彼女の為に俺はいつまでも耐える
なぜだ、なぜ彼女が連れていかれる、【勇者】だからなんだ、彼女は泣いているじゃないか。
なぜだ、なぜ俺は彼女のそばに行って慰められない、この足が動かないから?。
なぜだ、なぜ義母さんと義父さんは死んだ?魔物が襲撃してきたから?
なぜだ、なぜ俺の身体は動かない、死が近づいているから?いやだ、彼女のために死ねない、『まだ』彼女がいるじゃないか。
なぜだ、なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜななぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ
なんで?
『憎いか、その衝動のままにすべてを破壊するのだ』
その瞬間俺の精神に真っ黒い【破壊】その物が具現したかのようなナニカが入り込む、そのまま俺は全てを奪われ、永遠の眠りに強制的につかされそうになるがとっさに俺は抗う。
『なぜ抗う?そのまま衝動のままに任せればすべてが楽になるぞ』
その声はめんどくさそうに言う、しかし俺は抗う、全身を包む傷はいつの間にか感じなくなっているかわりに漆黒の空間にいつのまにかいるが俺は耐える、まだ彼女がいるから。
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数年後。
目で追えぬほどの速さで動くそれら、戦っているその影は四対一で一の方はすぐ負けてしまうと思われる、だがようやくこれで互角だ。
しかし一人の少女から女性へと変わろうとしている彼女の剣だけが鈍っている、なぜなのかは言うまでもない。
「ミーティアッ!そいつはもうあなたの知っている彼じゃないッ!躊躇しないでッ!」
彼女の肩がびくっと震える、しかしそれでも躊躇している。
「仮に彼の意識があるとしてももう助からないッ!楽にしてあげないと逆に苦しむだけよッ!!」
「...っ!」
彼女はその言葉で覚悟を決めた、それと同時に攻撃が重く、速く、苛烈になっていく。
徐々に優勢へと変わっていく【勇者】達、徐々に追い詰められていった敵..【魔王】が吠える。
「がぁぁぁぁぁぁッッ!コロスッッ!お前らは絶対コロスッッ!!【魔気解放】ッッッ!!!」
その瞬間一気に禍々しい気配が満ち、憤怒の表情で佇む【魔王】それと同時に示し合わせたかのように【勇者】達は【聖気解放】を行う。
当然戦況はどちらとも同程度まで上がったので変わらず【勇者】達が優勢のままだ。
そしてついにその時が訪れる。
【勇者】の聖剣が【魔王】の心臓を突いた。
即座に飛び引く【勇者】、そして【魔王】はその場で崩れ落ちる。
「お前さえいなければ!!なぜ!なぜこの我がお前らのような弱者に負けなければならぬっ!!なぜこの期に及んで邪魔をしてくるっ!!?クソがぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
魔王は叫ぶ、【勇者】はその言葉に違和感を覚える、それは一人に向かって言ってるみたいだからだ。
「どういうことだ【魔王】、ナシウスは生きているのか」
「クソがぁぁぁぁぁぁっ!死ねッ!!お前だけは何が何でも消滅させてやるッ!!道連れにしてやるッ!!!」
しかし魔王は答えない、ただ、ただそれに向かって吠える。
【エクソシズム】
彼女は無駄だと思いながらもその腹に悪魔を払う聖法を打ち込む。
黒い靄が【魔王】の全身から溢れ、その場に身体を残していく。
そして【魔王】は完全に消え失せた。
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彼の精神はひどく疲労していた、度重なるナニカによる拷問や時にはソレがやった人々を虐殺する感触や【勇者】になった彼女を一方的な蹂躙をしているところを見せられたりと極限までに彼の心は摩耗していた。
しかし諦めない、その心に灯っているのはただ一つの信念、
彼女を助ける
ただ、それだけのために彼は地獄ですら生ぬるい責め苦に耐えている、たとえ俺が抗ったととしても無駄だと思ってもその信念だけで耐えている。
当然彼は外の様子は分からない、彼はただ、ただ、この真っ暗な空間の中でいつまでも心を蝕むソレと孤独に耐えている。
しかしそれも終わりに近い、いくら彼の心が鋼ですら生ぬるい心の持ち主でももう耐えれない、本当に折れかけていた。
...もう...楽になりたい...
日が沈むように彼の心も完全に飲まれようとしている、しかしその暗い感情の中でも諦めきれない心を持つ彼、その状態で過ぎ去る時間、そして唐突に変化が訪れる。
それは頭に直接ソレの感じていること、見ているのものが記憶として入ってくるものだった。
あ...?...ミ―...ティア...?
彼女は悲痛な表情で必死に剣を振り、ソレを追い詰めていく、俺はその光景がひどく眩しく、輝かしく、誇らしい気持ちでいっぱいになる。
俺は段々と覚悟を決める、俺は絶対に諦めないという覚悟を。
そしてソレはさらに強くなるが当然のように彼女たちも強くなり、ついに打ち破る。
彼女がソレの心臓を突いた瞬間俺はやっと終われるという感情と俺の頑張りが無駄ではなかったと確信した、俺は段々と崩壊していくこの漆黒の空間を眺めながら目を閉じる。
しかしそこに無粋にもソレの吠える声が聞こえてくる。
『お前さえいなければ!!なぜ!なぜこの我がお前らのような弱者に負けなければならぬっ!!なぜこの期に及んで邪魔をしてくるっ!!?クソがぁぁぁぁぁぁッッッ!!!』
お前の負けだ、諦めろ。
『クソがぁぁぁぁぁぁっ!死ねッ!!お前だけは何が何でも消滅させてやるッ!!道連れにしてやるッ!!!』
そしてこの空間と共に崩壊してく身体、しかし俺に恐怖はない、ようやく終われるという感情が大半だ。
ミーティア、俺は先に行っているからな。
そう思いながら消えていく意識の中、急にすべてが真っ白になってそこで意識が途絶えた。
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とある病室、そこに一人の女性がいた。
女性が見ているのは真っ白いカーテンがなびいている先を虚ろな目で見ている男性だ。
「あなたのおかげで【魔王】は大幅に弱体化していたから私達は勝てたんだよ、本当にありがとう、ナシウス」
彼女はつい最近分かったことを話す、しかし彼は反応しない、虚ろな目のままだ。
「【魔王】を倒した後は大変だったよ、国の復興や式典への参加、あなたの説明、本当に大変だった」
彼女の表情は儚げで今にも消えてしまいそうだ。
彼女はしばらく黙った後ぽつりと漏らす。
「ねぇ...あれから二年経ったんだよ?...貴方がどんなに大変な思いしていたかなんてわからない...でも...あなたはこのままでいいの...?私に会いたいって思わないの...?ねぇ...答えてよぉっ......」
彼女の瞳から止めどない涙があふれだす、いつまでも止まりそうにない涙。
もしかしたら高望みしすぎているかもしれない、彼がこうやって生きていくだけでも最高の幸運なのかもしれない、でも生きているのなら望んでしまう、一緒に朝起きて朝食を食べて他愛もない話をしたりといろんなことをしたい、でもそれは高望みだと諦めるしかないのか?
彼は答えない、意識はないので答えられるはずはない。
「ねぇ...っ!起き、てっ...!お願い...起きて...ッ!ナシウスゥ...ッッ!」
彼女はダムが決壊したかのように大声で泣き叫ぶ、ただ一つの事を願って。
「ミー......ティア...?」
その後、これっきり彼女が泣くことはなかったという。