第11話 人生に望むこと(後半)
何と、王承志が背後から襲ってきたのだ。
「墨殿!」
桜梅大侠が急いで駆け寄る。
阿月は悲鳴を上げ、その場にへたり込んだ。
「王殿、どういうつもりだ!」
二人は、すぐに彼を取り押さえる。
彼らに敵うはずもなく、あっさり縛り上げられた。
同時に、華先生が駆け寄り、俺の治療にあたる。
「はっはっはっ!」
「この機会をずっと、ずっと待っていた。」
「お前たちは知るはずもないが、俺は華山派の前掌門、王重陽の息子だ!」
またもや、飽きもせずに仇討ちか。
これこそが、血で血を洗う争いというやつだ。
それにしても、弟子に迎えた王承志は、ずっと恨みを抱えながら俺に師事してきたことになる。
何とも悲しいことではないか。
「阿月…仇討ちだけは、それだけはしないように言い聞かせてくれ。」
そう言い残した。
俺たちは子宝に恵まれなかった。
しかし、この歳にして奇跡が起こり、実は今、彼女は身ごもっているのだ。
俺が残した言葉は、子供に仇討ちをしてほしくない、そういう願いだった。
段々と意識が遠のいてきた。
目を開けると、見たことのある天井が見えた。
そう言えば、王承志に刺されたはずだ。
「俺は、助かったのか。」
部屋の中に目をやると、皆が揃って俺を見ていた。
阿月は寝台に寄りかかり、泣き崩れている。
「阿月、もう大丈夫だよ。」
「さすがは華先生だ。命を救って頂き、感謝します。」
しかし、どうも皆すっきりしない表情だ。
静寂の中、華先生が話し出す。
「ここで刺されたことは、不幸中の幸いだった。」
「設備も整っているし、すぐに処置できたから命を救うことが出来たのだ。」
「だが…刺された場所が悪かった。」
「残念でならないが、墨殿は二度と立ちあがることの出来ない体になってしまった。」
そんなはずはない、と体に力を入れてみる。
しかし、下半身が動かない。
彼が言う通り、神経がやられてしまったようだ。
それから数日の間、泣き暮らした。
「墨殿、これを使ってくれ。」
「きっと移動も自在にできるはずだ。」
華先生が用意してくれたのは、木で作られた車椅子だ。
車輪も木で出来ているから耐久性は低いし、雨天では出掛けられない。
しかし、それでも有り難い道具だった。
何より、その気持ちが嬉しい。
「華先生、お世話になりました。」
「俺は他人に良くしてもらうことがなかったけど、狐山派はいつも味方でいてくれる。」
彼の隣にいた林友侠が前に出る。
「王殿のことだが、本当に良いのか?」
俺は頷くと、桃花島へ帰って行った。
王承志の気持ちは、誰より分かっているつもりだ。
だから、全て許すことにした。
とは言え桃花島には置いておけないため、華山派へ送ることにしたのだ。
車椅子生活となった俺は、江湖から身を引いた。
そして、今頃になって青城派、華山派と和解出来た。
皮肉なことに、俺が立つことの出来ない体となったことで、彼らは矛を収めたのだ。
桃花島に着くと、屋敷から庭に出て、阿月と海と島々を眺める。
季節は春を迎え、桃の花が一面に広がり美しく咲き乱れていた。
侠客として江湖を渡る人生は、長いようで短く、夢のように終わった。
もしかしたら、俺の抱えていた悩みなど、ちっぽけなものだったのかもしれない。
広大な海を前にすると、そう思わずにいられなかった。
「今まで、本当に色々なことがあったよ。」
「夢のように過ぎた時は、もう戻らない。でも、君との人生はまだまだこれからだ。」
「笑いの絶えない日々を、一緒に送ってくれるかい?」
阿月は優しい微笑みを浮かべながら、何も言わず頷いた。
結婚してからというもの、桃花島を留守にすることが多く寂しい思いをさせた。
俺はこんな体だが、その分これから尽くしていこう。
それから10年を過ぎても、桃花島の民は江湖の争いに巻き込まれることなく暮らした。
ここに暮らす微笑み絶えない民を見ると、阿月のいた大理を思い出す。
そんな平和で桃の花咲く美しい島を、皆は桃源郷と呼んだ。
完結
桃花神鷹記は、本話で完結となります。
これまでお付き合い頂き、有り難うございました。
ここで一度筆を置きますので、次回作の投稿は未定となります。
活動再開した際には、是非また読んで頂ければ嬉しいです。
それでは、また。




