第9話 脱獄事件
臨安府に着くと、皆と別れ梅家荘へ向かった。
陸破空は百仙丸で一命を取り留めたが、治療が必要なため華先生へ会いに行くのだ。
しかし、梅家荘の門が見えてくると異変に気が付いた。
狐山派の弟子が一人もいないのだ。
「これは何かおかしいぞ。」
「陸殿、ここで待っていてくれ。」
彼を門の前に座らせると、一人屋敷へ入っていく。
中には、血だらけの如蘭さんが座り込んでいた。
「一体何があったのですか?」
彼女は苦しそうに顔を上げる。
「鳩摩流が、奴が脱獄しました。」
「掌門が不在の時を狙っていたのでしょう。」
「江湖の情勢を聞かれ、説明している時に私が口を滑らせたばかりに。」
「まだ地下にいます。どうか奴をお願いします。」
俺は狐山派のためなら何だって協力する。
彼女の言葉に頷くと、百仙丸を飲ませ裏口へ向かう。
地下へ入りしばらく進むと、壁に妙な出っ張りや引っ込みがあることに気が付いた。
引っ込みの一つに、鎖が出ている。
その鎖を引いてみれば、何もなかった壁に扉が現れ手前に開いた。
「隠し扉か。如蘭さんが出た時に、鎖を戻さず行ってしまったのだろう。」
中に入ると、すぐに剣を振るう音が聞こえてきた。
急ぎ通路を進むと、そこには鳩摩流と華山派の弟子数名に華先生が戦っていた。
「華先生、ご無事でしたか!」
この華先生、医師でありながら天地夢想功を操る内功の達人なのだ。
しかし、鳩摩流が相手では分が悪い。
「墨殿、これは良いところに来てくれた!」
「我々では抑えきれない、奴を頼む。」
はい喜んで!
吐蕃との戦いでは相手をできなかったが、今度は決着をつけてやる。
「百毒邪教!」
鳩摩流が相手では、初めから全力で行くべきだ。
「陽炎刀!」
奴は叫ぶと、手から発した炎を飛ばす。
そして、その炎は高速で揺れ動き襲い掛かってくる。
「少林秘伝の技か。だが、まだまだいきますよっ!」
攻撃を受け流すと、俺は指を曲げ伸ばしさせ、コキコキと音を鳴らす。
「鷹爪擒拿法!」
百仙功でシュルシュルと音を立てながら、鳩摩流の懐に飛び込む。
そして、関節技で瞬時に奴の右腕をからめとり、投げ飛ばすと同時に肩の骨を折った。
「ぐはっ!」
しかし、吐血したのは俺の方だった。
鳩摩流の左掌を腹に受けていたのだ。
奴は涼しい顔で、右肩の骨を接ぐ。
どうやら、技を受ける前に関節を外していたようだ。
「くそっ、何て奴だ。」
俺は軽功で飛び退くと体勢を整える。
「こうなれば奥の手だ。」
「大鷹!」
鳩摩流の周りに爪が現れる。
「大鷲!」
奴が叫ぶと、爪痕のような衝撃波でかき消された。
こいつ、鷲と契約しているのか!
「もう終わりですかな?」
「それでは、この牢獄で完成した内功を御覧に入れましょう。」
「灼炎神功!」
鳩摩流の全身が燃えるような赤色に染まっていく。
やはり鳩摩流は強い、俺では勝てないかもしれないな。
まだ試したことはないが、百毒邪教の内功を飛躍的に向上させる方法がある。
俺の体には百毒が共存していて、それを安定させるように制御している。
その百毒をぶつけ合い、なおかつ制御することが出来れば、強大な内力を得ることが出来るというわけだ。
だが、これは気が半分暴走しているような状態となるため、大きな危険を伴う。
「迷ってはいられない。」
「百毒邪教の真の力を見せてやる!」
他に奴を倒す方法は思い当たらない。
俺は博打を選択した。
全身が紫色に変わり、両腕には風が巻き起こる。
そして、両者の掌が重なった。
「ドンッ!」という音と共に、地面が地震のように大きく揺れる。
「なんと禍々しい内功だ。」
鳩摩流は呟きながら、さらに内力を込める。
「がはっ!」
二人が同時に吐血した。
両者、はじかれるように飛び退く。
奴は両足に力を入れ、どうにか倒れないよう踏ん張った。
その瞬間、俺は鳩摩流の眼前にいた。
俺には百仙功がある。
柳が風になびくようにしなやかに動くが、強靭な根を持っているかの如く戻ってくるのだ。
そして、内力を集めた右掌が鳩摩流の胸を捉えた。
「ぐふっ!」
奴は激しく吐血した。
「…なぜだ、施主の一体どこが拙僧を上回っていたというのだ。」
もはや虫の息だ。
「俺は窮地に立たされ続ける人生でした。」
「敢えて言うなら、そう言う時に真価を発揮できる能力が備わったのでしょう。」
「それだけではない。最後に使った技は狐山派の前掌門、林殿の戦い方を参考にしています。」
「例え灼炎神功が優れていても、我ら二人のどちらにも勝てないでしょう。」
鳩摩流の全身は、既に紫色に変わっている。
彼は、笑顔を浮かべて「さもありなん」、と言うと息を引き取った。
俺の方は気の暴走こそなかったものの、体に負担をかけ過ぎた。
そのまま倒れ込むと、陸破空と共に華先生のお世話になることとなった。




