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バンドワゴネスク

作者: 乾まぐろ

 これはさ。おれのこころの問題なのだろうが。


 道行きて

隅に落ちたるものがみな

 果てし獣の亡骸に見ゆ


 いや、むしろいつかの君のこころの問題なのであろう。そもそもそんなことを言い出したのは君のほうだった。


 卒業旅行と称して二人で出かけることにした二〇〇六年の三月の軽いくしゃみだった。おれが実家の車を出して、新宿駅南口に立つ君を拾った。君は明らかな違和を感じさせる、歪にふくらんだ(それは大きくも小さくもないのだが)革のボストンを左手に提げていた。それを車のトランクに入れたとき、ボフンとこもった音がしたのをおれは覚えている。中身がいっぱいに詰まった缶詰も、きっとこんな音がしただろう。

 助手席の君は窓の外ばかり見ていてちっともおれの方を向かなかった。おまけにだんまりをきめこんでいるようだった。だからおれも運転に気をとられているふりをしていたけど、君の気持ちはよくわかった。こんな風な長い時間をふたりきりで過ごすはじまりは、先に言葉を発した方が、どちらかというと従順な犬になってしまう。できれば先に君が言葉を発して、おれがそれに相づちを打つやり方の方がクールじゃないか。でもおれと君のことだから、君だって同じことを思っていたはずだ。おれは君のそのしみったれた四年間に花を添えてやるつもりで、進んで犬に成り下がろうじゃないか。

「おれ昨日寝てないよ」

「マジで」

「本読んでたらさ。もう朝だったし」

君はフンと鼻を鳴らしたが、そんな話はもちろん嘘だ。昨晩おれは今日に備えて九時には布団に入り、本を開いて四行読んだところまでは覚えている。気がついたら。もう朝だったし。

「おれもちょっと二日酔い気味」

「マジで」

「ひとり酒はよくないね」

そう言う君だって、本当はかわいいパジャマを着てすやすや眠っていたのだろう。でもおれたちはこうして、対等な関係に落ち着いたわけだ。ふたりして犬に成り下がったって言ってもいい。おれは君のそのやり方が結構好きだ。

 

 東名高速は事故渋滞で酷く混み合っていて、分速数十センチメートルの速さでしかおれたちは前進できなかった。まるで地雷原を金属探知機で探り探り歩く下っ端の兵士みたいな気分だった。「運転は地雷原を行くように」ってことを教訓としているペーパードライバー諸君には悪いが、おれはこんなにたらたら進むよりは、思い切り駆け抜けて、背中で爆音を感じるくらいがいい塩梅だと思っている。それはただの強がりだが、いつだって地雷は、おれが駆け抜けるのを待ってはくれない。そうだろ?

「シットでファックだよ」

「マジで」

「リュック背負って歩けばよかったな」

「マジだよ」

「こいつらマジでどこ行く気だよ」

「おれたちもな」

 おれたちは最初にあったパーキングに入り、でかいトラックとトラックの間に車を停めた。それからふたつ隣の小便器に並んで用を足した。ふたりきりで旅行するほどのおれと君でも、隣り合ってすることはできないものなのだ。君はちらりとおれを見やって「運転代わる」と呟いた。排尿の〆である君の腰振りは、若干の膝の屈伸を伴い、まるで慌てて女に挿入するかのごときに見えた。

 交代制だったのは運転だけではない。カーステレオから流れる音楽もまた、運転手とともに交代した。君はザ・バーズのCDをおれに手渡し、「かけて」と言った。それがひとまわりしたら今度は、ザ・バンドのCDを「かけて」と言った。どちらとも渋滞した高速でかけるには退屈すぎる(もちろん素晴らしい音楽ではあるのだが)気がした。それでも君は口笛を吹いたり、サビだけ口ずさんだり、歌詞を音読しろと言ったり、ひとりでやたらと楽しそうだった。君がこの二枚をかけたのは、ドライブを快適にするためだった。それから退屈を紛らわすためと、おれに聞いて欲しいのとがあったはずだ。君はシャイで、ストレートに「おれはこれが好きなんだ」、「お前に聞いて欲しい」とは言えないのだ。でも心配要らない。おれはそんなことわかってる。何しろおれたちは、ふたりきりで旅に出ているんだ。それがどういうことか、わかるよな?

