第3話 山賊 三峡寨
鄖陽を出てしばらく進んだ頃、生まれて初めて山賊なるものに出くわすことになった。
「おいお前、ここを通りたければ銀子を置いていけ。」
何てことだ。
旅を再開したばかりと言うのに有り金を全て取られてしまったら、鄖陽にも戻れぬ俺は行き場がなくなってしまう。
しかし、相手は山賊。町の商人とはわけが違う。
反抗などしようものなら、簡単に殺されてしまうだろう。
困り果てていたその時、
「山賊、痛い目を見たくなければここを去れ!」
俺を助けてくれたのは…俺よりもみすぼらしい服装の男だった。
歳は俺のひと回り上くらいか。
「物乞いが何の用だ?」
「まぁ良い、二人ともあの世へ行け。」
そう言うと、山賊は刀を振り上げる。
「待て!!」
さらにもう一人、二十代の男が現れた。
山賊は手を止めて振り返ると、ばつの悪そうな顔で言う。
「柳寨主、これはその…」
柳寨主と呼ばれた男は、怒り心頭の様子だ。
「あれほど、罪のないものを襲うなと言いつけただろう。」
「どうしても理解できないなら、寨から出て行ってもらうぞ。」
彼が説教している間に、物乞いの男が俺の手首を取り脈を診る。
「お前、子供のくせに邪派の武芸を修練しているな。」
「それなら助ける必要もない、さらばだ!」
何と言っているのか分からないが、彼は軽功で飛び去って行った。
物乞いなのに凄い武芸だ、夢でも見ているのだろうか。
「配下が申し訳ないことをしたな。」
「俺は柳四復、三峡寨の寨主だ。」
この人は悪い人には見えない。
何やら謝っていること、彼の名前が柳であることは分かった。
「もしかすると、言葉が分からないのではないか?」
「俺たちの山寨はこの近くだ。良かったら来ないか?」
言葉を理解できていないことを察してくれたようだ。
それに、誘ってくれていることも分かった。
少林寺へ行くつもりだったが、毎日息苦しい生活より、こっちの方が楽しいかもしれない。
付いて行ってみよう。
「行きたいです。」
そう言うと、彼は俺の腕をとり馬に乗せる。
「やはり李殿が言う通り、邪派の武芸を修練しているな。」
「まぁ良い、まだ若いのだから三峡寨で更生させよう。」
馬でしばらく進むと、川で船に乗り換える。
俺は知っているはずもないが、かの有名な長江を渡るのだ。
反対の岸には、どうやって作ったのか分からないが、切り立った岸壁に通路が作られている。
そして、険しい道のりを行った先に彼らの山寨はあった。
「ここが俺たちの山寨だ。」
柳寨主が指さす先には、木で作られた大きな門があった。
まるで城門だ。
中に入ると、沢山の木造の家が所狭しと建てられていた。
その家々は、なかなか見かけることのない高床式の住居だ。
「こんな山の中に村があるなんて、驚きだな。」
俺は彼に精一杯の感想を伝える。
拙い中国語だが、彼にも意図は伝わっただろう。
「ところで、お前の名前は?」
柳寨主は微笑みながら質問した。
「墨小風です。」
彼は池の方へ視線を移すと、話しを続けた。
「俺たちは世間から山賊と言われている。」
「だが、真面目に生きている人間から金品を奪うことはない。役人を狙うんだ。」
「そのうち、墨兄弟にも手伝ってもらう。それがここに置く条件だ。」
「何も心配は要らない。ずっとここで楽しく暮らせるさ。」
ほとんど何を言っているのか分からなかったが、穏やかに話しかける様子を見て、やはり柳寨主は良い人だと思った。