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桃花神鷹記  作者: 守田
桃花島編
31/45

第5話 失意のあとに残るもの(前半)

「女人禁制の神鷹教で、なぜ女性の任長老の入信が許されたか、教主はご存じないでしょう。」


触れてはいけないことと思っていた。

前教主の恋人という噂はあったが、そもそも神鷹教に興味がなかったから、聞こうとも思わなかった。


「元々は泉州の民でしたが、彼女が若い時に神鷹教の前長老、龍友徳と恋に落ちました。」

「しかし、結婚は許されないため、龍長老は神鷹教を離れるつもりでした。」


「そんな時、敵対の激しかった華山派の掌門 王重陽から、彼女を預かっているとの書簡が届いたのです。」


何だか、きな臭い話しになってきたな。


「開放するには、一人で神鷹教の宝、柴影功を持って来ることが条件でした。」


「王掌門の指示通り、彼は華山の山中にある小屋へ向かいました。」

「彼女はそこに監禁されていたわけですが、龍長老は王掌門に殺されてしまいました。」


まだ話しの続きがありそうだ。

口を挟まず、固唾を吞んで聞く。


「証拠を消すためだったのでしょう。龍長老が無残にいたぶられ殺されていくのを、彼女はただ見ていることしかできませんでした。」


「その復讐のため、神鷹教へ入信したのです。前教主は、それを受け入れました。」


「そして、彼女は苦労の末に長老の座を得たのです。」


ここまで聞くと、俺はもう毒づかずにはいられなかった。


「正派は邪派相手には何をしても良い、そう思っている輩ばかりだ!」


馬長老は頷くと、話しを続けた。


「しかし、いつの頃からか任長老は仇討ちを諦めていました。」


「これは私の憶測ですが、墨教主が仇討ちをやめると言われたからだと思います。」


「墨教主の名は江湖に響き渡っています。今後のことを考えれば、お伝えしておくべきと考えた次第です。」


響き渡っているのは悪名だが…。


任霖さんは家族のように大切な人だから、この話しは俺が知っておくべきことだろう。


「馬長老、よく話す決心をしてくれた。ありがとう。」


「阿月を桃花島へ送ったら、華山へ向かう。一緒に来てくれるか?」


彼は、俺の答えを予測していたかのように頷いた。


一度桃花島に戻ると、俺と馬長老二人で華山へ向かった。

華山は長安のあたりにある。

桃花島からは遠いが、鄖陽からそう遠くはない場所だ。


「神鷹教の墨と申します。前掌門の王重陽殿にお会いしたい。」


実は、王重陽は江湖から身を引いており、現掌門は劉処玄なのだ。


「邪教の教主が何の用だ?」


俺を見ただけで、華山派の弟子は臨戦態勢だ。


すると、弟子たちの後ろから一人の男が前に出てきた。

皆から大師兄と呼ばれている。


それにしても、華山派は若い弟子が急増しているな。

青城派の青城十人がまだ若い頃のような、突出した勢いを感じる。


「程安石と申します。申し訳ありませんが、どのような用件でも通すわけにはいきません。」

「どうしてもと言うなら、私を倒していかれよ。」


こちらは教主と言うのに、対等に話そうと言うのか。

傲慢な奴だ。


「戦いに来たわけではない。話し合いに来たのだ。」

「そのように伝えて頂けないか。」


しかし、彼は全く聞く耳を持たない。


ついには剣を抜いて飛び掛かってきた。


「仕方がない、少しだけお相手しよう。」


百仙功を使うと、俺の体は柳が風になびくように、シュルシュルと音を立てる。


程も剣術は達人の域だが、まるで剣が俺を避けているかのように、紙一重でかわしていく。


「なぜ邪派の技を使わない?」


「それに、その見たこともない軽功は何なんだ?俺の剣がかすりもしないとは。」


彼は薙ぎ払うかと思えば途中から突きに変わるといった、変則的で卓越した剣技で攻める。

天才的な才能を持っていると言ってよいだろう。


しかし、それでも俺を斬ることはできない。


「そこまでだ!」


奥から毅然とした風格のある男が出てきた。


「掌門の劉処玄と申します。」

「墨教主、初めてお目にかかりますな。」


ようやく掌門が出てきたか。


「こちらこそ、お目にかかれて光栄です。」


「早速ですが、王重陽殿にお会いしたい。」


どういう訳か、彼は俺の目を見ず、あらぬ方向へ顔を向けながら頷く。

見下しているのか?


「前掌門は江湖から身を引かれています。」


「どうしてもと言われるなら、まずご用件を伺いましょう。」

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