 あるいは君はただ、それが聞きたかっただけなのかもしれない。運転を代わったのも、好きなCDをかけることが運転手の特権であったからかもしれない。そもそもそのCDを買った動機は、車でこうして聞くためだったのだろう。おれの前でハンドル片手にそのメロディーを口ずさみたかったのだろう。ただ何となく、いや、かなり打算的に、君はCDをかけたのだ。おれはたまたまそこに居合わせただけの話ではない。


 道は相変わらず混み合っていた。おれたちは目に映るもの全てを汚れた言葉に置き換えることができた。でもおれたちはいらいらしていたわけじゃない。ただそうすることで、世界を裏返しにできるような気がしただけだ。無論裏返ったのはおれたちの方なのだが。

しかし君は渋滞で運転することが何を意味するのかを、よくわかっていなかったのだろう。君はブレーキを踏む度にパーキングで買った缶コーヒーを一口ずつ飲み、一時間と経たぬうちに(進んだのは君の家から一番近くのセブンイレブンくらいまでの距離でしかない)おれの缶コーヒーまで飲み干してしまった。君はコーヒーという飲み物を一気に飲むことが何を意味するのかも、よくわかっていなかったのだろう。

「やばい。トイレ行きたい」

おれは今初めて気がついたみたいに大袈裟に「マジで?」と問い返した。

「マジで」

「やばい」と言った時にはもうすでに、君の膀胱はパンパンに膨張していたはずだ。ずっと言えなかった気持ちはよくわかる。しかし、相手はおれひとりじゃないか。それともおれだからこそなのか。

つまり君は車の中でもよおすことが何を意味するのかさえ、よくわかっていなかったのだろう。選択肢がないわけではない。額に冷や汗を浮かべ、だんだん灰色になっていく君の傍らで、思わずおれは状況を詠んだ。


車停め

路肩でするか

我慢すか

妖しく光る

ペットボトルか


 おれは今でも時々考えるのだ。君の選択は正しかったのだろうかと。君は半分以上残っていたエビヤンを一気に呷り、サイドブレーキもかけずにチャックを下ろしてそれを取り出し(運転席でそれ取り出すのは、もどかしくも、なかなかうまくいかないものだ)、その先をボトルの口に当てて放水し、電気ポットみたいな音を立てた。意外にも君の先っぽは冷静で、一滴もこぼるることなく、じょぼじょぼ黄色い泡を立てて、水位は増していった。それはまるで、注ぎ口の長い急須でお茶を注ぐあの中国の伝統芸のようだった。

「見んなよ」

「え?」

「見んなって」

おれはその時になって初めて、自分が君の行為を凝視していたことに気がつき、慌てて目を逸らした。

出し切った君は、ボトルを股に挟んで数十センチ車を進め、それから飲み口ぎりぎりまで溜まったそれに蓋をして、事も有ろうにシガーソケットの上のボトルホルダーにそれを挿し込んだのだ。

「間違えて飲むなよ」

「飲まねえから」

「これがお茶のペットボトルだったらさ。いっちゃうよ。マジで」

「間違いないね」

ボトルはキラキラと黄金色に揺れて、おれたちを照らしていた。


 渋滞はそのままに、もう正午にもなろうという頃。日差しは強くおれの左側面に降り注いでいた。窓を開け、三月の冷たい空気を取り込んで混ざり合ったくらいがいい塩梅だった。それでも車は一向に進まなかった。「横浜町田2km」の標識。おれたちの卒業ってこんなもんかよ。

