第9話 旅立ちの前に
「度重なる混乱で、長老となるべき人材が不足している。」
「その上、我らは金との戦いで正派の裏切りを受けた。」
「そこで、月蛇教の長老にご助力頂けないかとやってきた。」
三人は顔を見合わせ、何やら話し合っている。
さすがは馬長老の見立て、これはいけるかもしれないな。
「夏教主からは、ここに残るも残らないも自由にしろと言われている。」
「ただ、月蛇教の復興はしないそうだから、残るということは武芸を捨てることになる。」
俺は頷くと、再び話し出す。
「周刹女殿、江霊女殿、呂恐女殿とお見受けした。」
「それぞれ、この話しをどうお考えか?」
三人は、自分の名前を言われると自慢げに頷く。
悪名高き神鷹教の墨教主が自分の名前を知っている、ということがまんざらでもない様子だ。
「ここ美人谷を誰かが守らねばならぬ。せっかくのお話しだが、私は遠慮する。」
周刹女だ。呂恐女も頷く。
「長老が三人揃って、ここを守ることもないだろう。」
「私が神鷹教の長老になろう。」
「ただ…」
江霊女、彼女は双剣を操る。
俺の見立てでは、三人の中で最も武芸が優れているだろう。
そして、彼女が次に言うことは予測できている。
「夏教主のことはご心配なく。俺から言っておこう。」
「それに、もし月蛇教再興となれば、いつでも去って頂いて結構だ。」
彼女は安心した表情で一礼した。
これで任務は終わりだ。
馬長老への書簡と共に、彼女を九鬼宮へ向かわせる。
俺はその足で大理へ向かった。
「宋の地でやるべきことが終わったら会いに行く、段公主にはそう言った。」
「気付けば、10年も経ってしまったな。」
「もう結婚しているだろうし、俺のことは忘れたかもしれない。」
「でも、約束したことだから会いに行こう。」
段公主が普段暮らしていると聞いた屋敷に着いた。
しかし、今さらどの顔をして会えば良いかと考えたら、なかなか中に入れずにいた。
「墨殿ではないか?」
そんな俺を呼びかけたのは、孟丹心だった。
「護衛の方か。ご無沙汰しております。」
「段公主にお目通りしたいのですが。」
彼は少しムッとした表情を見せると、屋敷の中へ案内してくれた。
そして、大きな部屋の中央には、椅子に座った段公主がいた。
10年前と変わらず美しい。
「墨公子?墨公子なの!?」
そう言うと、こちらに走り寄る。
俺に触れようというところで、孟丹心が間に入る。
邪魔な奴だ。
そして、彼女へ耳打ちする。
それを聞いた彼女は、微笑を浮かべた。
「ふふっ。」
「さぁ墨公子、そこにお座りになって。」
段公主は、茶と菓子を持ってくるよう侍女に指示する。
「この方は、護衛ではなく将軍なのです。孟将軍ですよ、覚えておいてくださいね。」
「実のところ私を護衛しているのだから、間違いではないですが。」
「ふふふっ…」
笑いのつぼにはまり、なかなか抜け出せないようだ。
「宋でやるべきことが終わりましたので、お約束通り会いに参りました。」
「随分と遅くなってしまいましたので、今さらご迷惑かもしれませんが。」
彼女が悲しそうな表情を見せると、孟将軍が俺の袖を引っ張った。
そして、小声で話しかける。
「公主は結婚もせず、お前をずっと待っていたんだ。」
「10年だぞ、他に言い方はないのか!?」
そうとは知らず、自分が傷つかないように言葉を選んで彼女を傷つけてしまったか。
「段公主、土産話しもあります。」
「二人で少し歩きませんか?」
庭へ出ると、池を眺めながら二人きりで歩く。
孟将軍の話しを聞いてから、結婚を申し込む決意はできている。
俺の人生を全て話すつもりはなかったが、共に生きるなら知っておいてもらうべきだろう。
包み隠さず話すと、彼女の肩に手をあてる。
「どう言う訳か、皆が俺を嫌う。」
「心を許せる人は数えるほどしかいないけど、その中でもあなたは特別だ。」
「これからの人生を一緒に歩んで欲しい。俺と結婚してくれませんか?」
段公主は凛とした雰囲気で頷くと、足早に部屋へ戻って行った。
ん?今のはOKと言うことか?
「心配するな。ここは公主の屋敷だから控えめな態度だったが、今頃は飛び跳ねて喜んでおられるぞ。」
そう言うものなのだろうか、皇族というのは俺などに計り知れないな…。
それより孟将軍、このやりとりを聞いていたのか。
全く気配を感じなかったぞ。
翌日、二人で段陛下に謁見した。
結婚のことは拒否されると思っていたが、何と二つ返事で許可を頂いた。
「紫児が10年も待ったのだ。祝福しよう。」
「だが、我が大理は、宋とも友好関係にある。」
「邪教と言われている教主を表舞台に出すわけにはいかない。」
「幸い紫児の王位継承権は最も低いから、二人でどこか静かな土地で暮らしてはどうだ?」
俺にとっては有り難い話しだ。
「はい、実は江湖から距離を置きたいと考えています。」
段陛下は、ホッとしながらも申し訳ないといった表情を浮かべる。
「離れていても家族に変わりはない。」
「何かあれば、いつでも助けを求めなさい。」
邪教教主の運命編 完