第6話 失意のあとに残るもの(後半)
「やはり、私が来た目的はご存じないか。」
「用件を言っても良いですが、弟子の前で言うことではありません。」
「王重陽殿の名声に傷がつきますが、それでもよろしいですか?」
俺の言葉に、劉掌門の顔色が曇る。
彼が何か言いかけた時、
「私が王重陽です。」
「いずれ尋ねてくると思っていました。」
またもや奥から、今度は老人が現れた。
高齢ではあるが、その武芸は未だ衰えず達人であることが伺える。
華山派の弟子は、前掌門が現れたことに驚きを隠せない様子だ。
「これは個人的な話し、場所を変えてお聞きしましょう。」
冷静を装っていられるのも今のうちだぞ。
そう思いながら、俺は歩いていく彼に付いて行く。
竹林まで来ると、王重陽は振り返り口を開く。
「墨教主、何がお望みですか?」
ようやく目的を話せるか。
「任長老の件を公にし、謝罪頂きたい。」
彼は頷きながら、剣に手を伸ばす。
「お前の好きにはさせぬぞ!」
馬長老が叫びながら、得物の鉄笛を手に飛び掛かる。
しかし、さすがは剣技で名を馳せた華山派。
王重陽の剣を抜く方が早かった。
「カッ!」
「シャーー!」
剣と鉄笛が重なると、王重陽は鉄笛をこするように剣を滑らせた。
「つっ!」
そのままの勢いで、馬長老の腕を斬った。
前掌門の名は伊達ではない。
圧倒的な強さだ。
「華山剣法は修練により、際限なく速く力強くなる。」
「基本型の剣技でも、馬長老には負けませんぞ。」
馬長老はここまでだろう。
「私たちは話し合いに来た。」
「しかし、どうしても戦うと言うなら、この墨がお相手しましょう。」
王重陽は、剣を抜いたまま俺の方へ向き構えた。
何が何でも、任霖さんの件を明るみにしたくないのか。
俺は指を曲げ伸ばしさせ、コキコキと音を鳴らす。
百仙功でシュルシュルと音を立てながら、彼の懐に飛び込む。
「ぐあっ!」
関節技で瞬時に奴の右腕をからめとり、投げ飛ばすと同時に骨を折ったのだ。
「とんでもない技を持っているな。」
「しかし、なぜ毒掌を使わないのですか?」
予想の域を出ない、つまらない質問だ。
「これは私が桃花島で完成させた技、鷹爪擒拿法です。」
「百毒邪教を使えば真実は闇の中。それでは困るのですよ。」
そう言うなり、俺は王重陽の体に印を書き、毒を注入した。
このやり方は正道に反するが、仕方がないだろう。
「この技は百毒印と言います。王重陽殿の命は、私の一存でいつでも奪うことが出来ます。」
「各掌門の前で真実を言えば、毒消しの百仙丸を与えましょう。」
これで彼は俺の傀儡も同然。
命は惜しいだろうから、言う通りにするに違いない。
それから、俺たち三人は臨安府へ向かった。
「桜梅大侠、任長老の無念を晴らしたい。五大門派と少林派を招集してくれないか。」
今や桜梅小侠は大侠と呼ばれるようになり、武林盟主の座も前掌門の林友和から受け継いでいた。
経緯を聞くと、二つ返事で引き受けてくれた。
「皆様、臨安府へようこそ。」
「今日お集まり頂いたのは、王重陽殿より大切なお話しがあるからです。」
林友侠が挨拶をすると、早速話しをするよう王重陽へ促す。
しかし、彼は一向に口を開かない。
どうしたことかと見てみれば、何と王重陽の口から大量の血が流れ出ていた。
そう、舌をかみ切ったのだ。
「華先生!」
華先生とは、狐山派に付いている凄腕の医者だ。
林友侠が声をかけるも、彼は首を横に振る。
何と言うことだ、これで俺の苦労も水の泡になってしまった。
「どういうことだ、なぜ前掌門が自ら命を絶つようなことになるのだ?」
そう言うのは、華山派の劉掌門だ。
彼も事情を知らないのだから、当然の疑問だろう。
まさか死を選ぶとは、想定外だった。
そうまでして名声を守るなど、夢にも思わなかったのだ。
その後、この場はどうにか桜梅大侠が収めたくれた。
「馬長老、俺の考えが甘かった。こんなことになってすまない。」
彼は下を向き、何か考え込んでいる。
結果的に、青城派に加え華山派も、神鷹教を仇敵とみなす事態となってしまった。