「まあこんなもんだな」

君はリトル・フィートを聴きながら、進まぬ車のハンドルを固く握りしめていた。

 あるいは本当に君の言うとおりだったのかもしれない。もう少しちゃんと論文を書いたり、おしゃれしたり、バンドしたり、イカした女の子とステディーな関係になったりしていれば、車はもっと走っていたのかもしれない。でもどれも、手を抜いていたわけじゃないんだ。ちょっと齧って諦めたものばかりが、こんなにもおれたちを失速させるなんて、その時は知らなかったんだ。もし今窓を開けて、隣の車にのった似たようなやつらにけんかでもふっかければ、おれたちは前に進めたのだろうか。

 前にいる千葉ナンバーの黒いワゴンには若いやつらが乗っているらしく、黒いリアウィンドウに映るシルエットがけたけたと笑っていた。よく見ていたら、そいつら、激しく唇を貪り合って、シートに倒れこんで。君も見ただろ。あいつら渋滞した高速でエッチしてんだ。進まない車の中で乱交してんだ。羨ましそうな目で見るなよ。よせ。おれたちにはもっと大切なことがあるだろ。

 そう思ってみたところで、その大切なものが何であるのか、おれにはわかるものでもない。もしそれに一番近い概念があるとするなら、「男の操」っていう古典的なやつだったのかもしれない。君には話していなかったが、高二の夏に神社の裏でやったって話も、フェラじゃイケないって話も作り話だ。でも君には、もう本当のことを話してもいいと思っている。きっと君は冗談混じりに蔑んだ後で、「実はおれもさ」と嘘の包み紙をひとつばらしてくれるだろう。サイコロキャラメルの包みを開けるみたいに。でももし一〇時間後でも一〇年後でも「男の操」ってやつを捨てることになったとしてもだ。「おれたちにはもっと大切なことがあるだろ」と、きっとわめくに違いない。そもそもの話、その大切なものっていうのは、おれたちが大事に守っているものではない。おれたちは臆病が故に手放せず、捨てあぐね、悶々としているだけなのだ。

 君はウィンカーを出し、左車線に強引に割り込んだ。少し進んでその黒いワゴンと並んだ時、君はシートベルトを直すふりをして窓の外を見ていた。何が見えたのかは言わなかったが、君はたばこの煙を深く吸い過ぎてむせていたね。その時になってようやく、おれは笑った。つられて君も笑った。


 太陽もだいぶ西に傾いた頃に入ったふたつ目のパーキングで、君はアメリカンドックが食べたいと言い出した。入った売店のカウンターに並んでいた保温機のガラスが曇っているのを見て、「やっぱりやめた」と君は呟いた。結局おれたちはフードコートで醤油ラーメンを並んですすった。おれたちの周りを行き交う父親やカップルや運転手をおぼろげに見ながら、「あなたたちにはふたりきりで旅行できる友達がいるのですか」と問いかけた。いません、と、おれは彼らを代弁して即答した。ちらりと君の顔を見やると、黒縁眼鏡のレンズが曇っていた。どんぶりには歯型のついたうすっぺらい焼き豚が浮かんでいた。一枚の焼き豚をちびちび食べるような君が、友達でよかったと思った。

「めがね外せよ」

「いいんだよ」

「似合いすぎだよ」

「計算だからね」

「マジか」

「おれやっぱさ。アメリカンドック食っていい」

「おれも食うわ」

 次はおれがハンドルを握った。だからおれのCDを君に渡した。ティーンネイジ・ファンクラブの「バンドワゴネスク」。どうだ。君に聴いて欲しかった。いいと思わないか。おれたちみたいだろ。おれは思わず口を開いていた。

