている様子だった。立ってみてはじめてわかったけど、結構小柄な女性で、見た目150cmくらいだろうか。そう思っていると、3人の女性は一緒に中に入っていってしまった。
また出てくるかもと期待を込めて思ってはみたものの、3人で話し合って中に入っていったのだから、その可能性は低いと判断して、自分も中に入ることにした。
中に入ってみるとやはり学校の体育館のようになっていた。ただ一般的な学校の体育館よりはだいぶ広い。そのためもあってか思いのほか寒かった。会場内を見渡すとあちこちにストーブが置いてあった。ありがたいけれど、暖かさをまったく感じることができなかったため、気休めにもなっていない気がした。
広い会場の真ん中にかなりの数のパイプ椅子が並べられていた。まだ座席は多くが余っていた。こうした場合、僕は決まって最後列に座ることにしている。それ以外の列に座ってしまうと、後ろに座っている人に僕が邪魔ではないかと気になって仕方がなくて落ち着いて見ていることができなくなるからだ。最後列に座ってもステージが見えなくなることはまずないので、困ることはない。ただ、音響次第では聞こえないか聞こえにくくなる場合もあるけど、落ち着かない座席に座るよりはいい。
幸い最後列は空いていたので、迷わず空いていた席に座った。
公演がはじまるまでにはまだ少し時間があるようだったので、さきほど受け付けでもらったパンフレットに再び目を通した。今日の公演内容についての説明が続いたあと、最後のページにスタッフの顔写真と名前、職業、年齢が記載されていた。
高島れいか、公務員、24歳
さきほど気になっていた女性の名前も職業も年齢も一気に分かってしまった。今では個人情報保護の観点からこうした掲載がされることはないのだろうけど、当時はまだ大丈夫な時代だった。手作りのパンフレットだったので、写真はあまり綺麗ではなかったけど、それでも彼女が写っている資料を貰えたのは嬉しかった。その最後のページの端に社会人団体シンキロウと記載があった。はじめて名称を知った。
公演がはじまった。そしてすぐに気づいた。自分の座席選択が誤っていることを。気になる女性がステージ上に立つ可能性まで気がまわらなかった。ステージまでは遠すぎでどんな表情しているのかはほとんどわからない。残念だけど、このまま最後までかろうじて彼女を識別できる距離の座席で見続けるしかなかった。でも声ははっきりと聞こえる。女性としては低い声だった。これには少々驚いた。もっとかわいらしい声を想像していたので、その違いに驚いたのだった。
やがてこの残念な状態のまま公演は終了した。
公演が終了したらしたで皆の動きも早かった。どんどん会場を外へ出て行こうとするため、さきほど入ってきた出入口は多くの人で混雑していた。
混雑してきている状態を眺めながら考えた。どうにかもう1度彼女を近くで見ることはできないだろうか。ステージに近づけばとも思ったものの、幕が引いてあるので行っても仕方なさそうだった。そう考えていると、さきほどの受け付けがあったあたりが少し騒がしくなった。一瞬何事かと思ったものの、あるいはとも思った。列の左よりに歩けば、おそらく出口に出てきている彼女達の傍を歩くことができる。でもそれだと近すぎて緊張してしまうし、かえって直視しずらい。なので、ここはあえて、列の右側を歩いて距離をとった状態で外に向かうことにした。
しばらく歩いたところで、さきほどの受け付け付近にまで来た。案の定彼女達はそこに居て、帰っていく人達を見送っていた。
ゆっくり、できるだけゆっくりと歩いて、彼女を凝視した。やはり綺麗な女性だった。綺麗だから好きになるというわけではないのだけど、身長の低い女性が好きなことやその醸し出される雰囲気がとても好意の持てる女性だった。なかなかすぐに女性を好きになることはないのだけど、この時は一目惚れだった。
駄目だ。もうこれはあれしかないと腹をくくって会場を後にし実家に帰った。
帰り着いてからしばらく時間を置いて土井君の携帯に電話を入れた。是非にも入団させてもらえないかと。そしてそのために必要な対応をお願いしたい旨を伝えた。彼の対応は実に早かった。翌日のお昼を僕と土井君と団体の代表と一緒に食事することになったのだ。
食事は実家のすぐ近くのお店ですることになった。このお店は某有名俳優の実母が経営するお店だった。ただ当時はまだ有名ではなかったので、その人の名前を聞いてもまったくわからず、その話を聞いても気にもならなかった。
代表には入団のお申し出をあっさり受け入れてもらえた。
これで彼女とお近づきになれると思った。ただ、この時の僕は彼女のことでとても重大なことを知らないでいた。