第7話 江湖に挑む者
桃花島に戻ってしばらくすると、桜梅大侠から書簡が届いた。
そこには、江湖に危機が迫っているため、急ぎ臨安府へ来て欲しいと書かれていた。
「江湖から距離をとるために桃花島へやってきたと言うのに、結局関わることになってしまうのか。」
華山派の一件があったばかりだし、本音では行きたくなかったが、桜梅大侠の頼みとあれば馳せ参じるべきだろう。
ゆっくり過ごすこともできず臨安府へ行くと、林友侠が説明を始める。
「崑崙派の掌門、玉虚道長が殺害された。」
「犯人は、吐蕃の高僧 鳩摩流と、無名の陸破空という男だ。」
陸破空は阿月の誘拐が失敗に終わったから、次の手に出てたようだな。
それにしても吐蕃と組むとは。
鳩摩流への見返りは蜘蛛功といったところか。
「つい先日、陸破空に妻がさらわれた。」
「奴は権力と名声を求め、金に取り入るつもりだ。」
俺の話しに、林友侠はなるほどといった様子で頷く。
「そうすると、各掌門を殺していき武林を制覇しようという狙いが見えてくるな。」
「もし規模の小さな流派から狙っているとしたら、壊滅状態の月蛇教を除けば、次は峨嵋派か。」
彼の言葉に従い、桜梅大侠と俺は峨嵋山のある四川へ向かった。
しかし、遠い四川に到着する頃には、さらに状況が変わっていた。
「墨教主、梅家荘から残念な知らせが届いた。」
「少林派の掌門、覚非大師が殺された。」
林友侠が涙をこらえながら俺に話しかけた。
これには、沈着冷静な孫无仇も驚きを隠せない。
桜梅大侠は大師と付き合いが長いから、耐え難い知らせなのだろう。
しかし、大師は六合真経の使い手。
しかも少林派には多数の弟子もいる。
何か卑怯な手を使ったに違いない。
「まさか少林派を狙うとは。」
「次の標的が分からない以上は、ここで迎え撃つしかないな。」
俺の言葉に、全員が頷く。
「それは有り難いが、あなたたちも流派を率いる掌門。」
「自分の本拠地にいなくて良いのか?」
そう聞くのは、峨嵋派の掌門、静玄師太だ。
「我々の流派は後回しにするはずだから問題ありませんよ。」
「桜家荘はご存じの通り、桜花島に上陸することすら難しい。」
「狐山派は弟子が全国へ散らばっているから、臨安府の屋敷を襲ったところで空振り。」
「神鷹教は毒の陣が守っていますからね。」
林友侠の説明に、師太は深く頷き納得した様子を見せる。
それから数日後、奴らは峨嵋山に現れた。
出方を見ていたら、寺院がひとつ、ふたつと破壊されていった。
滅茶苦茶な奴らだ。
「そこまでだ。」
「簡単に武林を征服できると思うなよ、我らが成敗してやる!」
林友侠が雄叫びを上げる。
陸破空は、俺を見るや否や桜梅大侠に飛び掛かっていく。
桜梅大侠の方が弱いはずはないのに、単細胞な奴だ。
さあ、俺の方は鳩摩流が相手だな。
「これは墨教主、随分と久しぶりですな。」
「神鷹教は、約束を反故にした。しかも、施主は拙僧をだまして百毒邪教を会得された。」
「拙僧は仏に仕える身ですが、これを許すことは出来ませんぞ。」
自分のしたことは棚に上げ、何を言っている。
奴は気が触れているのか?
とにかく、手加減しては勝てない。
全力で挑もう。
「百毒邪教!」
奴は、俺の毒掌を少林派の鉄砂掌で迎え撃つ。
数手交わすも、内功では互角。
前に会ってから時は経っているが、鳩摩流の内功も大きな変化を遂げていたのだ。
決して鉄砂掌の力ではない、百毒邪教に匹敵する何かを修練している。
「やるな。それなら、俺が桃花島で生み出した技を御覧に入れよう。」
俺は指を曲げ伸ばしさせ、コキコキと音を鳴らす。
そして、百仙功でシュルシュルと音を立てながら、奴の懐に飛び込む。
「鷹爪擒拿法!」
関節技で瞬時に奴の右腕をからめとり、投げ飛ばすと同時に骨を折った。
…はずだった。
「これは驚きましたな。お見事!」
そう言うと、鳩摩流は軽功で飛び退く。
投げられる瞬間に上手く体を回転し、右腕にかかる力を逃がしたのだ。
しかし、ダメージが残りふらついている。
「ここで無理は出来ませぬ、仕方があるまい。」
「陸殿、ここまでです。拙僧は失礼しますぞ!」