「バンドワゴンってさ。波に乗ったとか、優勢とかの意味もあるんだそうだ」

君はしばらく沈黙して考えをめぐらせ、何かを思いついたのかいきなり鼻を鳴らして言った。

「それって負け犬の開き直り」

「そうかもね」

「お前みたいだ」

君は強がっていただけなのだろうか。「負け犬」にも「開き直り」にもなりたくなくて。おれと君の一番の違いはそこにあるのだ。立っている場所が同じでも、おれは諦めていて、君は諦めきれない。あるいは君が諦めていて、おれが諦めきれない。おれたちは代替可能なところまできてしまった。

「お前もな」とおれは言った。

 辺りが薄暗くなり始めた頃、君は突然運転を代わると言い出して、渋滞していたとは言え、東名高速の真ん中で助手席のドアを開け、歩いて運転席まで回ってきた。おれは仕方なく助手席に平行移動して「悪いな」と呟いた。君がなぜそうしたのかはわかっているつもりだ。この夕焼けの真ん中で、テールランプが滲みはじめる世界を自分の目で確かめたかったから。おれの車のヘッドライト(=両目)で、日が暮れるのを確かめたかったから。それからもう一つ。夕暮れの車の中で、ボーズ・オブ・カナダを聴きたかったから。いや、最高のシチュエーションで、おれに聴かせたかったから。つまりは君はただの、平凡なロマンチストだ。

「ありがと」と、おれは言った。


 結局ろくに走らぬままに、予定より少し手前でおれたちは高速を降りた。降りてすぐにあった回転寿司の駐車場に入った頃には、すっかり日が暮れていた。

 地元では見たことのない回転寿司だったが、入り口を入ってすぐの座椅子に座って順番を待っている客がいた。スポーツ刈りとパンチパーマと楠田枝里子だった。三人とも床屋に行った帰りに立ち寄ったようにパリっと且つゆるさを湛え、隣に座ると微かにシャンプーの匂いがした。

 おれたちは十五分くらい待たされたろうか。ベルトコンベアの終着口に隣り合ったカウンター席に通された。おれたちの背後の壁には、世界各国のビールのポスターが貼られていて、カウンター内には蛇口のついた樽のようなものが並んでいた。向かいのカウンター席では、眉間に皺を寄せた赤ら顔のおやじたちが、細くて背の高いグラスを左手に、右手で寿司を口に運んでいた。

 当然のことながら、おれたちは黙った。黙って流れてくるかぴかぴに乾いたマグロやかっぱ巻きを取って食べた。君は三皿目のイカ納豆を食べながら言った。

「おれはさ。頼まない主義なんだよ」

「は?」

「もったいないじゃん」

「あん」

君の言いたいことはすぐにわかった。要するに君は、気が小さくて回転寿司で注文ができないことの言い訳がしたかったのだ。おれは何となしに嬉しくなって、「うにとかに味噌」と呼びかけたが、その声はマスターには届かなかった。それで一気にブルーになった。

 結局おれたちは流れてくる皿だけをきっちり七皿ずつ食べて(おれはサラダ巻きを三皿食べた)、店を後にした。真っ暗な駐車場で君は「あんまりうまくなかった」と呟いた。その気持ちは、おれもよくわかってる。

そこからの道は驚くほど空いていた。信号の少ない田舎道(おれたちはそうやって優越感に浸る)を八〇キロで突っ走った。これなら地雷もおれたちをつかまえられないだろう。

「はじめから高速なんてのらなきゃよかったんじゃないの」

君は肩を強張らせてハンドルを握り締めながら言った。

「それって教訓だね」

「まあね」

「メタファーだね」

「結果論だよ」

おれは矢継ぎ早にそう言い返した。そんな言葉は思いつきでしかないのだが。

「あのまま高速にのってたら。そっちの方がよかったと思うさ」

「まあね」と君は諦めるように言った。直後の溜息は、もっと諦めていた。

 やがておれたちはくねくねと続く山道に入り、スピードを落とした。道は細くなる一方で、すれ違う車もなくなり、道を照らす外灯も少なく、上向きにしたヘッドライトの曖昧な輪郭が、おれたちの不安を暗に照らし出していた。進んでも進んでも、山を登ったり下ったりするばかりで、海の真ん中で波に翻弄されるように、車体は不安定に揺れた。不安定なのはおれも君も同じだったのだろう。意地になって言えなかった言葉を口にしようとした時、君はおれの頭の中の台本を読み上げた。

