第5話 失意のあとに残るもの(前半)
「女人禁制の神鷹教で、なぜ女性の任長老の入信が許されたか、教主はご存じないでしょう。」
触れてはいけないことと思っていた。
前教主の恋人という噂はあったが、そもそも神鷹教に興味がなかったから、聞こうとも思わなかった。
「元々は泉州の民でしたが、彼女が若い時に神鷹教の前長老、龍友徳と恋に落ちました。」
「しかし、結婚は許されないため、龍長老は神鷹教を離れるつもりでした。」
「そんな時、敵対の激しかった華山派の掌門 王重陽から、彼女を預かっているとの書簡が届いたのです。」
何だか、きな臭い話しになってきたな。
「開放するには、一人で神鷹教の宝、柴影功を持って来ることが条件でした。」
「王掌門の指示通り、彼は華山の山中にある小屋へ向かいました。」
「彼女はそこに監禁されていたわけですが、龍長老は王掌門に殺されてしまいました。」
まだ話しの続きがありそうだ。
口を挟まず、固唾を吞んで聞く。
「証拠を消すためだったのでしょう。龍長老が無残にいたぶられ殺されていくのを、彼女はただ見ていることしかできませんでした。」
「その復讐のため、神鷹教へ入信したのです。前教主は、それを受け入れました。」
「そして、彼女は苦労の末に長老の座を得たのです。」
ここまで聞くと、俺はもう毒づかずにはいられなかった。
「正派は邪派相手には何をしても良い、そう思っている輩ばかりだ!」
馬長老は頷くと、話しを続けた。
「しかし、いつの頃からか任長老は仇討ちを諦めていました。」
「これは私の憶測ですが、墨教主が仇討ちをやめると言われたからだと思います。」
「墨教主の名は江湖に響き渡っています。今後のことを考えれば、お伝えしておくべきと考えた次第です。」
響き渡っているのは悪名だが…。
任霖さんは家族のように大切な人だから、この話しは俺が知っておくべきことだろう。
「馬長老、よく話す決心をしてくれた。ありがとう。」
「阿月を桃花島へ送ったら、華山へ向かう。一緒に来てくれるか?」
彼は、俺の答えを予測していたかのように頷いた。
一度桃花島に戻ると、俺と馬長老二人で華山へ向かった。
華山は長安のあたりにある。
桃花島からは遠いが、鄖陽からそう遠くはない場所だ。
「神鷹教の墨と申します。前掌門の王重陽殿にお会いしたい。」
実は、王重陽は江湖から身を引いており、現掌門は劉処玄なのだ。
「邪教の教主が何の用だ?」
俺を見ただけで、華山派の弟子は臨戦態勢だ。
すると、弟子たちの後ろから一人の男が前に出てきた。
皆から大師兄と呼ばれている。
それにしても、華山派は若い弟子が急増しているな。
青城派の青城十人がまだ若い頃のような、突出した勢いを感じる。
「程安石と申します。申し訳ありませんが、どのような用件でも通すわけにはいきません。」
「どうしてもと言うなら、私を倒していかれよ。」
こちらは教主と言うのに、対等に話そうと言うのか。
傲慢な奴だ。
「戦いに来たわけではない。話し合いに来たのだ。」
「そのように伝えて頂けないか。」
しかし、彼は全く聞く耳を持たない。
ついには剣を抜いて飛び掛かってきた。
「仕方がない、少しだけお相手しよう。」
百仙功を使うと、俺の体は柳が風になびくように、シュルシュルと音を立てる。
程も剣術は達人の域だが、まるで剣が俺を避けているかのように、紙一重でかわしていく。
「なぜ邪派の技を使わない?」
「それに、その見たこともない軽功は何なんだ?俺の剣がかすりもしないとは。」
彼は薙ぎ払うかと思えば途中から突きに変わるといった、変則的で卓越した剣技で攻める。
天才的な才能を持っていると言ってよいだろう。
しかし、それでも俺を斬ることはできない。
「そこまでだ!」
奥から毅然とした風格のある男が出てきた。
「掌門の劉処玄と申します。」
「墨教主、初めてお目にかかりますな。」
ようやく掌門が出てきたか。
「こちらこそ、お目にかかれて光栄です。」
「早速ですが、王重陽殿にお会いしたい。」
どういう訳か、彼は俺の目を見ず、あらぬ方向へ顔を向けながら頷く。
見下しているのか?
「前掌門は江湖から身を引かれています。」
「どうしてもと言われるなら、まずご用件を伺いましょう。」




