第2話 遠距離恋愛
専門学校からの就職は引き抜きだった。あちこちの企業が僕を指名して採用のお誘いがあったことは卒業してから教えてもらった。学業成績が学年トップというだけでなく、歴代でもトップだったことなどから、地元新聞が僕のことを報道したことの影響だった。
就職した企業の勤務時間は8時半から17時半だったものの、これはあってないようなもので日付が変わるまで働くとか、休日出勤は当たり前にあった。初めての勤務先だったので、それが普通だと思って働いていた。
2年半経ったある日、一緒に就職した同級生が突然退職することになった。この頃僕も本気で退職することを考えていたから、これには困った。10人ほどの小さい会社だったので、後に残った人への影響が大きくなることを考えると、どうしても自分の退職のタイミングを後にずらさざるを得なかったからだ。しかし何が幸いするかわからない。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
退職のタイミングを後にずらすことを決意したことで、転職先を考える余裕ができた。具体的にどこに転職するかを考えに考えた。
ある休日出勤の日の昼食。いつもなら出前をとるか近くの食堂に行って食事をするのだけど、この日はどういうわけか少し離れたファミレスで食事をすることになった。
(往復する時間を考えると1時間をこえるけど大丈夫なのだろうか・・・でもまあ副社長も一緒なのだから問題ないか)
ファミレスに入って座席に案内される途中で専門学校の同級生と目が合った。
「おー久しぶり。元気そうだね」
「布施君久しぶりだね。びっくり。こんなところで再会できるなんて。ちょうど連絡しようと思っていたところなんだよ」
「えっ、連絡?」
「そう」
「なんで?」
「布施君を雇いたいという人がいてそのことを伝えようと思って・・・」
「それは願ったり叶ったりだけど・・・誰?」
「東京の・・・」
「と、東京?・・・なんで東京なの?」
「東京の取引先の社長に布施君のことをお話したらどうしても採用したいと言われるものだから・・・」
「なるほど・・・いや、やっぱ分からないな・・・なんでそうなった?」
「でも転職したいんでしょ?」
「うん・・・えっ、そんなこと言った?」
「さっき願ったり叶ったりと・・・」
「あっ・・・」
「ま、ともかく折角だから1度電話だけでもしてみてよ」
「そっ、そうね、折角だからね。とにかく連絡してみるよ。ありがとう」
県外に就職するなんて考えたこともなかった。こうして、たまたま偶然の出来事が重なって東京の会社に引き抜かれて転職することになった。そんなことでもなければ県外に出ることなど考えられなかった。
日をおかずすぐに東京の会社の社長に連絡をとったらそのまま採用されることになってしまった。
「いつから東京にこられる?」
「えっ、そうですね。今携わっている仕事の区切りを考えますと、来年の4月からというでは如何でしょうか?」
会ったこともないのに採用されることになった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
その年の暮れに僕と同じ専門学校からひとりの女性が採用されることが決まった。採用されることが決まったその年の12月からその女性はアルバイトとして一緒に働くことになった。僕が卒業するときも同じだったのだけど、来年の3月に専門学校を卒業するまではアルバイトとして働いて、4月から正社員になるのだ。
これには困った。この女性が僕のタイプの女性だったのだ。迷ったものの、なかなか出会えない好みのタイプの女性だったので、来年の3月下旬に上京することをきちんと伝えたうえで交際を申し込んだ。でも遠距離恋愛になるのは嫌だからと何度も断られ続けた。
どれだけ断られたかわからないくらい断られ続けて、でも結局お付き合いしてもらえることになった。
お付き合いがはじまって非常に驚いたことがあった。彼女のお母さんの職場が僕の実家の道路向かいだったのだ。当時実家に住んでいたので、自宅の目の前でお母さんが働いていたことになる。
近距離でお付き合いできる期間が決まっているので、どうしてもお付き合いは濃密になる。わずか4カ月の間に2人の間では結婚する約束まで交わすほど関係は深まっていった。
そうして迎えた3月下旬ひとり上京することになった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
東京での仕事は楽しくて仕方がなかった。転職した東京での仕事は9時から17時までで残業もほとんどなく週休2日なのに、給料は2倍以上に増えていた。
それよりもなによりも、何も行動を管理されることがなかったのには驚いた。田舎で働いているときには毎日朝礼でその日の予定を発表する必要があるなど、厳格に行動が管理されていたのとは対照的だったからだ。あまりに仕事が楽しすぎて、仕事をさぼることは1度もなかった。それほど楽しくて仕方がなかったのだ。
仕事は楽しく、プライベートでも彼女との交際が順調で充実した日々を送ってはいた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
彼女と結婚の約束をして上京してはきたものの、それから具体的に話が先にすすむことはなかった。彼女は地元を離れたくないという。早くにお父さんが亡くなっているので、お母さんのことが心配だというのだ。僕の立場からすると、彼女には姉兄がいるのだからと思ってはみても、そこまでは言えなかった。でもずっとそうした彼女の考えが変わらないとなると、彼女と結婚する方法は僕が帰郷する以外にないことになる。
仕事は楽しくて仕方なかったし、東京での生活は刺激的だったのだから、帰郷したいとは少しも考えられなかった。
遠距離でこうした立場や考え方の違いが時間とともに二人の関係を変えていってしまった。
上京した翌年の秋になる頃、彼女から手紙が届いた。長い手紙だった。
すぐに帰省して彼女に連絡をしてみたものの、会ってもらうこともできなかった。
結婚することを決めた女性と別れるのは本当に辛かった。
25歳の冬はひとりぼっちになった。