「ここどこだろ」

「今さらかよ」とおれは強がった。

「ナビしろよ」

「知らねえし」

「地図見ろよ」

おれは車内灯を点けて地図を広げたが、地図というものは現在地がわからなければ意味を成さないものなのだということを、初めておれは知った。

「まあなんとかなるっしょ」

おれがそう言うと君は「お前」、と言って次の言葉を飲み込んだ。おれは君の喉仏が蠢いてそれが嚥下されるのをはっきりと見た。

「おれは野宿でもいい」

「おれも」

おれたちは簡単に合意した。

「でももうちょっと行ってみよ」


 その刹那だった。君が急にブレーキを踏み込んだのは。ゴムがコンクリートに擦れる音が響いて、タイヤは無回転のまま数十センチ滑った。君の眼鏡は外れてフロントガラスまで飛んだが、おれたちの体は事も無くシートベルトが守ってくれた。要するにそれくらいのスピードまで落ちていたということだ。おれと君は呆然と顔を見合わせ、数秒か数十秒か数分の間言葉を失った。

「あっぶね」

「なんだよ」

「たぬき」

「え?」

「ねこかも」

そう言って君が指差した前方に目をやると、数メートル先の道に黒い塊がうつ伏せていた。

「あれか」

「さるか」

「きつねだ」

「カピバラ」

「そんなのいねえし」


 説明するまでもなくそれは、獣の亡骸ではなかった。乾いた泥がついて皮の剥げた黒い鞄だった。でもそれは確かに数秒前までは、獣だったのだ。四足でそろそろと歩いていたのだ。君がブレーキを踏んだその時、絶命し、鞄化したのだ。

それからの君は明らかに動揺していた。必要以上にブレーキを踏み、車体は揺れ、ガラスは曇った。君の目に映るもの全てが艶やかに運動を始めたのだろう。転がる石ころが虫けらになり、茂る草が髪の毛になり、生い立つ木々は曲がった鉄格子になっていた。目の前にあるのは夜の闇ではなく、おれたちのこころを映す真っ黒なスクリーンだった。

臆病なおれたちは、同じように心変わりしていた。口には出さなかったが、とにかく、「お前以外の人間の顔が見たい」。そのためには、人工的な灯りが見えるまで車を走らせるしかなかった。弱みを見せることを恐れていたおれも君も、口を閉ざしたままだった。もう四周目に入ったボーズ・オブ・カナダは、おれたちの恐怖を助長した。だんだんとカーブの数が減り、やっと人家の明かりが見えた時、君は思わず口を滑らせた。

「マジで怖かった」

「マジで」

「全部が死体に見えた」

「マジか」

 君は安心して口が渇いていることに気がついたのか、ペットボトルを手に取って一口煽った。

「このお茶マジうける」

「何が」

「ラーメンのスープだし」

ボトルホルダーに戻したペットボトルの中で、肌理の粗い数多の泡が狭き空間を埋め尽くし、ゆらゆらと光っていた。


 何とかおれたちは村落に入り、そこにあった古い民宿に泊めてもらうことができた。いかにもなおばちゃんがおれたちを労わってくれて、君はもう完全に肩の力が抜け、安堵していたが、おれにはその痩せたおばちゃんの顔が、髑髏みたいに見えて仕方なかった。部屋に入って君はチューハイを一口飲んで、すぐにいびきをかきはじめたが、おれは君の鞄のそのふくらみに夜な夜な怯えていたことを君は知らないだろう。


 だからこれはさ。おれのこころの問題なのだろうが。いや、むしろいつかの君のこころの問題なのであろう。そもそもそんなことを言い出したのは君のほうだった。



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