第3話 人助け
どこを目指して旅をするか考えた。
隣国と言うと、北の西夏か西の大理あたりだろうけど、西夏は金の領土を越えねばならない。
宋と金は戦の最中であるため、大理を目的地とすることにした。
そして旅を続けていくと、大理まであと一息の桂州に入っていた。
「この辺りは山に囲まれて道も険しいけど、まるで絵画で見る景色のような美しさだなぁ。」
素晴らしい景観に感動していると、山間の町に着く。
ここで腹を満たすため、店に入ることにした。
三峡寨では副寨主をしていたから、路銀には困らない。
麺を注文すると、透き通るようなスープに牛肉の入った椀が出てきた。
「スープは澄んでいるのに複雑な味、麺は米の麺か。」
「うん、これは旨いな。」
一心不乱にすすっていると、店の前を護衛された豪華な馬車が通り過ぎた。
こんな田舎町を通るなど珍しい。
食事を終えると、俺は馬に乗って馬車を追い、見物することにした。
向かう方角も同じだからと、しばらく追従していく。
すると、町を出たところで何者かに馬車の一行が囲まれた。
「山賊のようだ。金持ちをひけらかすから、こういうことになるんだ。」
そうは言っても、放っておけば皆殺しにされてしまうかもしれないな。
よく見れば、護衛が10名に対して、山賊はその倍以上の数で囲んでいるからだ。
仕方ないから助けてやろう。
俺が割って入る頃には、護衛のうち5名が斬られて絶命していた。
一方の山賊は無傷だから、奴らは無駄に腕も立つようだ。
「百毒邪教!」
俺が右腕、左腕と振るうと、紫色の煙と共に瞬時に敵の半分を倒した。
なぜか、流星錘(縄の両端に錘が付いている)を振るう女性も乱入してきて、残り半分を倒した。
すると、馬車から誰か出てくる。
見てみれば、その人物はきらびやかな装いの女性だった。
「なんて美しい人だ!」
若い俺は、つい思っていたことを声に出してしまった。
「貴様!何と言う口を利く、無礼だぞっ!」
護衛の男が俺に向かって叫んだ。
美しい女性が片手を上げ、それ以上言うなと静止を促す。
すると護衛は、余計なことをしてしまった、というような表情で一礼した。
助けてやったのに、礼も言わず一体どちらが無礼なのだ。
「邪悪な技を使う男、それに女は五悪鬼だな。」
「金の無心にでも来たか?」
「救ってくれたことには礼を言うが、我らにつきまとうな。」
そう言うと、護衛は馬車を進め去って行った。
「どうして、あんなことを言われなければいけないんだ…」
俺が呟くのを聞いて、流星錘を持った女性が話しかける。
「あなたの内功は達人の域ね。」
「私は五悪鬼の三番手、広南隠剣こと呂无花よ。」
「ご尊名を伺えるかしら。」
また五悪鬼、どうして俺はこんなにも奴らと縁があるんだ?
ちょっと待てよ。
広南隠剣と言えば、鄖陽で百毒邪教を奪おうと、殴る蹴るの暴行をしてきた輩じゃないか。
「墨小風と申します。」
「五悪鬼がどうして一行を救ったのですか?」
こんな奴と会話するつもりはなかったが、どうしても気になることを聞いてみた。
…しまった、突然のことでうっかりしていたが、俺は百毒邪教で江南凶忌に一撃与えていたんだった。
「やっぱり、末弟に毒掌を見舞った子でしょ。墨殿というのね。」
「本来なら仕返しするところだけど、今日のことで水に流すわ。」
俺の渋い表情を見て、彼女は微笑みを浮かべる。
「五悪鬼は手段を選ばないけど、それは目的を果たすため。」
「墨殿だって、どれだけ良いことをしても、その毒掌のせいで邪険に扱われているのでは?」
何だ?自分たちは正派とでも言いたいのか。
「良かったら、私たちと手を組まない?」
冗談じゃない、これ以上悪人扱いされてたまるか。
「あなた方も人助けをするんですね、誤解していたことをお詫びします。」
「しかし、俺は先を急ぎますので、これで失礼します。」
俺の返事を聞くと、彼女は微笑みを浮かべたまま口を開く。
「そう、残念ね。」
「この辺りは私の縄張りだから、気が変わったら声を掛けてちょうだい。」
そう言うと、広南隠剣は去って行った。
五悪鬼の目的とは何だろう?
もし本当は彼らが悪人でないとしたら、俺と同類なのかもしれないな。
だが、そんなことを考えたところで答えは出そうにない。
このことは忘れて、大理への旅を再開することにした。