第10話 人生に望むこと(前半)
梅家荘で療養し、傷も癒えて体力も回復した。
そして、桃花島へ帰ろうとした時、林掌門から宴の誘いを受けた。
「陸殿、一足先に戻って、阿月と承志にここへ来るよう伝えてください。」
陸破空は俺の元で修練したいと言うので、希望を受け入れ桃花島へ行かせることにしたのだ。
王承志は桜梅大侠と顔合わせをしていないから、阿月の護衛を兼ねて呼ぶことにした。
二人が梅家荘に着く頃には、宴の準備が出来ていた。
「段公主、梅家荘へようこそ!」
そう言うのは林友侠だ。
彼女はここへ来るのは初めて。
豪華な宮廷でこそないが、この梅の花が咲き乱れる屋敷に彼女は心を奪われているようだ。
「林掌門、私はもう公主ではありませんよ。」
「墨の妻、民として暮らしているのです。」
訂正しながらも嬉しそうな阿月を見て、皆微笑ましく幸せな気持ちになっていた。
「ところで、そちらの方は?」
王承志を見て、孫无仇が尋ねる。
ここは、師父である俺が説明すべきだろう。
「まだ日は浅いが、百仙派の弟子に加わった王承志だ。」
「若くとも基礎はしっかりしている。近い将来、百仙功も会得できるだろう。」
王承志が恭しく礼をする。
「それは頼もしい。是非後ほど、武芸を披露して頂きましょう。」
「さあ、それでは宴を始めましょう。」
林友侠が言うと、二人の女性が料理を運ぶ。
時が過ぎるのは早いもので、林友侠と孫无仇は二人とも結婚していた。
二人の女性は、彼らの妻なのだ。
「奥方はお二人とも料理上手ですね、私も将来はそんな方を妻に迎えたいものです。」
王承志は生意気なことを言っているが、子供のように口いっぱいに料理を頬張っている。
それを見て、阿月が楽しそうに笑っている。
「墨殿、このところ戦い続きだった。」
「このあたりで少し休もうと思ってお誘いしたが、構わなかったか?」
そう言いながら、林友侠が俺の盃に酒を注ぐ。
孫无仇もこちらへやって来ると、彼の隣に座った。
「ああ。俺は友人も少ないし、構わないどころか有り難いよ。」
「それはそうと、残念ながら完顔亮暗殺は失敗に終わった。これからどうするべきか。」
林友侠は頷くと、俺の投げかけに答える。
「今のところ打つ手はないな。」
「だが、五大門派の不和も何とかする必要がある。」
これは、俺に向けて言っていると思うべきだろう。
青城派と華山派に仇と言われ、遺恨が残っているのだから。
「まあ、今はそんなことは忘れて楽しく飲もう。」
「そうだ、王殿と百仙功を披露してくれないか?」
俺は酒をぐっと一気に飲み干すと、屋敷の外へ出た。
梅の花に雪がかかり、一層満開に咲き乱れているように見える。
きっと、この降りしきる雪があってこそ、皆が魅了されるのだろう。
「鷹爪擒拿法もご披露しよう。」
俺は指を曲げ伸ばしさせ、コキコキと音を鳴らす。
「承志、参るぞ!」
百仙功でシュルシュルと音を立てながら、梅の木々へ向かう。
せっかくの余興だ、楽しんでもらわなくては。
柳が風になびくようにしなやかに、俺は木々の間を縫っていく。
恐らく、阿月には俺の姿は見えていないだろう。
「墨殿、いいぞ!さすがは百仙功だ!」
林友侠の歓声が聞こえる。
そして、関節技で瞬時に王承志の右腕をからめとろうとする。
彼も日々修練しているから、手首をつかまれまいと俺の手をはじいてかわす。
しかし、かわし続けることは叶わない。
三手目で簡単に関節技をきめて見せた。
「有り難うございました。」
王承志が言うと、皆から称賛の声が上がる。
「しばらく見ない間に、鷹爪擒拿法もよく修練しているな。」
「そろそろ戦いに同行させても良いだろう。」
「さあ、飲み直そう!」
汗を拭くと、布を王承志に渡し屋敷へ戻る。
彼は従うように後ろを付いてくる。
「…ぐっ!」
俺は突然、その場にうつ伏せに倒れる。
腰の後ろには、短刀が刺さっていた。