第3話 モテ期
男性なら女性にモテたいと誰でも思うもの。ただモテるというのがどういう状態なのかまるで理解できない男がいた。僕のことだ。
僕の子供の頃といったら、とにかく何もできない駄目な人間だった。勉強ができるわけでもなく、運動が得意なわけでもなく、気の利いたことができるわけでもない上に容姿がいいわけでもなかった。駄目過ぎて、粗相も多く、間抜けなところもあったのだから、異性から好意を持たれるわけもなかった。それだけならまだしも、2人いたきょうだいが僕とは真逆で、成績優秀で、容姿にも恵まれ、運動もできて、気の利いた振る舞いもでき、異性にもモテる。
ここまで駄目過ぎると悲観的な性格になりそうだけど、そうはならなかった。何故か自分に前向きだった。前向きだったというよりは、前向きにならないと生きていけなかったのだろうと思う。自分で自分を守るために、前向きだったのだろうと思う。子供なのだから、せめて自分の未来が明るいものであると信じることぐらいでしか正常ではいられなかったのだろうと思う。ただ前向きな性格だと理解できたのは大人になってからで、この頃はそんなことも理解できていなかった。
3人きょうだいの第一子だったから長子としてのプライドはあった。きょうだいには負けたくないと思う気持ちは人一倍強かったと思う。これほど残念な状況でどうやったらそんなプライドを持てるのか不思議でならないけど、そこは無駄に前向きな性格なのだから仕方がない。
子供の頃の僕は唯一数字にだけは強いと思っていた。数学(算数)は出来るほうだと思っていたのだけど、それが相対的にそうだったのか確認することもなかったので、本当にそうだったのか今でもわからない。そこはある意味流石だと思う。
駄目さも極めるといいこともある。自分の将来を迷わないし、迷いようもない。
高校は迷わず商業科に進学した。今にして思うと一応どんな選択肢があるのか考えてもよかったのではないかと思うけど、当時何一つ迷わず商業科に進学した。唯一数学だけが得意だと思っていたのだから迷いようもなかったのだ。
高校最初の家庭訪問で担任教師から入学成績はギリギリでしたとわざわざ言われたことを覚えている。何故それを両親の前で言われないといけなかったのか今でも不思議でならない。そんな成績で入学した高校で成績がいいわけもなく、1年生から補習を受けていた。
高校3年生になる頃どういうわけか突然異性にモテるようになった。何故突然そうなったのかは今でもわからないけど同級生の女子からも、下級生の女子からもモテるようになった。
文化祭でマイクのセッティングのために暗いステージ上にでて行くと、あちこちから僕の名前を呼ぶ女子の声が聞こえてくる。演奏するわけでも歌うわけでもないのに。運動会で走ってもあちこちから僕の名前を呼ぶ女子の声が聞こえてくる。選手でもないのに。10kmマラソンでも黄色い声援があちこちから聞こえてくる。先頭集団でもないのに。女子から名前を呼ばれたり「キャー」と言われる理由がまるで理解できないでいた。理由が分からないから嬉しさより恥ずかしさが勝っていた。だからモテているとも思っていなかった。
残念なことに、このまま特別なことは何もおこることなく卒業することになるのだけど、今だに何があってそうなったのか理解できていない。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
3年生になると進学先を大学か短大か専門学校かで悩んだ。でも、大学と短大では一般教養の授業があることを知ったことで、あっさり専門学校一択になった。ただこの時悩んだ三択(大学、短大、専門学校)が、将来僕の人生を大きく変えることになることをこの当時の僕は知らない。
高校からの進学先を専門学校にしたことで、圧倒的な学業成績を残すことができたわけで、高校3年の僕の選択は正しかった。高校までの学業成績がよかったら大学か短期大学を選択していただろうから、まったく違った未来になっていた。高校までの成績が良くなかったことが幸いした結果になったのだった。何が幸いするか分からない。