第7話 仇討ち再び(前半)
「小風、お前は私の弟子になり、百毒邪教を身に付けた。」
「百毒邪教を会得している以上、次の掌門になるのは小風だから、残り二つの奥義も授けよう。」
掌門になる?そんな話しは今初めて聞いたのだが…
どうせ、もう会わなければ良いだけだろう。
「まずは百毒印だ。」
「人の体に印を書く。そして己の毒を注入するのだ。」
「これにより、術者がその人間の命をいつでも奪うことが可能になる。」
もしかすると、百仙派の弟子たちはその印で操られているのでは?
俺の表情に懸念が浮かんだことを察し、百仙姑は話しを続ける。
「勘が良いな、小風が考えている通りだ。」
「百仙派は大理に300人の弟子を持つ。」
「そのほとんどの弟子は、百毒印により従っているのだ。」
彼女は机の茶を手に取り、ひと口飲んだ。
「次に百仙丸だ。」
「これは百毒印を消すことも出来れば、様々な病気や怪我にも効果を期待できる。」
「まぁ万能薬のようなものだ。作り方は奥義書で学びなさい。」
そう言うと、俺を自由の身にしてくれた。
いずれ江湖を統一する。
当面は好きにしていて良いが、その時には集結しろということだった。
こんなところには少しだっていたくない、そそくさと三峡寨へ向かうことにした。
百仙姑のお陰で百毒邪教は完成し、今の俺なら夏教主にも勝てるだろう。
しかし、彼女の横には林掌門がいる。
しかも二人は結婚したと言うから、身を挺してでも彼女を守るだろう。
いつ、どうやって仇討ちを果たすか。
三峡寨に戻ってからというもの、悩み続ける日々を送っていた。
「小風、良い機会が巡ってきたぞ!」
「桜梅小侠が五悪鬼の筆頭を倒したのだ。」
大兄が息を切らしてやってきた。
桜梅小侠とは、江湖で支持を受けている二人組の少年だ。
一人は林掌門の息子。
もう一人は江湖に背を向けた裏切り者、桜家荘 田荘主の息子だ。
「それのどこが好機なんだ?」
俺は呆れた顔で尋ねる。
「話しは最後まで聞け。」
「これで江湖に平和が訪れると言われているが、今のまま少林派が盟主で良いのかと話しが持ち上がった。」
「そう、武侠大会が行われるのだ。」
大兄は、まだ乱れている息を整える。
「武侠大会は一対一で戦うわけだよな。」
「小風が夏教主に挑んだらどうなる?」
なるほど、そう言うことか。
しかし、それでは江湖に百毒邪教をお披露目することになるな。
おまけに、修練していたことを大兄にも知られてしまう。
いや、既に正派からは嫌われているのだし、そんなことを気にしている場合ではないか。
「分かった。大兄が言う通り、それはまたとない好機だ。」
「出場しよう。」
俺の答えに頷くと、大兄は配下が差し出した水を一気に飲み干す。
「だが、お前ももう30歳を過ぎている。」
「どういう結果になったとしても、仇討ちはこれで終わりにして新しい人生を歩むんだ。」
彼はいつも俺のことを心配してくれる、本当に有り難い存在だ。
「ああ。どんな手段を使っても、今回で終わりにしてやる。」
そう言うと、瀝泉槍を手に少林寺へ向かうことにした。
少林寺に着くと、武侠大会が始まっていた。
峨嵋派の掌門、静玄師太が崑崙派の白崖子を倒したところだ。
「次は私、三峡寨の墨小風がお相手します。」
俺は軽功を使い舞台に飛び乗る。
皆の視線が瀝泉槍に集まる。
6メートル近い大槍だから当然だろう。
「あいつは…掌門、いつか開封府で役人を殺した奴です!」
叫んだのは、静空師太、静虚師太だ。
それは誤解、むしろ役人を殺した奴を殺したのだから、礼を言われるべきだ。
しかし、俺が説明するより先に盟主であり少林派の掌門、覚非大師が前に出た。
「三峡寨と言えば、山賊ではありませんか。」
「そんな者が、この武侠大会に何の御用ですかな?」
もっともな意見である。
三峡寨を名乗ったのは失敗だった。
「山賊が挑戦してはいけない決まりがあるのですか?」
「私は盟主になるつもりはありませんので、ご安心ください。」
大師は呆れた表情で俺を見る。
そして、好きにすれば良い、というように後ろへ下がる。
「そんな大きな槍で挑むとは、戦い方を知らぬようだな。」
「山賊、成敗してやろう!」
静玄師太にも、随分と嫌われたものだ。
俺が瀝泉槍を構えると、師太が襲い掛かってきた。
槍を握る手に力を入れると、まずは一撃を放つ。
彼女は華麗にかわすと、さらに前進する。
そこへ二撃目を放つと、剣で受けながら俺に迫ってくる。
すべて計画通りだ。
「師太、失礼します!」
そう言うと、俺は槍を横へ薙ぎ払う。
吹き飛ばされた師太へ三撃目を放つ。
これは命中しなかったが、彼女の腕をかすっただけで鮮血が流れていた。
「参った、墨殿の勝ちだ。」
「手加減に感謝する。」
師太は舞台を降りていく。
実は、命中しなかったのではなく、意図的に外したのだ。
それに気が付いた彼女も、さすがは達人と言うべきだろう。
ただ、三撃目をかわされれば、次は俺が窮地に立っていたはずだ。




