第7話 三峡寨の攻防
泉州を出ようかというところで、三峡寨の配下がこちらに向かい走ってきた。
「副寨主、大変です!」
「三峡寨が宋軍から襲撃を受けています。」
俺は耳を疑った。
寨の東は川と切り立った岸壁、西は深い山林で囲まれているから、大軍で攻めることは出来ないはずなのだ。
天然の要塞だから、仮に攻められても落とされることはないだろうが。
「敵将は誰だ?」
俺は質問を投げかけながらも、寨へ向け馬を走らせる。
敵将は楊文広。
岳飛の槍を取り戻すと息巻いて、少数の兵で挑んできたという。
寨に着いてみれば、予想通り宋軍は東側から侵入していたから、俺は山林から三峡寨に入ることにした。
「大兄、状況を教えてくれ。」
俺を見るなり、大兄が走り寄ってくる。
「おう、戻ったか。すまんな。」
「早速だが、宋軍が東の門まで到達している。」
「兵力は200人といったところか。」
配下が寨内と周辺の地図を広げる。
「川を渡り崖を行くのだから、それが精一杯と言うところだろう。」
「兵力では勝っているが、どう戦う?」
大兄は、困った表情を見せながら答える。
「寨を滅ぼすつもりはないようだ。」
「岳飛の槍を返して欲しいだけだから、一騎打ちしろと申し出ているのだ。」
「本当かどうかも怪しいが…」
ここで俺が割って入る。
「槍の持ち主は俺だ。」
「一騎打ちと言うなら、相手をしてやろう。」
「心配はいらない。楊文広が一人で出てきたことを確認してから、申し出を受けよう。」
しばらくすると、宋軍の中から立派な槍を持った男が馬に乗り進み出てきた。
それを確認すると、俺も瀝泉槍を手に門から出て行く。
「俺は副寨主の墨小風だ。」
「楊文広だな、勝負に勝てばこの槍をお渡ししよう。」
瀝泉槍は6メートル近くの大槍。
十分に修練も積んでいないから、初めの三手に賭ける作戦でいこう。
「副寨主が相手か、良いだろう。」
「それでは参るぞ!」
先に動き出したのは楊文広だが、リーチはこちらが上だから、まずは俺の一撃が彼を襲う。
しかし、簡単にかわされた。
この時点で、彼が達人であることは分かった。
二撃目は受け流そうとする。
だが、この槍は瀝泉槍、受けきれずそのまま吹き飛ばされた。
踏ん張って堪えたところへ、渾身の三撃目を放つ。
受けきれないと分かっているため、今度も華麗にかわした。
「ぐっ!」
かのように見えたが、彼の横腹が切れて鮮血が流れる。
三撃目は俺の全力だったのだ。
簡単にかわせるはずはない。
しかし、傷を負ったままこちらへ向かってきた。
楊文広の攻撃範囲に入る頃には、俺は瀝泉槍から手を離していた。
鋭い突きが連続で放たれてくるが、内力を込め徒手で受け流す。
「八法殺法!」
あえて百毒邪教は使わず、彼の攻撃の芽を摘み仕留めようとした。
すると突然、楊文広の姿が消えた。
「どういうことだ!?」
次の瞬間、後方から槍が迫る。
それをすんでのところでかわし、振り向きざまに彼の腹に一撃を与える。
「ぐぬぅ!」
先ほどの傷口から大量の血が噴き出す。
「なんと、俺の仙術をかわした者は初めてだ。」
しばらくうつむいていたが、顔を上げると苦しそうに口を開く。
「八法殺法か、見たことも聞いたこともない技だ。」
「山賊の手に瀝泉槍があることは許せないが、墨副寨主ほどの腕前なら、他へ渡ることもないだろう。」
宋軍の配下が駆け寄ってくる。
「当面は預けておく。また会おう!」
そう言うと、楊文広は退却していった。
宋軍は嫌いだが、戦いを通じ彼はきっと好漢だろうと感じた。
別の形で出会えば、友になれたかもしれない。
しかし、この出会い方も必然なのだろう。
名門どころか、邪派と言われる俺は好漢と友になることなど叶わぬ夢なのだ。
邪教の秘宝編 完